汚れた欠片


を包みこんだ忌々しい結界。奈落は手加減することなく思い切り壁を殴りつけた。


殺生丸から、を奪い取るところだったのに。


奈落がを始めて見たのは、犬夜叉と闘い、城へと帰る途中。丁度彼女の村の上空を通った時、強い霊力を感じて立ち寄ってみると、そこでは一人の少女が何人かの村人から暴力を受けていた。


そのとき、彼はなぜだかを助けに入った。人間同士の揉めごとなど普段の彼ならば捨ておいたであろう。そのときも本当は奈落も立ち去るつもりだった。…だが、もしかしたら霊力にひかれたのだろうか、彼の中の何かがを助けよと命じたのだ。


を囲む数人の村娘を押しのけ、を抱きかかえる奈落。そのときは気を失っていて、持ちあげたことに抵抗も驚きもなく、その目は堅く閉じられていた。


さら、と髪が流れ落ちて、隠れていたの顔が見える。奈落はその瞬間、呼吸すら忘れての顔に見入っていた。


つぅ、と、頬を涙が伝っていく。それですら、奈落の目には美しく見えたのだ。


「…ちょっ、何なんだいあんた!いきなり割り込んで…」
「何だ、まだいたのか?」


不意に声を上げた村娘を不機嫌そうに振り返る奈落。『人見蔭刀』の人相と、その服や装飾品などから、よい身分の人間であることがわかると、見つめられた村娘は顔を赤くし、慌てて言葉を取り繕った。


「ね…ねぇ、あなた、のことを助けるのはおよしになった方がいい…そいつは、化け物なんです」
「…化け物?」
「明日の朝早くに熊が降りて来るっていうんです。夢で見たんだって。いつもそうやって予言めいたことを言って、私達の村を荒らそうとするんです」
「おい」


奈落は自分を見据えたまま話し続ける村娘を睨みつけた。


「は、はい…?」
「この娘は確かに夢で見たと言ったのか」
「え…ええ」
「そうか…」


くくくっと、喉の奥から漏れ出す笑みをこらえきれずにこぼす。それを見ていた村娘達は、不審気に顔を歪め、互いの顔を見合わせた。


…やっと見つけた。


奈落はそう思った。しばらく探し続けたが、恐らく結界をはっているのだろう、見つけ出すことが出来なかった夢見師の一族。それを今ようやくここで、見つけることが出来たのだ。


「どう利用してやろうか」
「え?」


楽しそうに漏らす奈落に、村娘が疑問の声を上げる。奈落は雑音だと言わんばかりに、声の方も見ずに右手を振りかざした。


奈落は、本人も気づかなかったであろう速さで、娘の体を切り裂いた。ゆっくりと倒れていく、娘の体。どさりと地面に倒れ伏し、血しぶきがほかの村娘たちに降りかかった。


悲鳴。
泣き声。
そして、遠くから聞こえる村の男たちの声。


奈落は抱えていたを村娘の一人目がけて軽く投げ、ふわりと空へ浮かび上がった。


顔にはたっぷりと、笑みを浮かべながら。


結局奈落は、その場でを連れ去らなかった。その理由はただ、の住んでいるその村をの見ている時に滅ぼし、そうやっての心を少しでも壊すため。警戒心の塊である夢見師の一族を、絶望につき落とすため。そうして弱った夢見師を、じっくりと自分用に調教するため。


そして奈落はそれを、神楽の屍舞で夜盗を操って村を襲わせると言う方法で実行した。


だが、奈落がを回収する前に、彼は現れた。


「殺生丸、あやつさえいなければ!」


ふたたび大きな音とともに壁を軋ませる。忌々しい。奈落の頭に浮かぶのは楽しげに微笑むとそれに僅かに微笑している殺生丸の姿。奈落は唇を噛締めた。


「もっと壊してやるはずだったのだ。そして夢見の力を我が手にっ…」


強くきつく、拳を握る奈落。殺生丸といるときの、の笑顔を思い出すだけで、何もかも破壊しつくしたい衝動に駆られるほど、奈落は強い怒りを感じていた。


ふと背後に気配を感じて、奈落は伏せていた顔を僅かに上げた。…そこには、呆れ顔を浮かべた神楽。


「奈落、あんた今更悔しがってどうすんだよ」
「…お前にはわかるまい」
「少しはわかってると思うけどな。が殺生丸に惚れてんのが気に食わねえんだろ?」


さして興味も無さそうにそう漏らす神楽。奈落は静かに振り返り、神楽を睨みつけた。


「貴様、何がいいたい」
「四魂の玉。こーゆーときに使えばいいだろ」
「何…?」


手に持った黒ずんだ四魂の玉を見つめる奈落。神楽の言うことも一理あった。四魂の玉をもってすれば、の心を壊すことが出来るかもしれない。そう、奈落の持つ汚れた四魂の玉を使えば。


「貴様のためにやるわけではないからな」


奈落はくっくっと笑って、四魂の玉を手の中で転がした。神楽の横をすり抜けて、のいる部屋へと歩いていく。神楽は自分の考えが読まれていたことに軽く舌打ちをして、奈落とは反対方向へと歩き出した。






奈落が部屋に入ると、ひどくけだるげなが、目線だけは鋭く奈落を睨み付け、静かに立ち上がった。相変わらずなを包み込むように、蒼い結界がはられている。


「…なによ、奈落」
「おまえに良い物を見せてやろう」


口の端を上げて、懐から四魂の玉のかけらを取り出す。そしてそれをに見えるように差し出した。


「これが、何だかわかるか?」
「四魂の玉の、欠片?」
「ほう、知っているようだな」


奈落が今持っている物は、彼が本来持っているものから砕いた、ほんのひとかけらだ。が夢でみた桃色ではなく、どす黒く、邪悪な気を放っている。


奈落はそれを、へと投げた。の周りにはられた結界が、その黒い玉のかけらを浄化し、はじきとばす。そのとき、かけらに触れた部分の結界がぴしりと音を立てた。結界が弱ったのだ。


の体が万全であれば、あるいは結界が弱ることもなかったのかもしれない。しかし奈落はその隙を見逃さず、瘴気のかたまりを結界の弱ったところへ叩きつけてくる。は急いで雨月刀を構えたものの、結界は崩れ、は雨月刀を取り落として膝から崩れ落ちた。


奈落が笑みをたたえたまま、はじかれた四魂のかけらを拾い上げる。によって浄化されたはずのそれは、奈落が触れただけですぐに黒さを取り戻してしまった。


「結界の外に出たな、
「奈落…っ」


は起き上がろうとしたものの、結界がない今、息をするだけで瘴気が入り込んできて、激しく頭がくらむ。奈落そんなを見下しながら近づいてきて、の前にかがみこんだ。そして、が抵抗する間も与えず、の首筋へと舌を這わせた。


先につけた痕の上からも、それ以外のところにも、何度も、何度も。…その痕は、殺生丸へ見せつけるため。


は何度か声をあげそうになるのを堪え、その度に片足で蹴ろうとしたが、奈落はの足を軽々と抑えこみ、またしつこく首筋を舐め上げる。


そして汚れた欠片を口に含むと、そのままの首筋に舌で器用に押し付けた。


「っい、た」
「我慢しろ」


刺すような痛みを感じて、が声を漏らすが、奈落は冷ややかにそう告げる。痛みが大きくなると共に、ず、ず、と欠片がの体内に入っていく。やがて一度大きく脈打った感覚のあと、は気を失い、重力に逆らえずにその場に倒れこんだ



2005.01.02 sunday From aki mikami.
2019.12.11 wednesday 加筆、修正。