#7---受け入れて



「これから私が言うことを、黙って聞いていて。話し終わるまで何も言わないで。…途中で言葉につまっても、ずっとただ、耳を澄ませていて」


私がそうひとこと竜崎に告げると、彼は頷いて爪を噛みはじめる。それを視界に入れながら、私の意識は五年前へとタイムスリップした。




―――――――――――




!」


そう呼ばれて振りかえった先にいたのは、彰だった。


「あきら、遅かったね。樹里は?」
「あぁ、あいつ用事あるっていってたから置いてきた」


そう言った彰は、私の隣にいる彼氏、竜ニの肩に腕を回した。


「なんだ、あいつ相変らずドタキャン好きだな」
「ほんとほんと。でもま、今日は仕方なかったらしいぞ。母親が突然風邪ひいて寝込んだらしくてさぁ。看病しなきゃいけないらしいぞ」
「なら、仕方ないんじゃない?」


私が言うと、竜ニは仕方ないかぁ、と言って笑った。可愛らしい笑顔が、大好きだ、と思う。彼の顔を見ているだけでも、幸せになれる。


「…それで?今日はどこに行くって?」
「それはナイショ。いいからついてこいよ」


彰が意地悪っぽい笑みを浮かべて言うから、私ははいはい、と嫌味っぽく返事をして笑った。…私達は、親友だった。彼氏の竜ニ、親友の樹里、親友の彼氏であり、幼馴染の彰。

―――私は知らなかった。彼等が私を裏切ろうとしていたなんて。知る由もなかったのだ。そのときの私は幼くて、何もかもを信じていた。




―――――――――――




「、やめてっ!」


手足にひりひりした感覚。じゃり、と重い金属の音と、ぎしぎしと軋むベットのスプリングの音。私の叫び声と、男二人の息遣い。


「ばーか。やめねぇよ。…大体やめてとか言っておいて、しっかり感じてるじゃん」


言葉と共に、私の秘所に彰が指を滑らせた。ひぁ、と声が漏れる。


「悪く思うなよ、。お前がなかなかさせてくれないから、つい、な」
「ふぅ、やめ、っ…ばかっ!」
「そーゆうこといっていいのかよ?」


ばし、と頬を叩かれた。これじゃあSMだ。どうしてこうなったんだろう、どうして、どうして、どうして。


二人は、普段と変わりなかった。ただ、行く場所だけは教えてくれなくて、私は二人について雑居ビルに入った。…変だ。かすかに頭の端を思いが過ぎったが、私はそれを掻き消してしまえるほど愚かで、竜ニを信用しきっていた。もちろん彰も、信じていた。


「ど、してっ、私なの…っ!」
「だってよぉー、樹里とやってもつまんねぇんだもん。で、竜ニに頼まれたから、いいかなー、みたいな。でも正解だったな、お前の誘いにのって」
「だろ?」
「さ、いて、…い」
「うるせぇって」


ぺし、とまた頬を叩かれた。竜ニがベットの横の雑然とした机の上からガムテープを取り上げ、私の口に貼り付けた。


「―――――」


言葉が出ない。意味のない音ばかりが、私から発せられる。それをみて、二人は怪しく笑った。


信じていたのだ、二人を。でも、裏切られてしまった。…私はそのまま、二人に犯された。逃げようもなかった。鎖で両手両足を固定され、口を塞がれ、男二人に押さえつけられる。貫かれた体が感じるのは痛みばかりで、生理的に流れる涙は私の情けなさを増大させるだけだった。




――――――――――




「この泥棒猫」


それが、彼女が私につけた称号、最初で最後、最低最悪の称号だ。


最悪、どうして私が責められるの?最悪。私は悪くない。私じゃない。悪いのは二人。竜ニと、彰。私はかわいそうなのに、どうして?


