煉骨


「犬夜叉の臭いだ」
「本当!?」
「あぁ。だが…」


殺生丸がそこで言葉を止めたので、不安な気持ちで彼の顔を見やる


骨と墓土の匂い。殺生丸が口にしたのはそんな言葉だった。


少し離れた場所で大きな物音がして振り返ると、煙の臭いがあたりを包み込む。殺生丸の目はまっすぐ物音がした方を見つめていて、は彼を見上げて尋ねた。


「犬夜叉の臭い…あっちから?」
「あぁ」


視線を一点に向ける殺生丸。煙が切れてようやく見えてきたその先、木々の向こうには、赤く燃え盛る瓦屋根の建物がある。


は反射的に駆け出して燃える建物に向かう。 殺生丸もその背中を追いかけるように駆け出した。


物音は段々と激しさを増している。そして立ち込める煙も徐々にその量を増しているようだった。


木々の壁を越え視界がはれると、音を立てて崩れる寺の前に、一人の僧侶らしき人物が立っていた。


殺生丸はその人物に僅かに眉を潜めるが、は殺生丸の様子に気づかぬまま、僧侶に駆け寄る。


「あの、大丈夫ですか?怪我はないですか?私たち犬夜叉って人を探してるんですけど…」


まくし立てるように話しかけていたの言葉が突然止まる。それは、僧侶の手に以前見たことのある物が握られていたからだ。


「…四魂の…欠片?」
「!?」


の言葉に、僧侶は目を見開いた。そんな僅かな異変に気がついた殺生丸は、二人の元まで飛び、を庇う形で二人の間に割って入る。


「…貴様、何者だ?」
「!?」
「えっ…殺生丸?」


には何事が起きているかわからなかったが、殺生丸が警戒するということは、あまり良くない状況なのだろうかと、ぼんやり考える。


先程殺生丸に聞いた、骨と墓土を使って作られた「死人」。それがこの人なのだろうか?そう思って殺生丸の背中越しに僧侶を見るが、が想像していたようなおぞましさはなく、普通の人間に見える。


僧侶は数拍の沈黙の後、ふっと口の端をあげると、静かに背を向けて歩き出した。…そして。


「お前が、霧骨を殺した奴か」


そう言うと、森の奥へと消えて行った。


「…霧骨?」


聞き覚えのない名前に、は怪訝そうな表情を浮かべる。


「知らぬ」
「え、でも…」
「人間ごときの毒でこの私に歯向かおうとした下衆のことであろうな」
「えーと、つまりさっきお出かけしてたときに、倒したの?」
「話の邪魔だから切り捨てただけだ」


ふん、と鼻を鳴らし、に一瞥をくれて歩き出す殺生丸。はそんな彼の背中に静かに苦笑を漏らすと、何も言わずにその背を追いかけ走り出した。






「やかましい!泣いてねぇっっ!みんな助かったんだからなっ!」




犬夜叉が目尻に薄く涙を浮かべて言うと、かごめは薄っすら笑って彼を見た。そして心の中でありがとう、と呟き、緩く目を閉じる。


ようやく張り詰めていた気持ちが緩んだのも束の間、突然犬夜叉があたりを強く警戒し始める。やがて一点を見つめ、威嚇するように低く唸る犬夜叉。かごめ達は促されるようにそちらを見る。


木々の隙間から、ぼんやりと白い姿が現れ、少しずつ足跡か大きくなっていく。それはつい先程見たばかりの人物だと気づき、かごめも思わず目を見開いた。


「……殺生丸っ」


犬夜叉は、現れた人物を鋭く睨み上げている。だが、殺生丸はそんな犬夜叉に目もくれず、近くの木に背中を預け、腕を組んで自分が今来た方へと目をやった。


一体何事が起きたのかわからず驚く犬夜叉一行だったが、殺生丸の視線の先からもう一つ気配が近づいてくるのがわかり、もう一度森の奥へ目を凝らした。


「殺生丸、待ってよぉ!」


情けない声と共に飛び出してきたのは、半分息切れしているだった。


「っ!!」
「あっ、犬夜叉!」


偶然すれ違った人に挨拶するような軽い調子でがいうので、犬夜叉は思わず拍子抜けしてしまう。犬夜叉以外の一行はみなを見るのは初めてだったので、驚いた表情で二人の顔を交互に眺めている。


「あの、犬夜叉、この子は…?」
「あー、殺生丸の連れらしいぜ。おい、お前ら何でこんなところにいんだよ」
「うんと、実は犬夜叉に聞きたいことがあったんだけど…」


がなぜか申し訳なさそうにいうので、犬夜叉は怪訝そうにを見つめた。


「たぶん、ここじゃない方が、良いかなって思うんだけど…」


控えめに言って、かごめや弥勒たちをちらと見る。犬夜叉は「別に良い」と言って腕を組み、目線でに続きを促した。


「じゃ、じゃあ聞くけど…犬夜叉に、巫女様の知り合いいる?」
「…巫女?」
「うん…丁度、そこの変わった服来た子に似てる…でも微妙に違う…ような…」
「っ!? 桔梗!!」


