中途半端な闘い


強く淀んだ風が、蛮骨と殺生丸の間を吹き抜けていく。 達は二人が対峙するのを、ただ不安げな顔で見守った。


「おらぁっ!」


ざっと飛び上がった蛮骨が、大鉾を振り上げて殺生丸に襲いかかる。殺生丸はそれを飛んでかわすと、そのまま空中で体勢を直して闘鬼神で蛮骨に斬りかかった。だが、予想以上に素早い動きで蛮骨が振りかえり、大鉾で攻撃を受け止める。殺生丸はそれに構わず何度も何度も蛮竜を弾き続け、蛮骨は押されるがまま数歩後ろに下がった。


は不安な気持ちはあったものの、自分でも驚くほど冷静にその戦いをみていた。


蛮骨は思ったよりも素早く、そして力も強い。七人隊首領というだけあって、がこれまでみた七人隊の中で最も強い。何より大鉾から繰り出される強力な攻撃と、その大鉾によって生じるであろう隙をその大鉾で補っているところが、ただ力だけではない強さを感じさせた。


そして殺生丸は、そんな蛮骨の実力を推し量っているようだった。奈落の差し金であることが確実な以上、最大限の警戒をしているのかもしれない。そして蛮骨の方も、殺生丸との戦いを楽しみながら、どこか殺生丸を試しているように、には見えていた。


しばしの間一方的に叩かれていた蛮骨だったが、やがてひときわ大きな声を上げながら大鉾を振り回し、闘鬼神を弾くようにして殺生丸と距離を取った。


「へへっ、さすが妖怪だぜ。兄弟でも半妖の犬夜叉とは手応えが全然違う」
「私をあの半妖風情と一緒にするな」
「仲悪いんだな。兄弟なのによ」
「あのようなもの、元より兄弟とも思っておらぬ」


殺生丸はそう言うと、闘鬼神の刃先を蛮骨に向ける。その刃先から筋状の青白い光が、蛮骨目掛けて無数に放たれた。


不意をつかれた蛮骨はそれを慌てた様子で避け切ると、殺生丸を振り向いて、卑怯だろ!と叫んだ。だが振り向いた先に殺生丸の姿はなく、蛮骨が殺生丸の姿を捉えたときには、今まさに闘鬼神を振り下ろそうとしていた。


蛮骨はうめき声を上げながらも大鉾でそれ受け止めた。


「今度は不意打ちか!やっぱ卑怯だぞ!」


蛮骨の言葉に特に反応する様子もない殺生丸は、押し合って火花を散らす闘鬼神を大きく振り抜き、蛮骨を後方へと吹き飛ばし、改めて刀を構え直した。


「ッ、さすが腕っ節も中々だぜ」


蛮骨がそう言いながら体を起こして殺生丸を見据える。その顔は変わらず笑顔のままで、大鉾を構え直した。


「けど、蛮竜の敵じゃねえな」
「何?」


蛮骨の言葉に僅かに表情を険しくした殺生丸が、不機嫌も露わにそう尋ねた。


「蛮竜には、四魂の欠片が二つ入ってんだ。俺自身は三つ、四魂の欠片を使ってる。つまり俺は五つの欠片を持ってるってことだ」


勝ち誇ったように笑い出す蛮骨。は、自分の体に四魂のかけらを埋め込まれたときのことを思い出していた。


奈落の瘴気で体が弱っていたとはいえ、霊力のあるですら、何か抗いがたい強い力を感じていた。そしてそれこそが、数多の妖怪たちが四魂のかけらを求める理由なのだともわかる。…そんなものを、武器と本人、合わせて五つも持っている。は底知れない恐怖に足がすくみそうになるのを感じた。


だが、そんなとは対照的に、殺生丸は嘲笑を浮かべていた。


「何が可笑しい」
「…ふん。所詮貴様はその程度、と言うことだ」
「何?」
「四魂の玉に頼り、それを自分の力と思い込んでいる」
「何だと、もう一度言って見ろ!」
「貴様は四魂の玉に…いや、奈落に踊らされているだけだ!」
「っ!テメェ!!」


キィン。


蛮骨が大鉾を振り上げて殺生丸に切りかかり、闘鬼神と対峙する。音を立てて火花が散り、僅かに殺生丸が押され始めた。


「っ!」


その光景には驚いて目を見開く。邪見とりんもそれぞれに声を上げて、僅かに身を乗り出した。


「殺生丸ッ!」
「殺生丸様!」


蛮骨に押されるまま、少しずつ後ろへ下がっていく殺生丸。蛮骨の顔からは先程までの笑顔は消えていて、おそらく彼の本気を出しているということだろう。


からは殺生丸の表情は見えなかったが、もし殺生丸一人で蛮骨を倒すことが難しければ、自分も何らかの形で手を出すべきだろうかと考えて、雨月刀を握る手に力を込める。全身から嫌な汗が吹き出すような気がして、不快な気持ちを首を振って誤魔化した。


