写真


「すぐ戻るから」と言って出かけていたかごめが帰ってくるなり、一冊の本のようなものを犬夜叉に差し出した。


「ねえ、犬夜叉これみて」


そう言ってかごめは表紙をめくり、犬夜叉はかごめに促されるままにそれを覗き込む。そこには幼い頃のかごめの写真が張りつけられていた。


「なんでェこれは」
「これはアルバムっていって、写真を貼っておくものよ」
「写真ってなんでェ」
「写真っていうのはええっと、人の姿を紙に写してくれるもので…」
「絵みてぇなもんか?」
「そうそう、そんな感じ!って、そんなことはどうでもいいのよ」


かごめは言いながらぺらぺらとアルバムをめくっていく。向かい側に座ってお茶を飲んでいた珊瑚が、犬夜叉と同じようにアルバムを覗き込んだ。


「へぇ、ってことは、これは子供の頃のかごめちゃん?可愛いね」
「ありがとう、珊瑚ちゃん。って、そうでもなくってね!」


これよ!といってかごめが指を刺した写真には、幼い頃のかごめと、もう一人女の子が、楽しそうに砂遊びをしている姿が写っていた。


どこかで見たことがあると、犬夜叉は思った。


「これ、ちゃんだと思うの」


かごめの言葉に、犬夜叉は改めて写真を見る。…確かに言われてみれば、それはだった。


様子を見守っていた弥勒や七宝も、話の重要さを察したのか、かごめの方へ寄ってくる。


「これがって…どういうこった」
「…この子、ちゃんって言って、うちの近所に住んでたの。だけど、十歳の時に行方不明になって…」
「行方不明?」
「うん。…もしかして、骨喰いの井戸を通って、こっちに来てしまったから、行方不明になったんじゃないかって…」


かごめの言葉に、全員がもう一度写真を見た。…他人の空似というには、似すぎている。かごめと桔梗のように、生まれ変わりという可能性もないわけではないが、さすがに何かを判断するには、情報が足りなかった。


かごめが犬夜叉に向き直って、ゆっくりと口を開いた。


「ねぇ、犬夜叉…確かめに…」
「ばかっ。 行くしかねぇだろ?」


犬夜叉の言葉に、かごめはほっとした表情を見せる。それからぐるりと仲間の顔を見ると、皆静かに頷いた。


「行くぞ!」


犬夜叉の言葉で、その場の全員が腰を上げた。






「おいしい!今日の魚は一段と美味しいね、りんちゃん」
「ほんとう!おいしいねちゃん!」


とりんが楽しそうに笑い合うと、その隣で邪見がぶすっと顔を歪める。その理由は、邪見が一人でとった魚をみんなで食べているからだった。


「わしが捕った魚じゃぞ!何で前たちが食べるんじゃ!」
「良いじゃない。沢山取れたんだから。それに皆で食べたほうが美味しいし」
「なーに馬鹿なこといっとる!お前たちと一緒に食事なんぞできるか!」
「じゃあ邪見さま食べないの?」
「…食べる」


ぶつぶつ文句を言いながら、魚に手を伸ばす邪見。は、最初から素直に食べればいいのに、と思ったが、それを言うと邪見がまたへそを曲げてしまうと思ったので、何も言わずに魚を口いっぱいにほおばった。


そのとき、たちから少し離れたところで空を見ていた殺生丸が、突然立ち上がり、思い切り顔を顰めた。


「殺生丸?どうしたの?」
「…来る」
「え?」


来るって、何が?そう聞く前に、殺生丸は森の方へと目を向けた。それに促されるように、殺生丸の視線の方へと視線を送る。…確かに、何者かが近づいてくる気配があった。


は咄嗟に雨月刀を握りしめて、立ち上がる。


ところが、森の奥からやってきたのは、見覚えのある人物だった。


「…犬夜叉!」


現れた人物…犬夜叉は、の姿を捉えると足を止め、背中におぶっていたかごめを下ろした。どうして犬夜叉が?と思っている間に、森の奥から雲母に乗った弥勒と珊瑚、七宝が続く。


「こんにちは、ちゃん」
「こ、こんにちは」



朗らかな顔で挨拶をするかごめに、戸惑いながらもなんとか返事をする。戸惑ったのは、彼らがいきなり現れたからというのもあるが、…何より、隣の犬夜叉と殺生丸が、一触即発のにらみ合いをしているからだった。


「…何をしに来た」


そう殺生丸が言った瞬間、ぴりぴりとした空気がその場に広がった。兄弟なのだから仲良くしてほしいとは思うが、兄弟だからこそ譲れないものがあるのだろうとも思うので、二人の関係について言及する気にはなれなかった。


「お前になんか用はねぇ。俺たちが用があんのは、おめーだ」
「えっ」


突如自分の名前が出てきたことに驚いた。その場にいる全員の視線がに集まり、思わずたじろいでしまう。


どうしようかと思っていると、の目の前にかごめが歩み出てきて、おもむろに何かを取り出した。


「あのね、ちゃん、これを見てほしいの」
「…なに?」


かごめが差し出したものを受け取って、まじまじと覗く。…そこには、おそらく幼いころのかごめであろう少女と、そっくりの顔の少女が、砂遊びしている姿が写っていた。


びりりと、頭が痛んだ気がした。


「これ、…私?」


の呟きを聞いて、殺生丸も歩み寄ってきての手元の写真を覗き込む。殺生丸の目から見ても、その少女は幼いころのであるように見えた。そして、その隣に幼いかごめが写っているということは…


