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*#3*

chapter.1


すっかり風邪が治った私は、私に黙っておいしいお酒を飲んだ馬鹿どもに食事以外の家事を全て任せてのんびりと数日を過ごした。それにしてもどうしてばれないと思うんだろうか。台所に大量の杯と、その近くに空になった酒瓶が置いてあれば誰だって酒を飲んだんだと気づくだろうに。


…それにあのとき、お酒くさかったし。


気紛れなキス


あれから私たちはどうなったかというと、別にどうにもならなかった。ヅラは何もなかったかのように普通だし、私も最初はどうしていいかわからなかったけど、普通に接してくるヅラに対してあわてているのが馬鹿らしくなってしまって、それからは本当に普通。赤くなるでも動揺するでも告白するでも何でもなく、いつものように毎日が過ぎていくだけ。


…アレは結局なんだったのか、未だに答えは出ない。ただ確実なのは、アレが酒の力を借りた行動だったということだ。酒が入っていないヅラが、あんなことできるはずがない。…相当テンションが高くても無理だ、アイツには。だって絡み合うって言っただけで下品とか言われたのに。


まァそんなことはどうでもいい。とにかく今は酒だ。


今は何をしているかというと、まァ宴会だ。飲みすぎたらダメだといつもならいうところだけど、今は私も飲みたい気分なので口うるさく言わないでいると、みんな遠慮なしにじゃんじゃん飲んで、室内は荒れに荒れていた。


まったく…どうしてコイツらはこんなに酒に弱いんだろうか。


みんなすっかり真っ赤になって、笑い出したり歌いだしたり…これだけ騒がしいとご近所にはさぞ迷惑だろう。まァ、みんな楽しそうだから、いいけど…。


さーん、飲まないんっスかー?」
「飲んでる飲んでる。っつーかアンタらテンション高すぎだからね。近所迷惑」
「まーまー。今日くらい気にしなくていーじゃないっスか!ねー、桂さん!」
「そうだな…たまには羽目をはずすことも必要だ」
「たまにじゃねーだろ。こないだも羽目はずしてたんだろオメーらは」
「「あ、いや、それはその…」」
「しっっっっかり反省してください」
「「はい、ゴメンナサイ」」


実はそんなに怒ってないんだけど…怒ってるということにしておいた方が何かと便利なので、とりあえず怒ってることにしておく。それにしても私って、そんなに怖いんだろうか…ちょっとショック。でもまァ怖い方が便利なこと多いので以下略。


そんなわけで、久々の宴会を楽しむ私。…この間のことはきれいさっぱり忘れよう、ということで、いつもより早いペースで酒を喉へと流し込んでいった。

chapter.2


山本くんがトイレに行くといって立ち上がったら、あまりにもフラフラで心配になったのでついていくことにした。…他のみんなもそろそろ限界っぽい。っつーかいい年こいてよくそれだけ飲めるよな。…銀時と飲みに行くときのことを思い出す。あいつもいいだけ飲んで、最終的に吐くんだよな。…ホント、バカ。


山本くんの肩を支えながら、トイレへと向かう。っつーかこいつもやっぱ吐くのか?ホント男って酒に弱いんだなァ。


結局山本くんをトイレの前まで連れて行って、その後は一人でフラフラと中に入っていく。私はげーげー言ってるのを聞きながら、扉の前で一人空を見上げる。…縁側で眺める月なんてすごく風流なのに、BGMが最悪だ。…ま、別にいいけど。


「おーい、大丈夫かー」


そう声をかけると、はい~、と力ない声が返ってきた。どうやら大丈夫じゃなさそうだ。


「まァ思う存分吐きなさいや」
「はいー、ッ…」
「あ、無理して答えなくていいから。黙って吐いてろ」


答える代わりにまた嗚咽が聞こえてきたので、とりあえず黙ることに。私はお酒は好きだけど、残念ながら吐くまで飲んだことはほとんどない。セーブしているってのもあるし、酒に強いってのもあるけど、やっぱり吐くのがいやだからってのが一番だ。…二日酔いですら、ほとんどなったことがない。それでも普通の人の倍は飲めるから、私もなかなかの酒豪らしい。


