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*#9*

chapter.1


起きたときのコンディションは、正直最悪だった。風邪のせいで身体はだるくて、頭は金槌で打ち付けたみたいに痛い。泣いたせいで顔はぐちゃぐちゃに腫れ上がって…精神だって、色んな感情でぐちゃぐちゃだった。


さよならのキス




布団を敷くこともなくほとんど倒れるように寝ていた私を起こしにきたのはエリーだった。まずものすごく心配されて、それから風邪のくせにあんな寝方をしていたことを怒られて、ひっばり出してきた布団に無理やり沈められた。


それが早朝のことで、今がお昼の11時ちょっと前。…無理をしたツケが回ってきたのか、死ぬほど身体がだるい。頭がガンガンして、世界がぐるぐる回っているような錯覚に襲われる。こんなにひどい風邪は久しぶりだった。


でも、そんな状態でもやっぱり浮かぶのは小太郎のこと。あんなことがあったあとなら、何も考えなくても許される気がするのに。


もういい。今は考えるのやめよう。そう思って布団をうえまでかぶる。このままじっとしていれば、いやでも眠りの世界に落ちるはずだ。


少し前、小太郎が私の部屋にやってきた。…というのは正しくないか。元々私が小太郎の部屋に寝てたわけだし。


私を訪ねてきた小太郎は、深く頭を下げた。…私はそれを見たまま、どうしたら良いのかわからなくて茫然としていた。


「…すまない」


小太郎の口からめったに聞くことが出来ない謝罪の言葉。
だからなのか、何だか現実味がなくて、嘘みたいで、別の世界にいるみたいな気持ちになる。


小太郎は顔を上げると、気まずそうに私から目をそらし畳を見つめた。


「…いいのか」


ゆっくりと、小太郎の口が開かれた。


「え?」
「おまえはこのままで…いいのか」
「なに…どういうこと?」
「…今後、また同じようなことが無いとは限らないだろう」
「…」
「だったら…お前は、俺のそばにいないほうがいいんじゃ…」
「っ、」
「…いや、なんでもない。…今のは忘れてくれ」


お前がいないと飯が食えん、とかいいながら、少しあわてた表情を作る小太郎。…でも私は、そんな小太郎に何もいえないくらいに、頭がおかしくなりそうなほど動転していた。 一緒にいないほうがいい。その言葉は、世界で一番聞きたくない言葉かもしれない。のに、この人は。


…私と、一緒にいたくないってこと?


重苦しい沈黙が室内を支配した。小太郎は困ったような顔をしていて、私を見たまま動かない。…多分、私の心を探ろうとしている。私がこんなに苦しいのも、泣きそうなのも、何もわかっていないんだ。


「…うん」


軽く返事をすることにとどめておいた。…それ以上、語れることなんて何もなかった。語りたくなんてなかった。


「…
「ごめんヅラ。私、昨日より熱が上がってるみたいで、結構調子悪いんだ。…ちょっと、休ませてもらっていいかな」
「あ…そうだな、すまん」


そういうと小太郎は立ち上がった。ふすまに手をかけて、一度こちらを振り返り、もう一度、すまん、という。…謝罪なんて、私は求めていないのに。


私が求めているのは、おまえが必要だって、言葉だけなのに。


静かな室内には、私の呼吸だけが響いた。こう静かだと、さっきの小太郎の言葉がまるでレコーダーで流したかのように鮮明に頭に思い出される。けれどうるさいのはもっと頭に触るからいやで、どうしようもなくて、体を起こし立ち上がった。


小太郎が必要ないっていうなら、私はどうしたらいいの?

chapter.2


それから私は、こっそりと部屋を抜け出した。どうしようもないけだるさと気持ち悪さがおそってきてときどき座り込んだりもしたけれど、なんとかあるいて、とりあえず大江戸マートまではやってきた。…でも、ここからどこに行こう。とくに身寄りがあるわけでもないし、一人旅できるほど金に余裕があるわけでもない。ましてやこの体。そんなに遠くまでは動けまい。