「人の男寝とっておいて、良く私の前に顔がだせたわね」


樹里の瞳は冷たく私をにらんだ。私じゃない。違う、違うんだよ。


「早く出ていってよ!」


腹部に、鈍い痛みを感じた。ごと、と音が聞こえたかと思えば、足の甲に激痛が走る。がしゃ、と何かが割れる音も聞こえた。けど、それもまったく気にならないほど、私の心は激しい痛みを訴えていた。…まるで心臓が意志を持ち、頭を抱え、悶え苦しんでいるようだ。口の中が渇く。汗がたれ落ちる。どうして、どうして?私は何も悪いことしてない。なのに、彼女の目は私を憎んでいる。私が悪いと訴えている。死んでしまえばいいと、叫んでいる。私はその瞳をみると、更に動悸が激しくなる。なのに、ちっとも目が離せない。どうしても、逸らすことが出来ない。


痛みの原因は、足元に転がっている写真立てらしい。始め、おなかにあたったそれが、重力に忠実に従って足元に落ちて、足の甲に傷を作って、ガラスが割れた。そのガラスは破片となって、私の肌をつきしていた。


私の体も、重力に忠実だった。 どんどん重くなった心は、ずん、と地に落ちた。床に両手をついた。てのひらにガラスが突き刺さった。赤い液体が床にしみこんだ。出来上がったしみは妙に鮮明で、そのしみを私の目から零れた水分がぼやけさせた。


―――信じていた。誰よりも。そして愛していた。 この世界の何よりも、きっと。




―――――――――――




「私は、彼氏と幼馴染に裏切られた。そして、そのせいで親友に嫌われた。だから、もうにどと恋はしないと誓ったの。でも、…そんなの誓いでもなんでもなかったのね。…今こうしてここにいる、と言うことは。…でも竜崎、わかったでしょ?私が汚いってことが。私はあなたみたいな人と一緒にいる権利はないの」


静かに、席をたった。鞄をつかんで、振り向かずに入り口へと歩いていく。自分できいてといいながら、彼の反応を見るのが怖くて、逃げた。


ごめんなさい。ごめんなさい。またひとり、私は不幸にしてしまったかもしれない。
本当はわかっているの。不幸気取りをしている自分が、一番幸せで、実は皆を不幸の渦にまきこんでいるってこと。

樹里も、竜崎も。 …私を犯したあの二人でさえ、あの後警察に連れていかれて、ずっと形見の狭い思いをしていた。

さようなら。


「―――


後ろから抱きすくめられた。そのまま隣の部屋につれこまれて、そこのベットにあお向けに倒される。上にのった竜崎の顔は近くて、綺麗だった。


「―――――…好きです」
「、りゅうざ―――」
「好きです、


問答無用で口付けられた。先程よりももっと荒々しく、激しい。私の頭の中が徐々に麻痺し始めると、竜崎が存在を主張し始める。触れ合った部分が熱くて、体の芯が痺れるような快楽に、私はただ酔いしれていた。

水音がしてようやく唇が離れると、私は完全に息があがっていた。そこに、今度はとても優しく彼の唇が降ってくる。


「りゅうざき…」
「あなたが汚いと言うなら、世の中の人間は腐りきっているかもしれませんよ」
「――」
「あなたは何も悪くないと、あなたの話を聞いている限りでは思いました。あなたは何の罪も犯していない。…、汚れた人間と言うのは、罪を犯した人間だと思っています。それこそ、キラのような…。それと比べれば、あなたは綺麗すぎる」


する、と唇が私の手首を滑った。そして、てのひらの古傷に口付ける。


「ほら、こんなにも、綺麗で…」


それは、何か儀式のように思えた。手のひらの中でしゃべる竜崎が、別人のようにも思えた。


「強く、私の心を引きつける」


ぐい、と強い力で引かれて、私は彼に倒れこんだ。後頭部に手が回って、唇に温かなものがあたる。…それが何かを確認する前に、彼は私の服のボタンを素早くはずしていった。


「その男達に犯されたのがあなたにとって辛い記憶なら、それを別の記憶で塗り替えてしまえばいい」
「―――、」
「あなたは汚くなんかない。それを、今私が証明しますよ」


熱の篭った瞳。じっと見つめていると、もうどうされてもいいと思えた。このまま彼に身をゆだねてしまえばいい。


「―――私も好き。…竜崎」









―――そして私は、溺れていく。









2006.05.14 sunday From aki mikami.