強さ
「ほんとによかったぁ…二人が仲直り出来て!」
と殺生丸を交互に見て、にっこりと笑うりん。は満面の笑みでりんに笑い返し、その横で殺生丸はいつもの無表情で目をそらした。
「ごめんねりんちゃん。心配かけちゃって」
「ううん、良いの。ちゃんが元気になって良かった!」
と殺生丸の間に割り込んだりんは、二人の顔を順番に見上げたあと、嬉しそうに足をぱたぱたと動かした。そんなりんには軽く微笑んだあと、ちらと殺生丸を見る。
「…本当、ごめんね?」
「もう良いと言った」
そう言ってそっぽを向いて立ち上がる殺生丸。は静かに苦笑すると、今度はりんと顔を見合わせて笑った。
殺生丸の「いくぞ」の声を合図に、りんと手を繋いで立ち上がる。さて出発だと歩きだそうとしたが、殺生丸が動き出さないので、二人揃ってその場にぼうっと立ち尽くす。
「…その前に、さっさとその傷をどうにかしろ」
不意に殺生丸が言って、もりんも二人して殺生丸を見やる。そんな二人に呆れたように一つため息をついた殺生丸は、す、との方まで歩み寄ってきて、彼女の着物の裾を少し持ち上げた。
「きゃっ」
りんが小さく悲鳴を上げる。の白い足には、べっとりと血がついていたからだ。殺生丸は裾を持ち上げていた手を離し、二人に背を向けた。
「バレてたかぁ」
「ふん」
「血がすごいだけで、あんまり痛みないんだよ?」
「いいからさっさと洗ってこい。お前の血の匂いは不快だ」
あまりにもぶっきらぼうに言うので、少しムッとしてしまう。さっきまであんなに優しかったのになぁと思いながら、川縁に座って足を水に漬けた。
傷口自体はもう随分前に塞がっている。長く放置したせいで派手に血がたれているが、おそらく元々の傷口も出血も大したことはないだろうと、は再度分析した。ちなみに実際の傷口は膝の少し下で、戦闘中に片膝をついたときに切ったのだとは記憶している。
裾を捲りあげて傷口をあらわにする。少し砂利が入っているのが見えたので、川の水で丁寧に洗い流す。りんが隣でうわぁ、と言いながらしかめっ面をしていたが、思ったより痛くないよ、と言って川から足を上げた。
「ちゃん、傷口拭いてあげる。足見せて」
「う、うん。ありがと、りんちゃん」
が足を向けると、りんはなかなか手際よく手にしていた布で傷口を優しく拭いていく。しゃがみこむりんの足元には、傷薬代わりの薬草も置いてある。ちなみに、布も薬草も、とりんが各地でちまちまと集めていたものだ。
「酷い傷だね…どうしたの、これ」
「んーと、確か蛇骨とやりあったとき、変なとこに膝ついちゃったんだったかな」
「蛇骨?」
「りんちゃんが睡骨に捕まってた時、殺生丸と戦ってた奴よ」
「あの逃げちゃった人?」
りんがの足に薬草を貼り付けながら呟く。そうだよ、と答えたあと、はりんの小さな手を見つめながら言った。
「ごめんね、りんちゃん。私が蛇骨を倒せていれば、りんちゃんも怖い思いしなくてすんだのに…」
「そんな!ちゃんのせいじゃないよ!」
「ううん。私が、…弱いから。これから強くなるつもりではいるけど…」
「そんなことないよ!ちゃんはいっつもりんのこと守ってくれるもん!」
必死にを気遣おうとするりんに、は曖昧な顔で笑った。きっとりんのその言葉に偽りの気持ちはないのだろうとも思うが、それでもは、ゆるゆると首を振った。
「私は弱いよ。だから殺生丸に迷惑掛けっぱなし。強いって言うのは、殺生丸みたいなことを言うの。…比べること自体、おかしいかもしれないけど」
「…くだらん」
殺生丸が不意にそう言ったので、もりんも殺生丸を振り向いた。彼は少し険しい顔で二人を見下ろしていて、の手当てが終ったらしいことを確認したあと、踵を返して森の方へと歩き出す。その後ろを邪見が続けて歩き出した。
「…今の、どういう意味だろ」
「うーん、りんにもよくわかんないけど…とりあえず、殺生丸様とお話してきたら?」
りんがそう言って、に微笑みかける。はりんの手を引いて立ち上がりながら、うーん、と曖昧な答えを返した。
「大丈夫だよ、殺生丸様だもん!」
そんな、ちょっとよくわからない理屈で自信満々に微笑んで見せるりん。ただ、その笑顔を見ていると、なぜだか本当に大丈夫な気がして、はふっと笑った。
後ろからゆっくり歩いてきた阿吽の手綱をりんに持たせると、ちょっと行ってくるね、と言って、前を歩く殺生丸の方へと駆け出す。途中追い越した邪見がなんだかんだと言っているのが聞こえたが、軽く無視を決め込んだ。
殺生丸の隣に並ぶと、心なしか彼の歩調もゆるくなる。そのことに少しの嬉しさを感じつつ、は静かに口を開いた。
「ね、今のって、どういう意味?」
「…そのままの意味だ」
「それって、私と殺生丸を比べることが、くだらない、ってこと?」
「…」
小さく息を吐いて、空を見上げる殺生丸。はその横顔を見上げながら、ちくりと胸が痛むのを感じた。
「私は妖怪で、お前は人間だ。そもそも種族が違うのだから、比べるまでもない」
「た、しかに…そう、だけど…」
