#4---光のような



夏祭りなんて、私には無縁だ。だって楽しくないし、疲れるし。…それでも友達に誘われてなんとなく、浴衣を着て始めての夏祭りへ。…大学生にもなって始めての夏祭りなんて変かな?いや、絶対変だ。でも、いいじゃん、変でも。いくいかないは私の自由だし。


灯りが灯る。甘い匂いや、香ばしい匂い。…なんだか柄にもなく、わくわくしてしまう。がやがやとうるさいまわりやら、ステージから聞こえてくる演歌やらも、あまり気にならない。普段ならこんなところ、いられないのにな。


、何も食べないの?」
「あ、食べる食べる」
「何食べる~?」
「んーっと…」


何食べる?と聞かれても、目の前には沢山の屋台がある。私が迷っていると、友達は早くしてよと私をせかした。


「じゃあ…これにする!」


私が選んだのは、フランクフルト。お腹もすいてるし、丁度いいと思った。




あれから色々見て回った。花火までまだかなり時間もあるし、射的をしたり型抜きをしたり、わたあめをみんなで買って食べたり、結構楽しめた。そして花火まで30分になって、金魚すくいの前を通りかかった時。ものすごい人だかりの中から、金魚をぶら下げて大喜びで走ってきた子供とぶつかった。


「あ、大丈夫?」
「うん、えっとごめんなさい」
「いえいえ。…金魚よかったね」
「この金魚ね、あのお兄ちゃんにもらったんだ!」


指刺されたのは、人だかりの中心。その人は子供にかこまれていて、更にそのまわりを、大人が取り囲んでいる。


「…竜崎…?」


有り得ない。なんで彼がここに?私は友達をほったらかして、つい彼に駆け寄ってしまった。


「ちょっと流河…!なにしてるの…!」


ひともいっぱいいるし、一応偽名。彼はゆっくりと振り返り、掬う紙を持ったまま、少し口を開けて茫然としていた。


「……流河…?」


いくら話しかけても返ってこない返事に、私は首を傾げてしまう。後ろから友人たちがやってきて、って流ガ君と知り合いだったの~!とちゃかすような口調で言ったが、それは敢えてスルーの方向で。


「…ちょっと流河」
「ぇ…あ、はい…すみません…」


なんだか変だと思って顔をのぞきこんで、やっと反応を示してくれた。


「なにしてるのって」
「……この近くに今いるんですが、窓から見えたので何となく来てみて……」


この近くにいる、と言うことは、家が近いってこと?何だかよくわからなかったけど、それ以上にわからなかったのは、いい年して彼が掬い網を持っている理由だ。


「…もしかして…金魚すくいしてた…?」
「えぇ。楽しいですよ、金魚すくい」
「…あんた」


―――なんてガキなんだ。そう言いかけてやめた。言っても無駄な気がしたから。


「そう。…それで、とった金魚は…?」
「欲しいと言う少年にあげたらとても好評で、他にも欲しいという子供が」


なるほど。それで沢山ギャラリーがいるわけか。と、納得出来てしまう自分が悲しい。子供たちは…いや、親でさえ、竜崎に期待の目を向けている。…ある意味意味いいやつだけどなぁ…どうなんだろう。ちょっと迷った。ってか今更金魚すくいってどう…?



それから15分ほど、私は竜崎の金魚すくいに付き合わされた。まさしく神業?って感じだが、所詮は金魚すくいだ。っていうか、金魚すくいのおじさん儲かってよかったね。


「ちょっと、…ずっと金魚すくいしてる気?」
「どうしてですか?」
「だって…もうすぐ花火だよ…?」


友達は、私達に変な気を使ってさっさと先に花火会場に行ってしまった。だから私も早く行きたいのに、こいつは本当に。


「―――…あぁ、そうでした。早く行かないと」


彼がそう言ったので、少し安心した。これでやっと花火に行ける、そう思ったら、突然目の前に差し出され、


「金魚。どうぞ」


そんな声におされ、私は金魚を受け取った。うち、水槽ないんだけどな。


「ありがとう」


もらった金魚の袋を腕にぶら下げると、竜崎が反対の腕を引いて歩き出す。私は金魚がひっくりかえらないように慎重に歩いた。


「竜崎、歩くの早いし!ってか花火会場そっちじゃないよ!」
「いいんですよ、こっちで」


竜崎が歩いている方向は、花火会場とはまったく逆の方向だ。やがて高級ホテルにたどり着き、フロントに何かひとこと告げると、エレベーターに乗り込んだ。ボタンは、一番高い数字。