とにかく、今日は近くのネットカフェにでも泊まろう。そう思った時、突然めまいがしてその場に座り込んだ。今日は何度これに襲われただろう。普段はあんなに健康なのに、どうして今に限ってこうなのか。自分のタイミングの悪さに腹が立つ。


立っていられないくらいのけだるさの後、ゆっくりと眠気が這い上がってきた。けれどその眠気に身を任せることもできないほど、私の神経はとがりきっていた。


「…?」


後ろから聞こえた呼び声に、だるい頭を動かして振り返った。


「買い物か?こんな時間に」


そこにいたのは銀時だった。警戒心が解けたせいか、身体からふにゃりと力が抜けていく。銀時は青い顔をして走り寄ってきた。


「おい、どうしたんだよその顔。真っ青だぞ」
「…銀時も青いよ」
「俺のことはどーでもいいんだよ。どうした、なにがあった」
「んっと…風邪?」
「風邪だぁ?だったら家かえって寝てろよ」
「ちょっと色々あって…帰れなくてね…」
「色々?」
「うん。…あと、あんま歩けなくて…。ねえ銀時、一日泊めてくれない?」
「…べつに一日くれーならいいけど…なんかあったのか、ヅラと」
「……うん。でも、今はそれ以上聞かないで」


考えたくないから。そう付け足すと、銀時は軽く息を吐いて、背を向けて私の前にしゃがみこんだ。私は黙ってその背に負ぶさり、やっと安心して目を瞑る。何も聴かないでいてくれる銀時は優しい。優しいけど、それでもヅラのことを思ってしまう私は、やっぱりバカなんだろうと思う。きっと銀時のことを好きになっていたら、こんな思いはしなかったんだろうと思う。側にいないほうがいい、なんていわれなかったのかもしれない。


それでも、ヅラを好きだと思う私は、なんてバカなんだろう。

chapter.3


万事屋銀ちゃんにつくと、すぐに和室の布団に寝かされた。新八君と神楽ちゃんがものすごく心配そうな顔で私のそばについていてくれて、寂しさを感じることもなくゆっくりと眠ることができた。夜になったら新八君の作ったおかゆが出てきて、神楽ちゃんがその上に梅味付酢昆布をぱらぱらかけてくれて、どんな食い方だよと思ったけど意外とおいしくて全部食べてしまった。ゆっくり寝れたおかげで少しはよくなったような気もするし、銀時に拾われて助かったなあと思う。


、ちょっといいか?」


おかゆを食べきったとき、銀時が遠慮がちにふすまを開けて、頭をかきながらたずねてきた。ああ、何か真剣な話だ。内容はわからないけど、方向性は理解できる。…私はおかゆの器を神楽ちゃんに渡した。銀時が入ってくると、ほかの二人は空気を察したのか静かに席をはずしてくれる。


さっきまで新八君がいた位置に座ると、あー、とよくわからない声を出した。


「…なに?」
「なにっておめー…、わかってんだろ」
「…大体は」
「大体ってなんだよ」
「大体は大体だよ」
「……」


ふぅ、とため息をつく銀時。たぶん自分からしゃべってほしかったんだろうけど、今のやり取りで私からしゃべる気がないのをわかってくれたらしい。…まあ、拾ってくれたときにもいいたくないとはいってあるから、あんまり期待してはいなかったんだろうけど。


銀時が足を組みなおす音と、衣ずれの音が響いた。


「…さっき、ヅラから電話きたぞ」
「……あっそ」
「あっそ、ってお前なあ。あいつかなりあわててたぞ。今日一日預かるっていっておいたけどよ。…あんなふらふらな状態で、誰にも言わないで出てきたのかよ。どうかしてるぞお前」
「そうだよ、私頭おかしいの。今頃気づいた?」
「んなこと聞いてんじゃねーんだよ。お前がなんの意味もなしにそんな馬鹿みたいな行動とるわけねぇ。…なにがあった」
「いいたくないっていった」
「それが家を貸してやってる人間に対する言葉かよ」
「……わかってる。でも、やっぱりいいたくない」