また胸が痛んで、は自分の足元を見つめた。それは否定しようのない事実で、認めざるを得ないことだ。それでも、なんとなく素直に認めたくない気持ちになって、きゅっと拳を握った。
「…確かに、私は人間だけど…それでも、殺生丸の隣で戦うんなら、せめて心だけでも強くなりたいなって…思うんだけど」
「…」
「今は、迷ったり悩んだりしてばっかりだけど、いつか殺生丸みたいに、迷い無く戦うことが出来たらって…」
「…迷い」
殺生丸の声色が変わったような気がして、彼の横顔を見上げる。その表情はいつもと変わりなく、ただその視線が、何かに思いをはせているようにも見えた。
「…確かに、お前は弱い」
「…うん」
「だが、ただ弱いだけではない"何か"を、お前に感じている」
「……え?」
予想外の言葉に思わず足を止めると、殺生丸も同じように立ち止まる。そして、の左手をそっと握り、軽く握りしめる。
「私とは違う、…力ではない、強さに似た何かを」
「…っ」
握られた左手が妙に熱くなる気がして、は殺生丸から目をそらす。そうしている間に、殺生丸はの手を放し、再び歩き出してしまった。その背中を慌てて追いかけながら、左手をきゅっと握りしめる。
「な、何、その、何かって…」
「さあな」
あまりにもさらりと、考える気もないという風に殺生丸が言うので、思わず唇を尖らせる。
「なにそれっ、ちゃんと考えてよ」
「真剣に考えるに値しないことだ」
「うわっ、ひどい!」
のその言葉に、殺生丸の口元がうっすらと弧を描いたように見えて、は自分の気持ちが高鳴るのを感じる。それは滅多に見ることが出来ない彼の笑顔のためか、それとも自覚してしまった思いのせいか…いずれにしても、自分の気持ちがばれてしまわないように、出来るだけ平然を装って、口を尖らせた顔のまま殺生丸に抗議の目を向けた。
そんなたわいもない会話をかわしながら、殺生丸一行は白霊山へと向かっていった。
「わ…」
以前より強力になっている結界に、邪見が顔を歪める。殺生丸も邪見ほどではないが顔を顰めているし、阿吽はぐったりとその場に座り込んでいる。
「え…どうしたの、邪見」
人間であるとりんには当然結界の影響などないため、調子が悪そうにしている邪見を振り向いて怪訝な顔をする。邪見はぐったりと座り込みながら、頭を抱えた。
「結界じゃ。前よりも、ずっと強く…」
「え…そうなの?」
くるりと殺生丸を振り向く。彼はの問いに答えぬまま、一歩だけ結界に歩み寄った。
「あの…殺生丸?」
心配するをよそに、殺生丸は結界に向けて勢いよく手を振りかざす。すると殺生丸の手から現れた光の鞭が、ものすごい音を立てて結界に弾かれ、はじけ飛んで消えていった。
「っ…」
結界の強さを目の当たりにし、言葉を失う。殺生丸はそんなに一瞥をくれたあと、結界に背を向け歩き出した。はそんな彼に慌てて隣に並ぶと、そぅっと顔を覗きこんだ。
「あの…どこいくの?殺生丸」
「知らぬ」
「し…知らぬって…」
「骨と墓土の臭いを追う」
「っ!?」
骨と墓土の臭い。それはおそらく、「七人隊」の誰かを追う、ということだろう。ちなみに「骨と墓土」は「死人」という死者を疑似的に復活させるような術方だと、桔梗から聞いていた。
が認識している七人隊は、殺生丸に殺された霧骨、その霧骨の名を聞いた僧侶のような男、睡骨、蛇骨、そして蛮骨。
二人は確実に死んでいるとして、他五人の誰かは当然わからないが…にはなんとなく、予感があった。これから会うのは、「蛮骨」ではないかと。
だが、何の確信もないので、殺生丸に言い出すのは気が引ける。が黙り込んで考え事をしていると、それを察知したのか、殺生丸が少し不機嫌そうに振り向いて、僅かに目を細めた。
「何だ」
「あ、いや…その…大したことじゃないんだけど…」
言おうか言うまいかためらっているに、殺生丸は目線で早くしろと促してくる。そうなっては言わないわけにもいかず、はどういったものかと頭を巡らせながら口を開いた。
「ただの、予感でしかないんだけど…追ってるのって、蛮骨、じゃないかなって」
「…何?」
「はぐれてる間、一度だけ会ったの。七人隊の首領、だったと思う」
「なぜそやつだと思う」
「ごめん、本当に何となくとしか…。でも、一度逃げていった蛇骨がすぐ現れるとも考えにくいし、もしかしたら、って」
の言葉を聞き終えた殺生丸は、小さく息を吐いた。
夢見で見たわけでもないただの予感であれば、外れている可能性も高いだろう。だが殺生丸にも、の言葉が当たっているような気がした。だが、なぜそんな風に思うのかわからず、なんとなくの顔を直視しずらくて、わざとらしく前を向く。
七人隊首領、蛮骨。
首領と言うほどなのだから、七人隊で一番強いのだろうが、も戦っている姿を見たわけではないので、殺生丸に話せる情報と言えば彼の見た目と交した会話くらいのものだ。
なんとなく胸がざわめいた気がして、はきつく目を閉じた。
2005.01.24 monday From aki mikami.
2020.03.16 monday 加筆、修正。