#1---桜の下で



人を信じて意味あんのかな?リストカットをしていた友達に言われたことがある。そんな事知るか、と言う感じだけれど、そういえば私、とても親身になって答えたな。

くだらないことを考えながら歩くキャンバスは最高だ。って思っている私はきっと変だろうなぁ。
東応大学に入学したばっかり。花の大学生ライフを送っている私。ってそんなことどうでもいいんだけど、私は最近疑問に思っている事がある。


私達の学年の主席、…夜神月はともかく、もう一人の流河旱樹?あの人はどこいったんだろうか。
夜神月の方はいやでも目に付く。だって顔はいいし、笑顔が眩しいし、歯が白い。どこにいても目立つ存在だから。


私は適当にベンチに座った。隣に桜の木があって、花びらがぶあっとかかっている。


右手に持っていた勉強道具の入った鞄を横によけて、それから左手に持っていた箱を膝の上に置く。ここに来る前にケーキ屋さんに言って買ってきた、ショートケーキ。

白い紙の蓋を明けると、中から赤い苺がお目見え。脇に、袋に包まれたスプーンが一個。私は早速それを手に取った。ビニールを破って中身を取り出せば、もう気持ちはショートケーキへ。生クリームの白い表面にプラスチックのスプーンを差し込み、ひとすくい。そのまま口へ運べば、甘い味が口の中に広がった。


「(んー、美味しい。やっぱりあそこのショートケーキが一番美味しい!)」


最近私がこっているお店。どのケーキを食べても美味しいけど、特にこの苺ショートは絶品だ(と思う)。さてもう一口、と私はまたショートケーキにスプーンを…差し込もうとしたけどやめた。

…視線を感じたからだ。


「…あ、あはは…」
「…」


私の方を、じぃっと見つめている。目の下にクマがあって、猫背で、普通のティーシャツにジーパンって言う超ラフな格好で。あれ、この人見たことある気が。

っていうか。

彼の目線を追ってみる。良く考えると、私じゃなくて、ショートケーキ見つめてない?


「…あの……何か?」
「いえ」


口調は丁寧なんだけど、やっぱりこの人ショートケーキ欲しいんだ。ってかあんたガキ?なんて思ったら、急に思いい出してしまった。

…この人がもう一人の主席、流河旱樹。


「…あの、食べます?」


同じ年だし。怪しい人だけど、正直夜神月よりはいい人そうだし(だって彼は八方美人っぽかった)。私の言葉に、彼はいいんですか?なんて聞いたけど、やっぱり目はケーキを見つめていた。


「…どうぞ」


ケーキをすくって、スプーンを彼の方に差し出す。すると彼は、そのままペロンとケーキを食べてしまった。…スプーン受け取れって意味だったんだけど。


「…ありがとうございます。おいしいです」
「そうよね。私、このショートケーキ凄く好きなの」
「どこのお店ですか?」
「んー…駅前の裏どおりにある店なんだけど…」


って、今気づいたけど、どうして私達ってこんなに自然に会話してるんだろう。だって今日はじめて会った人なのに。

彼はいつのまにか私の隣に座っている。


「…あなた、流河旱樹って人でしょ。学年主席の」
「……えぇ。…貴方のお名前は」
「私は…
「…3番か4番くらいに名前があがっていましたね」
「あー…まぁ」


大学に殆ど来て居ないこの人がそれを知っているとは思わなかったので正直驚いた。

私は、自分が曖昧な返事をしたせいで悪くなった雰囲気をとりあえず直そうと思って、話題を考えた。…そして出てきたのは、前から思っていたあの話。


「…流河旱樹って、あの芸能人と同じ名前よね。凄く偽名っぽい」
「はい、偽名です」
「…はっ!?」


軽い冗談のつもりだった。だから、まさかそんな返答がかえってくるなんて思わなかった。


「…本当に、偽名?」
「はい」
「……変な人」


思わず笑ってしまう。―――面白い、と思った。


「偽名を使うくらいなんだからよっぽど正体を隠さなきゃいけないはずなのに…軽く偽名です、なんていっちゃっていいの?」
「…あまりよくはありませんが…ケーキを別けてくれたお礼です」
「変なお礼ね。じゃあ、もう一口あげたらもっと何か教えてくれる?例えば…本名とか」


言いながら、私は彼にまたケーキを差し出した。彼はそれをペロンと食べて、口をもごもごさせながら、いう。


「それは出来ません。…ですが…通り名なら」
「通り名?」
「えぇ。L、もしくは竜崎です」


L。
その名前ともつかない名前を、私はどこかで聞いた事があるような気がした。


「Lって、アルファベットのL?」
「そうです」
「竜崎っていうのも貴方なんでしょ?」
「そうです。ただ、竜崎は極一部の人間しか知りません」
「…竜崎、の方が、親密度は高いってことね?」
「そういうことになりますか」


彼の態度が曖昧なのが気になるが、とりあえず面白い。彼が嘘を言っているようには見えないし、だからと言って名前を隠さなきゃいけない大学生が居るとも思えない。

…興味がつきない。


「…そろそろ迎えが来る時間なので、失礼します」


そう言って、彼は立ち上がった。そして、私以外余計に三口分も減ったショートケーキの苺を摘み上げて、私の目の前に差し出す。
…私は少し戸惑って、その苺を口に含んだ。その様子を見て、彼はふわっと笑う。


「…ケーキ、ありがとうございました」
「貴方とは…二度と会えなさそうね」


私の言葉に、彼は困った顔をした。きっとそうだろう。あまり外に出ないで、身を隠しているんだ。





「…貴方と話すのは、楽しかったです」


そう言って、彼は去っていった。丸まった白い背中が遠ざかっていくのを、私は茫然と見つめる。



苺のなくなったショートケーキには、ピンク色の花びらが咲いていた。









2006.02.26 sunday From mamoru mizuki.