先読みの力


またあの夢だ…。そう思った瞬間、は夢から目を覚ました。


四魂の玉。殺生丸と話をしてから、ますます頻繁に夢に出るようになっていた。まるで、何かを告げる様に。


ずきずきと頭痛が走り、うまく思考を巡らすことが出来ない。は深く長い溜息を付いた。


の夢は、少しずつ変化していた。最初は玉が粉々に割れ、それが段々と集まっていく。そしてそれはある程度になると、桃色から酷くくすんだ紫色のようになっていった。


これは何かを予言しているのだろうか?それとももうすでに起こっていることなのか。殺生丸に聞けば早いことなのかもしれないが、には自分からそれを聞く勇気はなかった。あの日以来、殺生丸の反応が心なしか苛ついて、焦っているように見えたからだ。


はふと、隣にいて未だ寝息を立てているりんと邪見を見つめた。その顔は幸せそうで、朝の微妙に傾いた光も気にせず、ただ安らかな眠りを楽しんでいる。


少しだけ穏やかな気持ちになって、くすりと微笑むと、は立ち上がり、顔を洗うために川のある方へ向かった。






すくって顔にかけた水があまりに冷たくて、目覚ましには丁度良かった。


小鳥のさえずりと木々のざわめきなんかが、の耳にいつもより鮮明に届く。昇ったばかりの太陽は、その川の水を暗くも明るく映し出していた。


いつも通りの、さわやかな朝。だが、の心はもやもやとしていた。それは先程の夢のせいか、自身にもわからなかったが、多少の原因にはなっているのかもしれないと思った。


そしてもう一つ。ここに来てからずっと感じている、妙な気配。今この場の空気を例えるなら、白と黒のまだら模様だろうとは思った。

つまりは邪悪な気を感じると言う事。


おそらくそれは危険なのだろうと思っているのに、はうまく動くことができずにいた。下手に動くのも危険な気がしたからだ。


トクトクと、心臓がいつもより早く動くのがわかる。は持ってきた雨月刀をしっかりと握り締めた。


ざあっと、独特の落ち葉の匂いを乗せ、風が通り過ぎていく。その風に覚えがあって、は静かな呟きを風に乗せた。

「…風使いの…神楽」 「…へぇ。良く覚えてたじゃねぇか」


ゆっくりと、声のした方を振り返る。神楽はあの日最後に見た険しい顔のままでをにらみつけた。も負けじと、神楽を睨み返す。


「何しに来たの?」
「お前をさらいに来た」
「!?」


口の端をあげて、その妖艶な顔を歪ませる神楽。は驚愕と共に、一歩二歩と後ろに後ずさった。だが、何かに体ごと受け止められてしまい、は無理やり後ろを振り返る。その顔は後ろにいる人物の手でがっちりと捕まってしまった。


「待ちわびたぞ、


耳元で低く囁かれる声。全身がぞわりと総毛立ち、は自由になろうと思いきり首を振る。だが、体はびくともせず、その人物を振りほどくことは出来なかった。


「…やっ! あ、あなた誰っ…!?」
「我が名は奈落。…、貴様の夢見の力、使わせて貰うぞ」


には見えないが、不敵に笑みを零す奈落。神楽もそれに嘲笑を浮かべる。は未だに腕を振ったり足を動かしたりしているが、すべてが奈落にとめられてしまう。「やめてよ!」と大声を出せば、その口は奈落の手に包まれてしまった。


「んっ!!」
「少しは静かにしろ…殺生丸様に気付かれるであろう?」


くっくっと笑う奈落。は未だ抵抗を続け、口を塞ぐ手に噛みつこうとした、そのとき。


「……もう既に気付いている」
「!?」
「殺生丸様、お出ででしたか」


が声のほうに視線を寄せると、そこにはいつもより怒気を増した殺生丸が、闘鬼神に右手を添え立っていた。と一瞬だけ目が合うが、すぐにそらされてしまう。


を頂戴いたします」
「下衆が」
「…貴方にとって、邪魔者だったのでは?」


にやりと笑みを浮かべ殺生丸に問う奈落。


「…貴様にとっても、は必要ないだろう。そいつは霊力が少し強いだけの普通の人間…所詮犬夜叉の連れの女や、桔梗と言う巫女には劣る」
「いいえ殺生丸様。私はの夢見師としての力を買っています」
「夢見師…だと?」
「…貴方様も存じていらっしゃるでしょう。夢の中で未来を見る、『夢見師』の存在を」


夢見師―――――


殺生丸にとって、それは確かに聞き覚えがある話だった。自らの夢の中を泳ぎ、辿ることで過去や未来を見ることの出来る夢見師と言う存在があること。殺生丸はその記憶とを照らし合わせるが、確かに想い当たる節がない訳ではなかった。


先日の四魂の玉の話。元の姿を見たこともないのにその姿を当て、割れて方々へ散ったことまでも言い当てた。は「過去」を見ていたのだ。
それに、殺生丸の過去を見たといっていたことも…雨月刀が見せたものとはいえ、本人にそれを見るための「力」があったと考えると、その方が納得がいく。


は、頭上で交わされる会話にただ戸惑っていた。夢見師などという言葉は、今まで聞いたこともない。自分がそうだという話も、当然聞いたことがない。…ただ、過去や未来を見るという点については、自分でも思い当たる節がないわけではなかった。もっとも、村にいたころのは「明日雨が降る」だとか「野党に畑が荒らされる」程度のことしかわからなかったが。の素性が夢見師と言うものだとしたら、奈落はの過去を知っているかもしれない。


は全力で首を振ってもがき、塞がれていた口が自由になると頭上に向けて叫んだ。


「貴方は知っているの?私の素性を…どこから来たのかを…!」


そう叫ぶの瞳が少しばかり潤んでいて、奈落は僅かに眉を寄せた。しかしのその質問に答える事はなく、殺生丸を見据える。


「…殺生丸様、それではまたいつかお会い致しましょう」
「奈落、貴様」
「では」


ふわりと浮かび上がり、奈落のまわりに結界が出来上がる。は何度も何度も抵抗し、殺生丸の名を叫ぶ。その目から時折涙がこぼれ、その頬を伝った。


殺生丸は奈落を攻撃しようと闘鬼神を振りかざすが、結界に阻まれてしまった。


やがて宙へと消えていく二人の姿を、見送る殺生丸。すぐにでも追いかけないのは、さきほどの奈落の言葉だった。

『邪魔者だったのでは?』


の顔を思い出す。泣いた顔も、激しくにらむ顔も、ころころと笑う顔も。


不要であれば切り捨てる存在、それは間違いない。だが、それは奈落に言われて捨てるものでも、まして奈落にくれてやるものでもない。


…その一瞬で、殺生丸の心は決まった。


「愚問だな」


以前した自問と同じ答えを呟いて、たった今二人の消えた空を見上げる殺生丸。


ピチャンと魚が跳ねたその瞬間、殺生丸の姿は忽然と消えていた。



2004.12.31 friday From aki mikami.
2019.12.11 wednesday 加筆、修正。