「り…竜崎?」
「ここの方が、もっとよく見えますから」


やがてエレベーターが止まり、竜崎に手を引かれて降りる。非常階段みたいなところに出て、更に上へと登って行く。


「ちょっ…この先はいれるの?」
「私だからはいれるんですよ」


竜崎は少しの淀みもなくそう答え、止まることはない。私は彼についていくのが精一杯で、その言葉に何も返せなかった。

しばらく登ると、柵が行く手を塞いでいる。けど、竜崎は飛んでください、とだけ言ってその柵に迷わず突っ込み、ハードル走のように飛び越えた。比較的低い柵だったから私も何とか越えることができたけど、もし私の運動神経が悪かったり、ハードルが苦手だったりしたらどうするんだ。なんて考えたけど、口にだす余裕はなかった。


扉が見えてくる。真っ白い塗装がなされた扉で、非常階段のランプが緑に灯っている。その扉をあけて外に出ると、丁度目の前で…独特の尾を引いたような音と、破裂音。


「っ、は、始まっ…」
「ギリギリ間に合ったみたいですね」
「は、き、れ、…きれー…」


息を整えながら、鮮やかな色彩を見ていた。…冷たい風と音が、心地良い。


「絶対ここからのほうが、綺麗ですよ…」
「うん」


確かに竜崎のいう通りだ。それに、彼と二人で。


「ありがと、竜崎」


純粋に笑顔が出た。すると竜崎は、照れくさかったらしい、目をそらしていいえ、と言った。


彼の反応を見たのはいいけれど、私ははっと気がついた。腕にかけていた金魚は、無事だろうかと。すっかり忘れて走ってきてしまったから、きっとびっくりしてるんじゃないかと。

急いでのぞくと、小さい袋の中の金魚は、先ほどと何ら変わりなく泳いでいた。…思わず、ほっとした。


「竜崎、ちゃんといきてた、金魚!」
「よかったですね」
「うん…そうね」
「ところで…思ったんですが」
「何…?」
「…綺麗ですね」
「…花火?綺麗だね」
「花火じゃなくて…貴方が」


――――パシュ。パン。


花火の音が遠くで鳴っている。…一体私の隣のこの男はどうしてしまったのだろうか。だって私を、綺麗なんて。だってこの人、そんなこと考えそうに見えない(うわ、失礼だ)。


「じょ、冗談やめてよ」
「冗談でこんな事は言いませんよ。…私を疑うんですか?」
「いや、そうじゃないけど」
「綺麗ですよ、とても」


うわ。私の方を見て、ふわりと笑う。その顔の方が綺麗だって!と思うのは私だけだろうか。
どうも、竜崎といると調子が狂う。いい意味でも、悪い意味でも。彼の調子にのせられてしまうと言うか、何と言うか。


「…竜崎」
「はい」
「ありがと」
「いえ。私は思った事を素直に口に出しただけですから」
「でも…綺麗なんて言われるの、久しぶりだし」


そう、前にもあるんだ。綺麗と言われていた事が。…もう思い出したくもないけれど。


「…どうかしましたか?」


竜崎の声で、ハッと我に返った。竜崎は、彼等じゃない。もう彼等は私の前にはいない。私は彼等の前から逃げてきたから。…逃げて来た。だめだ、こんな弱い自分、知られたくない。


「…何でもないよ」
「そうですか?悲しそうな顔をしていました」
「勘違い勘違い。元気だから気にしないで」


悲しそうな顔?冗談じゃない。どうして私が彼等のためにそんな顔をしなきゃいけないの。私が悪いんじゃない。私のせいじゃない。すべて彼等が悪いんだから。


―――悲しい顔は、もう沢山。


「竜崎、黙って見ようよ」


そう言って、私は彼の腕を掴んだ。すると彼は黙りこんでしまう。…どうやら照れているらしい。


花の命は短く、儚いもの。そして、儚く短い間で消えてゆく光を花に例え、花火と名づけられた…あの光。


あの光の様だった儚い日々が繰り返されることが怖くて、私は竜崎の手を握った。
握り返してくれる手は、とても温かい。









2006.03.02 thursday From mamoru mizuki.