身を乗り出す犬夜叉。だがは、多分そうかなぁ?とはっきりしない言葉を返した。


「ごめんね、名前までは…私も、夢で見ただけだから…」
「…夢?」


かごめが首を傾げ聞くが、弥勒は驚いた様子で「もしや」と話し始めた。


「貴女は、夢見師の方、ですか?」
「あ、えぇっと…良くわからないけど、そうみたいです…」


が曖昧な答え方をするので、弥勒は僅かに首を傾げた。犬夜叉はどうやら夢見師を知らないらしく、何だそれ、と言って弥勒を振り向いた。


「夢見師と言うのは、高い霊力を持ち、夢の中で己の力を高め、過去や未来を見ることの出来る一族のことです」
「夢の中で過去や未来を見る…?」
「うん。だからさっきの夢も、もしかして何かあるんじゃないかと…」
「桔梗が出てきたってことだな!どんな夢だった!?」


犬夜叉が急に語調を強め、に詰め寄る。…だが、はなんとなくここで言ってはいけないような気がして、口をつぐむ。犬夜叉がそんなを見て苛々した表情を浮かべたので、は仕方なく溜息をついたあと、重い口を開いた。


「その巫女様と犬夜叉が…抱きあってる、夢」


ぴしっ。


犬夜叉とかごめの動きが完全に止まった。そんな二人に 七宝はおろおろ、弥勒と珊瑚は溜息をつくので、はほらやっぱり、と言わんばかりに頭を抱えた。そんな一行を見ていた殺生丸は、くだらないと吐き捨てて、すたすたと歩き出してしまった。


「まっ、待って殺生丸!」


慌てて殺生丸を追いかけようとするだが、一番大事なところを伝え忘れていたことを思い出し、後ろを振り向いた。


「あの…私が見た夢では…二人が真っ黒い渦みたいなものに飲み込まれちゃう…ちょっと不吉な夢だったの…だから 、気をつけて」


の言葉に犬夜叉は眉をひそめた。それは過去のことなのか、未来のことなのか、その話を聞いただけでは判然としない。


「じゃ、私もう行くね!」
「あ、待って!」


殺生丸を追いかけようとしたを、かごめが呼び止める。は殺生丸の背中が気になったが、無視するのも気が引けて立ち止まる。


「私、日暮かごめ。こっちが珊瑚ちゃん、弥勒様、この子が七宝ちゃんと雲母」
「あっ…わ、私、です!よろしく!」
「こちらこそ、よろしくね!」


お互いにぺこりと頭を下げる。顔を上げて目があったかごめはにっこり笑っていたので、も思わず笑い返す。


それから改めて「またね」と手を振って、殺生丸の消えた方へと駆けて行った。


後に残された犬夜叉一行を、重い空気が包み込む。犬夜叉はそぅっとかごめの顔を覗きこむと、かごめは盛大に溜息をついた。


「お、怒ってるのかよ」


犬夜叉が恐る恐るそう尋ねるが、かごめはゆるゆると首を横に振る。


「もういいわよ。いつものことだし。それより…」


そう言うと、険しい表情で考え込むかごめ。


「どうされました、かごめ様?」
ちゃん…前に会ったこと、ない?」
「俺はあるけどな」


犬夜叉が答えると、かごめはそうじゃなくて、と否定する。


「もっとずっと前…いつだったかは覚えてないけど…」
「覚えはねぇな」
「私もです」
「うん…私もないね」
「おらも」
「そう…気のせいかなぁ」


かごめがそう言うと、犬夜叉はそうだそうだと話を完結させる。だが、かごめはどこかすっきりしない思いだった。






「んー…」


あれからがなにやらうなっているので、殺生丸はちらとを見る。


「なんだ」
「あのかごめちゃんって子…なんか見たことある気がして」
「それも夢見か?」
「うーん、よくわからないけど、違う気がする…」


の中で夢見で見たものは、存外はっきりと記憶に残っているものだ。だが、かごめのことはもっと朧気な、記憶とも呼べないような判然としないものだ。


はまた眉間にしわを寄せてうなる。


「隣村で見たとか…かなぁ…大きいところだし、旅をしてるんなら…」
「知らぬ」
「んー…!!だってなんか、すっきりしないんだもんー!」


がまたああだこうだと言い出したので、殺生丸は深くため息をついてから視線を外した。これ以上話を聞いていても明確な答えなど出ようはずもない。それでもはぶつぶつ言いながら表情を険しくしたりと忙しくしていた。


だが、やがて。


「考えるのやめた…なんか頭痛い…」


しかめ面でそう呟いて、片手で頭を抱える。どうやら本当に頭痛がするようで、殺生丸はそんなを振り向いて「うつけ」と呟いた。は殺生丸に向かってぺろっと舌を出して対抗する。


そんなじゃれ合いをしているうちに、かごめの話題などすっかり頭から消え去っていた。



2005.01.19 wednesday From aki mikami.
2019.01.09 thursday 加筆、修正。