殺生丸は、以前から聞いた話を思い出した。は、幼いころの記憶がないといっていた。それは、つまり…


「かごめちゃん、これって、どういうこと…」
「えっと…覚えて、ない…?」
「ごめんなさい、十歳より前のこと、覚えてないの」
「…そんな」


悲しそうな顔をしているかごめに、はもう一度ごめんなさい、と謝った。それを聞いて、少し困った様子で謝らないで、というかごめ。の手元の写真に視線を落として、懐かしむように言った。


「私、今よりもずっと未来から来たの。信じられないかもしれないけど、骨喰いの井戸っていう井戸を通って、こっちの世界に来たの。…この写真の女の子がもしちゃんなら、きっと、私と同じように…」


未来から来たというかごめの言葉は、到底信じられるものではなかったが、はなぜかすとんと腑に落ちてしまっていた。かごめの話を疑う気もなく、きっとその通りなのだろうと直感的に思ったのだ。


「そっか」
「…ちゃん?」
「なんか、納得いっちゃった」
「…でも、何か証明できるものがあるわけじゃないのよ」
「うん…でも、なんかね。私の中の何かが、かごめちゃんの言っていることは本当だって、言っている気がするの」


そう言いながらは、自分の心からいろんな感情が湧き上がってくるのを感じた。同時に目の奥が熱くなっていって、こらえていないと涙がこぼれてしまいそうになる。の様子に気が付いたかごめが、心配そうにの顔を覗き込んだ。


ちゃん、…大丈夫?」
「…ごめん、ちょっと、びっくりしちゃって…いろいろ思い出しちゃった…」


そう言って、空を見上げた。きつく拳を握りしめる。


「私を拾ってくれたお爺さんがね、…親を、探してくれてたんだ。いろんな村に行くたびに、でも…見つかるわけ、ないよね」


そう、小さくか細い声で呟く。その肩は小刻みに震えていた。


ちゃん…」
「かごめちゃん、ごめんね…なんか、どう受け止めたらいいか、わからなくて…続きは、今度でいいかな?」
「…わかったわ」


かごめがそう言うと、は誰とも目を合わせずに踵を返す。そして、静かに森の奥へ向けて歩き出していく。かごめがその後ろを追いかけようとしたが、犬夜叉が肩をつかんでそれを制した。弥勒が小さく、今はそっとしておいた方がいい、という。


「用が終わったなら消えろ」


黙り込んでいる犬夜叉たちに、殺生丸が冷たく告げる。犬夜叉は咄嗟に言い返そうとしたが、殺生丸の目線がの消えていった方に注がれていたので、言葉が途中で途切れてしまった。


犬夜叉たちがその場を去るのよりも早く、殺生丸はの後を追って森に入っていった。






がぴたりと足を止めると、殺生丸も立ち止まって、その後ろ姿を見据えた。


やがては、ゆっくりと膝を抱えるようにしゃがみ込んだ。


殺生丸がすぐ隣まで歩み寄るが、はびくとも動かない。何かをしゃべることもなく、ただ縮こまってしゃがんでいる。殺生丸は小さく息をつくと、の腕を掴んで、無理やり立ち上がらせた。


「なぜ泣く」


は泣いていた。殺生丸が腕を放すと、着物の袖で涙を拭いながら、殺生丸を振り向く。


「…だって…私は、本当はここに存在しないはずの人間なんだもの」


次々流れてくる涙を、何度も拭う。


「そんな…いないはずの私のせいで、お爺さんや、村の皆、…それに、りんちゃんも邪見も阿吽も…殺生丸に、迷惑掛けて」
「…お前は何を言っている?」


殺生丸が本当にばかにするようにそういうので、は少しむっとして殺生丸を見上げた。しかし殺生丸の方は、そんなことを気にした風もなく、話を続ける。


「奈落は、お前を夢見師だと言っていた。事実お前は夢を見る力を持っている。…あの女が言っていた未来から来たなどというばかげた話より、夢見師の一族だといわれた方がよほど信用できる」
「…そういえば」


殺生丸の言葉を受けて、も思い出す。奈落がのことを夢見師だといった事。その言葉は、何か確信があって言っているようだった。そして、奈落はの過去を知っているようだった。


「奈落は、私が夢見師だって確信があった…」


奈落がなぜの事を知っていたのかは、もちろんにはわからないが、殺生丸の言う通り、が夢見師の一族だと言う話の方が、信ぴょう性がある話だ。…だが、には確信があった。自分が未来から来た人間だと。もちろん記憶が戻ったわけでも証拠があるわけでもない。ただの予感のようなものだ。それでも。


「…ねぇ、殺生丸」


は、殺生丸と視線を合わせて言った。


「私の中には、自分がかごめちゃんと同じ未来から来たって、確信のようなものがある。…でも、奈落がてきとうなことを言っているとも思えない」
「…」
「私、夢見師の村に行きたい。自分が未来の人間なのか、夢見師なのか、…確かめなきゃ、だめだと思う」
「つまり、連れて行けと?」
「…お願いします」


頭を下げるはもう泣いていなかった。やがて顔を上げて、まっすぐに殺生丸を見つめる。


「…行くぞ」


そう言って、殺生丸は歩き出す。いいともだめだとも言わないその言葉が、殺生丸にとっての了解の返事だと、…殺生丸のどこか優しい横顔を見て、はすぐにわかった。


「ありがとう、殺生丸」


言いながら、先を歩く殺生丸の背中を追いかけた。



2005.01.30 sunday From aki mikami.
2020.12.11 friday 加筆、修正。