#5---君が好き?



自分の心は、自分が一番よく知っていると思っていた。けど、そうじゃないことも世の中にはたくさんあって、私は今、そんなことを思い知らされている。

竜崎といると、楽しい。いないと、少し寂しい。



「それって恋じゃないかしら」


現在夜神ライトと交際中の高田さんがそう言った。


「そう?なんかあんまりそんな感じしないんだけど」
「自分の心は自分が一番わからない…そんなときもあるのよ」


確かにそうかもしれないが、どうも納得がいかない。だって私は自分の気持ちがわからないなんてことなかったし、いつだって自分の気持ちに正直に生きてきたから。


「あなたはそう言う事、あったの?」
「なかった…と言い切りたいけど、残念ながらあるわね。私って意外と乙女なの」


そう言って、彼女はウインクをしてみせた。…きれいな人は、男だろうと女だろうといいものだ(夜神ライトは別。意地悪そうだから)。ってそんなことはともかく、私は自分の右腕の時計を見やった。…時刻は丁度、11時半を指している。


「…もうそろそろ、彼氏が迎えに来る時間じゃない?」
「え、うそ…もうそんな」
「高田さん」


いけ好かない澄ました声が聞こえた。導かれるように振り向けば、そこにはもちろん、夜神ライト。高田さんは柔らかく笑った。


きっと、彼女は彼女が思っているよりも彼が好きで、でも彼女はプライドがあるからそれをはっきりと口で表すことが出来ないんだ。それこそまさに、自分ではわからない自分の気持ち、だ。


「…ラブラブですね、あの二人…」
「っ、わ」


不意打ちだ。一体いつからいたんだろうか、最初からいたかのように何食わぬ顔で現れた竜崎。いつもの座り方で、親指の爪を噛んでいる。


「ラブラブですねって…いつからそこにいたわけ…?」
「今ですよ。…夜神ライトの尾行です」
「あぁ…彼のお父さんも警察の方なんでしょ?…彼がキラだったら笑えるわ。本当にありそうだもの」
「笑えませんよ。彼みたいに頭の良い人物がキラなら、そう簡単に捕まってくれるとは思えない」
「……そうね。それで?彼が犯人である可能性ってあるの?」
「…今は、5%と言うところでしょうか」


正直、竜崎の言う5%と言う数字がどれくらいの高さなのかわからなかった。普通に考えれば、5%なんて、"たった"5%といわれてしまうくらい少ないものだけど、…キラ事件に関しては、手がかりが少ない。実は結構、高い数字なんじゃないだろうか?


そんなことを考えていると、竜崎は二人が見えなくなったらしい、今まで高田さんが座っていたところへ腰を下ろす。それから私の飲んでいた午○の紅茶を勝手に奪い取って口に含んだ。


「…ちょっと、それ私の」
「わかってますよ」


さりげなく、関節キス。いや、今更そんなことでときめくような人じゃないけど。…でも、私にもそういう時期があった。

何をされても、何を言われてもいちいち疲れるくらいの反応を見せていた、あの時。


「貴方がさっきからあんまり手を付けていなかったので…いただきました。それより」
「何?」
「さっき、彼女と何を話していたんですか?」
「っ!!!」


わかっていて聞いているんだろうかと思ってしまう、このタイミングと質問内容の良さ。


「…秘密」
「教えてくださいよ」
「いや」
「…けち」
「プライバシーの権利ってものがあるでしょうが!私生活をみだりに後悔されない権利!自分に関する情報をみずからコントロールする権利!」
「…知る権利」
「私と高田さんがなに話してても、竜崎には関係ないじゃない。…冗談やめてよ」


そこまで言って、しまったと思った。また私の悪い癖が出た。

ついつい、あたってしまうのだ。知りたくない事を詮索されると。


「ごめん…」


知られたくないことは、やっぱり知られたくないことで。それを知られるのは誰だって嫌なはずなんだ。…でも、今のはあまりにも、その事柄がくだらない。


「…いえ、私の方こそ」
「いや…何て言うか、その」
「貴方は、詮索されるのが嫌いだったんですよね。すみません」
「いや、謝らなくていいから」


むしろ、謝罪しなければいけないのはこっちのほうだ。当り散らして、怒鳴って。竜崎が悪いんじゃない、私がこんな性格なのがいけないのに。


「…もし」
「え?」
「もし、貴方のその心の傷を…話しても良いと思える時が来たのなら」
「…」
「そして、その話しても良いと思える相手が、私だったのなら…聞かせてください」


まっすぐ、私の瞳を見つめる竜崎。…それだけで、すべてを話してしまいたくなる気がした。


この人だったら、過去の醜い私を忘れさせてくれるんじゃないか?今の自分をもっと美しく見せてくれるんじゃないか?この人だったら…私の隣を歩いてくれるんじゃないか。


「…ありがとう」


でも、私は怖かった。彼のその真っ直ぐな瞳が、逸らされることが。軽蔑で歪められることが。きっと私の過去を知れば、今までどおり私と付き合うなんて事は無理で。


「…いつか、話せたらね」


そんな曖昧な返事を返した。今の言葉が、彼にはどんな風にうつったのだろう。


「―――」
「え?」
「―――…ゲームセンターに行きましょう」


突然何を言い出すんだろう、彼は。


「ゲーセン?」
「えぇ。貴方の好きな物、何でもとって差し上げます」
「ちょ、でも竜崎って悪魔でも身を隠してなきゃいけないんじゃ…」
「大丈夫。今一番警戒している夜神月が、まさかゲームセンターに現れるわけありませんから」
「…まぁ、そりゃ確かにそうかもしれないけど」


そう言う問題なのか?そう言い掛けたとき、私ははっと気づいた。…彼は、私の心にある影を、少しでも薄めてくれようとしているのではないか、と。


「行きましょう」


竜崎は、私の手を引いて歩き出す。


―――…悔しい。

二度目に会ったときは、私が竜崎を引っ張っていたのに…最近はすっかり、私が引っ張られているじゃないか。いつだって温かい、竜崎の手に。


彼を、好きになりかけている。あの時のあの人とは全く違うタイプの彼を。あまり笑わないし、あまり多くは語らない彼だけど、…こんな私に、優しくしてくれる。…一緒にいてくれる。


前を歩く竜崎の背中は、以外と広かった。その背中に身を預けたら、彼は受け止めてくれるだろうか。









2006.03.06 monday From mamoru mizuki.