とりあえず縁側に腰を下ろして、ぼんやりと雲に隠れた月を見上げる。


こうしていると、この間のことを思い出す。


抱きしめるような右手、添えられた左手、触れた唇に、閉じられた瞼、揺れる長い睫毛、そして、差し込む月光。


あんなに優しい顔をしたヅラを見たのは、いつ以来だろうか。


それともアレは私の勘違いだったんだろうか。優しいヅラの顔をあまりにも見なさ過ぎて、忘れてしまったんだろうか。


…まさか。私があいつの顔を忘れるわけがない。でも、暗かったから見間違えただけなのかもしれない。


…私は、どう受け止めたらいいの。


封じ込めていた疑問が、再び顔を出す。考えたってどうしようもないのに。どうせ答えなんて決まってるのに。


どうにも受け止めない。アレはヅラの気紛れだったんだって、そう思えばいい。…わかってるのに。


さーん」
「ッ!」


突然の声に振りかえると、そこにはまだ少し具合が悪そうな山本くんが立っていた。…その目が、探るように私を射抜いている…気がする。考えすぎだとは思うけど。


「…なーに黄昏てんっスか」
「や、別に何でも!」
「ふーん…ま、いっスけど」


戻りましょうか。そういってさっさと歩き出す山本くん。私はその隣に並びながら、もういいの?と聞いた。


「大分楽になりました。よーし、飲むぞー」
「いや、もうやめろよ。みんな寝たほうがいいよ。…っつーか今ッ…もう2時じゃん!もう終わりね、明日に響くから!」
「えー!ひどいっスよ!」
「知るか!吐くまで飲んでからもう一回飲むなんていう奴始めて見たわ!」
「俺、酒大好きなんスよー」
「はいはい。もういいからおとなしく寝てください。…私もそろそろ片付けしたいし」
「んー、まァわかりましたー」


ちっともわかってなさそうに言って、すたすたと歩いていく山本くん。


一瞬頭の中に、またあの疑問がよぎった。それを振り切りながら、彼の後ろを追いかける。


それでもあの日の月明かりが、瞼の裏にちらついていた。

chapter.3


べろんべろんになったみんなを各部屋に寝かせたあと、私はいよいよ一番手のかかるヤツを寝かせに掛かった。いつまでもちびちび飲み続ける大将、ヅラ小太郎を。


「ヅラ、アンタさすがに飲みすぎ」
「ヅラじゃない桂だ!、お前だっていいだけ飲んだだろう!」
「まァそうだけど…アンタベロベロじゃん。もうやめたら?」
「飲みたい気分なんだ、放っておけ」
「イヤ、アンタそこにいたら片付けもできないからね」
「ならしなければいい」
「…いい加減にしないとブッ殺すよ」
「お前もいい加減にその言葉遣いをやめろ」
「あのねェ…私はアンタのために言ってるんですけど?」
「………俺のため?」


今まで説教口調だったヅラが急に声色を変えた。やけに真剣な目で私を射抜いてくる。


「…な、何よ」
「お前は…簡単にそういうことを言うんだな」
「は?」
「酒に酔った男と二人、…こんな状態でそんなことを言って、襲われても文句は言えんぞ」
「はァ…そうですかねェ?」


別にたいしたこといってない気がするんですけど。というか、一応リーダーなんだし、心配するのは当然なんじゃないかな。…勿論それ以上の感情も入ってはいるけど。それに…


「…別に…襲われてもいいけどね」


ヅラ相手なら襲われようが殺されようが構わない。そういってしまってから、しまったと思った。…やっぱり私も相当テンションが上がっているらしい。しらふじゃこんなことはいえない。いえるわけがない。今さら恥ずかしくなって、穴があったら入りたい。


「…


ヅラの声が、やけにかすれている。どうしたんだろうか。視線を向けると、ゆっくりとした動きで立ち上がるヅラ。


「……本当に、いいんだな」


キレイな顔が、微かに歪んだ気がした。


いきなり腕をつかまれ、強い力で床に押し倒される。瞬間唇を奪われ、首を振って抵抗しても手で押さえつけられる。開放された右手で肩を押すと、左手首を押さえつける右手で左手までつかまれ、頭の上にまとめ上げられた。くわえるような口付けの後舌が唇を割って侵入し、歯列をなぞり、口内を荒らしていく。唾液が混ざり合い、頭の中が白くなっていく。もはや抵抗する力もなくなって、小太郎の動きに身を預けた。


…何も考えられないけど、涙が出た。


ようやく唇が離れると、息を乱した小太郎が優しく私の頭を撫でた。


…押さえつける手は、睨みつける目は、こんなに怖いのに。…どうして手だけがこんなに優しく、私を包むんだろう。


「…泣いているではないか」
「…」
「やはりいやなんだろう」
「…だって、いきなり」
「いやなら滅多なことを言うな」


そういって、親指が少し乱暴に涙を拭いとった。身体が離れて、私に背中を向ける。


「…お前は俺達の仲間だ。だが、その前に女だ。…何があるかわからない。お前がいくら強くても、男の力には叶わない」
「…」
「…確かに色気は武器になるだろう。…だが、覚悟がないなら傷つくだけだ。やめておけ」
「…覚悟」