だが、そんなふうに思っていたの予想に反し、二本の刀が一度強く火花を散らしたあと、殺生丸が蛮骨を大きく弾き飛ばした。その瞬間ちらと見えた殺生丸の横顔には、怒りがありありと浮かんでいる。


「なぜテメェが怒る?」
「…わからぬか?」


金の双眼で蛮骨を睨み付ける殺生丸。その声からも、静かな怒りを感じ取ることが出来た。


「四魂のかけらを自分の力と思い込んだ貴様程度の力で、この私に賭けを申し込もうとは…この殺生丸を愚弄するな!」
「どんな手を使おうが、勝っちまえばこっちのもんなんだよ!」
「そんなものでは私には勝てぬ!」
「どうかな。どうせお前だって欲しいんだろう、この四魂のかけらがよぉ!」


再び二人の刀が激しく対峙する。だが、殺生丸は変わらず蛮骨を鋭く睨み続けていた。


「生憎そんなものに興味はない」
「はっ。強がり言ってんじゃねぇ!」


蛮竜を大きく振り下ろす蛮骨。殺生丸は後ろに飛んでそれを交わすと、闘鬼神を構え直し、その手にぐっと力を込めた。


そのとき、蛮骨の上空を飛んでいた最猛勝が蛮骨の元に下りてくる。どうやら蛮骨に何か言ったようで、蛮骨はさらに表情を険しくし、ややしばらく言い争いをしていたようだったが、やがて殺生丸に向き直って言った。


「っ、おい!勝負はお預けだ!」


怒りも露わに蛮骨が言うと、蛮竜を肩に担いで殺生丸に背を向ける。


「逃げるか」
「はっ。逃げるんじゃねぇよ。奈落がさっさと蛇骨と合流しろってうるせぇんだよ」


そう言い捨てると、歩き去っていく蛮骨。辺りに立ち込める霧が蛮骨の背中をすぐにかき消してしまい、すぐにの目には追えなくなってしまった。殺生丸も追いかけるかと思ったが、黙って蛮骨を見送る。


「あの…殺生丸…」


は控えめにそう尋ねてみる。だが、殺生丸はそれに答えることなく立ち尽くしている。恐る恐る顔を覗きこんでみるが、その表情からは何の感情も読み取れなかった。


機嫌がいい、ということはおそらくないだろう。だが、怒っているとも言い難かった。しかし、一番殺生丸と付き合いが長い邪見が随分怯えた目で殺生丸を見ているので、もしかしたらにはわからないほど猛烈に怒っているのかもしれない。


やがて闘鬼神を静かに腰に収める殺生丸。その仕草になんとなく違和感を覚えたような気がして、はじっと殺生丸を観察するが、特にいつもと違う様子は見受けられない。


「殺生丸…大丈夫?あの、怪我、してない?」
「この私が人間如きとの戦いで怪我をすると?」
「えぇっと…」


顔は無表情だが、声色は確実に機嫌が悪い。アハハ、と引きつった笑いを見せるに、殺生丸は特に触れることもなく、無表情なままで踵を返した。


「えっ、どこいくの?」
「お前達はここで待っていろ」


そう言って霧の向こうへと消えていく殺生丸。達はそれを茫然として見送るが、は直ぐに我に帰り、りんを振り向いた。


「私、ちょっと殺生丸追いかけるね」
「え…ちゃん?」
「なんかねぇ…なんかいつもと違うなって感じするの」
「え…?」
「もしかして、どこか悪いのかも」


にも確証はなく、ほんの少しの違和感を感じただけだが、妙に気になってしまっては止まらない。りんの後ろで邪見が「余計なことをするな!」と叫んでいるが、それははさらりと聞き流すことにした。


「とにかく行ってくるね。お留守番よろしく」
「うん、気をつけてね!」


りんが少し不安げな顔で手を振る。はそんなりんに笑顔で手を振り返し、たった今殺生丸が向かった方へと走った。


どこからか水の匂いが漂ってくる。はその匂いに導かれるように走る。その先に殺生丸が居ると、そう確信していた。



2005.01.26 wednesday From aki mikami.
2020.03.23 monday 加筆、修正。