繋がり


重苦しい空気と体に感じる痛みで目を覚ました。ゆっくりと体を起こしてあたりを見回すと、そこはまさしく死の世界。凄まじいまでの邪気が渦巻く城だった。


吐き気がこみ上げて、は片手で口を覆った。立ち込める瘴気にやられたのだろう人間の骨があちらこちらに転がっているし、空気の色ですら変色している気がするほど息苦しい。太陽だって当たらないし、濃い畳の匂いが漂っていてそれがかえって気持ち悪さを倍増させる。今自分が生きていることが不思議なほど、その場所は強い瘴気にあふれていた。


はひとまず縛られていないことに安心しつつも、前方の襖の奥に人がいることに気が付き、警戒心を向けた。どうやらが起きたことに気付いたらしいその人物は、襖を静かに開けて、目があったを嘲笑った。


「…ようやく目覚めたか、
「気安く呼ばないで」
「…良い御身分だな」


奈落はの反応にくっくっと喉の奥で笑う。はそんな奈落を凄まじいまでに睨み付けた。


奈落がふと、笑うのを止める。がそれを訝しんでいると、次の瞬間奈落は素早くの腕を引っ張り、開いた方の手での腰を引き寄せ、抱きしめた。


「なっ…何するのっ!!やめてよ馬鹿!!」
、大人しくしていろ」
「やっ…ちょ…離してっ!!」


必死の抵抗を見せる。奈落はそんなに一度舌打ちをして、彼女の腕を必要以上に強く掴む。は激痛に顔を歪めるが、それでも抵抗をやめずに奈落を睨み付けた。


「何よっ…」
「この城の中でそれだけ動けているのは流石といったところだが、この先勝手に逃げられでもしては敵わんからな…」
「えっ?…なっ!!」


奈落の顔が、ゆっくりと近づいてくる。は逃げようとするが、奈落に抑え付けられてしまい、そのまま耳たぶを甘噛みされる。


「っ…ぁっ、ちょっと…」


何度もやわやわとした力で噛まれたと思ったら、噛まれたところがちりちりと痛みだす。耳元でじっとしていろと囁かれ、その瞬間、の体に電撃のような痛みが走り、奈落はにぃっと笑みを零した。


強く噛まれたのか、耳がカッと熱くなる。は抵抗しようとするが、腕に力が入らず、奈落の胸を叩いたところで奈落はびくともしなかった。それどころか奈落の舌は、次第に下へと降りてくる。


首筋、


鎖骨、


ちろりと舐めあげたり、強く吸ったりして、通った後には奈落が残した赤い痕がぽつぽつと残る。奈落は気分を良くし、の唇と己のそれを重ねようとするが、その瞬間は火が付いたように全身全霊で奈落を付き飛ばした。支えを失った の体が、床に倒れ込む。


「奈っ…落っ!!!」
「ほぅ。よく私をつき飛ばせたな」
「死…ねっ」
「生憎だが、私は死なぬ」


満足げな笑みでを見下ろす奈落。が憎しみのこもった視線を向けると、奈落はとどめとでも言うように「良い反応だった」と言って笑みを深くした。


「っ!殺すっ!」
「抗戦的だな。だが無駄だ、人間ごときには、な」
「無理でも、やってやるっ…!!」


は震える手で雨月刀へ手を伸ばした。なんとか掴みあげたその刃先を奈落へ向ける。奈落はそんなの反応ですらも楽しむようにいっこうに笑みを止める事は無かった。


悔しい


は雨月刀をより強く握り締める。てのひらに爪が食い込んで、うっすらと血が滲んできた。


その瞬間、雨月刀がどくんと大きく脈打ちはじめた。はその異変に手元の雨月刀を見る。奈落もまたその微かな異変に気が付いたようだった。


雨月刀へと視線を向けたまま、奈落は忌々しげな顔をした。


「その刀……殺生丸の牙で作られたのか」
「!?」
「そうだな?」


先程までの楽しむような目線とは違う、鋭い目をに向ける奈落。はその視線に臆する事なく睨み返し、彼の言葉に返事を返すことはなかった。


だが奈落は、それを肯定と受け取ったのか、憎悪に満ちた表情を雨月刀に向ける。


「ならばその刀は、今のお前達の唯一の繋がりと言うことか」
「…え?」


思いがけない奈落の言葉に、は思わず間の抜けた声を出してしまう。だが、奈落は一人で納得している様子で、ふっと嘲笑を浮かべると、数歩に歩み寄った。


「それなら、その繋がりを奪ってしまえば良い」
「!何するの!?」
「それを寄越せ!!」


雨月刀へと手を伸ばし、から奪おうとする奈落。はそんな奈落に渡すまいとして、重苦しい身体を無理やり動かして雨月刀を抱え込んだ。奈落は一度舌打ちをして雨月刀の柄を掴もうと手を伸ばす。だが。


ぱしん、と、奈落の手は雨月刀に弾かれた。


「!」
「え?」
「っ、この…」


奈落が差し伸べた手を引っ込め、もう片方の手で抑える。


は一瞬何が起こったのかわからずに目を丸くする。だが、雨月刀を囲む蒼い光を見て、やっと状況を把握する。


形勢逆転、と言ったところだろうか。


は力を振り絞って立ち上がり、奈落から数歩遠ざかると、雨月刀の切っ先を天へかざす。すると蒼い光は雨月刀だけではなく、の体を包み込む結界をはった。


「…入り込めないでしょう、奈落」
「くっ…」
「近寄らないで。もう二度と」


鋭い目で奈落をにらみつける。奈落は悔しげな表情を浮かべるが、それ以上どうすることも出来ず、乱暴に襖を開け閉めして奥の部屋へと消えて行った。


奈落の姿が見えなくなった瞬間、は気が抜けてその場に座りこんでしまう。だが、を包む結界は相変わらずその力をゆるめることはない。


奈落が消えたことに胸を撫で下ろし、雨月刀を見上げる。刃先から放たれる淡く蒼い光が、には眩しく感じられてくる。


目を細めて、それを見つめた。


殺生丸の牙で出来た雨月刀、それがを守っている。


は口元が緩まずにはいられなかった。今こんな状況で喜ぶのは不謹慎だとわかっていても、まるで殺生丸に守られているようで、自然と笑みが零れてしまう。


不思議な安心感に包まれながら、はふうっと息を付いた。今唯一、と殺生丸を繋ぐ一本の刀が、愛しくて頼もしくて、大切で仕方なかった。



2005.01.01 saturday From aki mikami.
2019.12.11 wednesday 加筆、修正。