そうだ。…私は覚悟していたはずだ。


相思相愛になれなくてもいい


そばにいられるなら、通じなくてもいいと、そう思っていたはず。…なのに、あんなことがあったせいか、…それ以上を求めて、欲張りになって。


「…ごめん」


もしかしたらコレは、小太郎からの警告なのかもしれない。


「…わかったなら、いい」




これ以上俺に近づくなって言う、警告。




「…私…みんなの様子見てくるね」


そういって立ち上がり、逃げるようにその場を後にする。…涙が出そうだった。


警告なんてするんなら、どうしてあのときキスしたの。…でも小太郎は、私があのとき起きてたのを知らない。それでも、もし起きたらって考えなかったの?どうしてこんな苦しい思いしなきゃいけないの。…でも、こんなに苦しくてもそばから離れたくない。ずっと一緒にいたい。


自分の部屋に駆け込んで、静かに扉を閉める。床に崩れて、のどの奥で泣き声をかみ殺して泣いた。やっぱり私はバカだ。こんなになっても小太郎しか見えてないなんて。…ホント、バカ。


頭の中がグチャグチャでどうしようもなくて、床に何度も打ち付ける。痛みなんてほとんど感じない。いっそ割れてしまえばいいと思うほど、ただ苦しくて。


…でも、小太郎に泣き顔なんて見せたくない。


ぐっと涙をこらえる。唇をかみ締めて、頭を抱え込む。…困るのなんて、私だけで十分。私のせいで小太郎を困らせるなんて、絶対ダメだから。


そうしてその日は、そのまま意識が遠のいて、気がついたら眠ってしまっていた。

chapter.4


翌日。


起きて一番最初に、違和感を感じた。それは私の身体にかけられた自分の毛布。…かけた覚えはないし、布団すら敷いた覚えがないのに、どうしてかけられているんだろう。…その疑問は、身体を起こして正面を見たときすぐに解決した。


「…あ、起きました?」
「山本くん…」


窓際に、胡坐をかいて座っている山本くん。…あのときみんなと一緒に部屋に運んだはずなのに。


「これ…かけてくれた?」
「ええ。…昨日の夜トイレに起きてきたら桂さんが一人で飲んでて変だと思ったんで、部屋までのぞきに来たら倒れてて…びっくりしましたよ。でも寝てるだけでよかったッス」
「…はは、ごめんね」
「いえいえ」
「…で、待っててくれたの?」
「え?」
「起きるの」
「あー、まァ、そうっスね」
「ありがと」
「どういたしましてー」


へらっとしまりなく笑って見せた山本くん。…私もそれに笑い返そうとしたけど、笑顔はうまく出てこなかった。


「…無理して笑わなくていいっスよ」
「……え?」
「何があったのかは知らないっスけど…でも、辛いことがあったのはわかります。だからそういうときは無理しないで、泣けばいいと思いますよ」
「……」


穏やかな笑顔で、そういってみせる山本くん。


…確かに、そうなのかもしれない。私も普通の人にだったら、そうやって言葉をかけていたのかもしれない。それに、普段だったらそう思って遠慮なく泣くに違いない。…でも。


「…ダメなんだ」
「え?」
「私が泣いたら…困る人がいるから」
「……」
「私はその人を困らせたくないから…それに、山本君だって、目の前で泣かれたら困っちゃうじゃん」
「…俺はなんともないっスよ」
「え」
「それに、困る人なんて知らねっス。思いっきり困らせてやりゃいい。…さんだって、そいつに泣かされてんじゃないんっスか?」
「…」
「なら気にしないで…思う存分困らせてやりゃーいい」
「……そう、かな」
「そうです」


そういって、山本くんは私の頭を軽く撫でた。…結構、年下だった気がするんだけどな。なんか私、すごく情けない。


…それでも、撫でてくれるその手が、とても心地いい…そう思ってしまうのは、私が傷ついているからなのか。


「なんかあったら、相談に乗りますから」


山本くんはそういって、にっと笑った。…もしかしたらコイツは、全て気づいているのかもしれない。だとしたらちょっと恥ずかしいけど、頼もしい言葉だとも思った。


…山本くんの表情は、逆光でよく読み取れなかった。だけど一瞬だけ、…単なる部下じゃない、色のついた視線を感じた気がした。


2008.08.28 thursday From aki mikami.