いってしまったら、本当にすべてを受け入れなければいけない気がするから。今はまだ、現実から逃げていたいから。何も語らない私に、銀時はまたため息をついた。…ため息くらいで済ませてくれている銀時は、やっぱりやさしい。ホントならもっと怒ったっていいのに。…そして、優しい銀時に甘え続ける私は、やっぱり最低な人間だなと思った。


「…わかった。ヅラとのことはもう聞かねぇ。…別の質問するわ」
「別の質問?」
「山本だっけ?あいつどうなった」
「あ…」


元凶だったはずなのに、今の今まですっかり頭から消えていた。そう、そもそも山本君との事がなければ、こんなことにならなかったはずなのだ。…いったい、彼はどうなったんだろうか。


「…なんかあったんだな」
「うん…」
「何があった」
「…えっと…襲われ、かけて」
「なッ」


銀時が驚いたように目を見開いた。私は思い出されてくる情景に、ぐっと涙をこらえる。


「山本君が…急に、俺にしろよって…。それで、襲われかけて…そしたら、たまたまヅラが、助けに…来てくれて…」
「…山本はどうなった」
「わかんない…ヅラが窓の外まで蹴っ飛ばして…でも、その後、ヅラの部屋までつれてかれて、そのまま寝ちゃったから…」
「…つれてかれたって、ヅラに?」
「…うん」
「で、もしかして…ヅラにもなんかされたか?」


銀時の言葉に、肩がびくんとはねた。…これじゃあ肯定しているようなものだ。銀時は私の頭をなでながら、つらかったな、といった。…わからない。つらかったなんて、私は思っていないの。でも、思い出すと悲しくて、怖くて切なくて…どうしようもなく、胸が苦しくなる。それがつらいってことなら、多分、とてもつらかった。…大好きなヅラが、多分、私を抱こうとしていただけなのに。


どうして、あんなにも怖かったんだろう。


「…わりぃな、無理やり思い出させて」
「…ううん」
「とりあえず、そこまで聞きゃ大体何があったのかわかったからよ。…もうなにも言わなくていいぞ」
「うん…」
「つーかメシ食ったんだったら薬飲まねーとな。おい新八ィ、風邪薬もってこい!」
『はいはーい』


ふすまの向こうから、ちょっとめんどくさそうな声で答える新八くん。かなり遠くから聞こえるところをみると、私たちの会話が聞こえないようにと気を使ってくれたんだろうか。…みんな、やさしい人ばっかりだ。


「…銀時」
「あァ?」
「…ありがとう」
「…なんだよ、急に」
「みんな優しいなって思って」
「なんだそれ、いまさらだろ」


そういってニヤニヤ笑う銀時。すると、やさしいのは銀さんじゃなくて僕たちですよっていいながら薬と水を持ってきた新八君と神楽ちゃん。それからやいのやいの言い合いが始まって、私はそれを見ているだけで、心の底から笑うことが出来た。


みんな優しいよ、万事屋の人は。


心の中だけで、3人にお礼を言った。こんなとき、口に出せない自分を少しだけ悔しく思うけど、それよりも今は、何も考えないでこの人たちの優しさに触れていたかった。


きっとこれが、最後になってしまうから。

chapter.4


そしてその夜。私はだんだんとさえてきた頭で、ずっと考えていた。これからどうするべきか。


『俺のそばにいないほうがいいんじゃ…』


私は、いつだって小太郎の望みをかなえてきた。これからだってそうしたい。その小太郎が、側にいないほうがいいって、そういったなら。


私のとる行動は、たった一つ。


長く息を吐き出した。頭は思ったよりも冷静で、自分でも少し驚いてしまう。


「…うそ」


うそだよ、そんなの。冷静なんかじゃない。本当は、小太郎と離れたくない。ずっと一緒にいたい。恋人になんてなれなくていいから。友達でいいから。嫌いなやつでもいいから。ただ傍に居るだけで、よかったのに。


どうしてこうなったんだろう。
何処を間違えたんだろう。
今以上の関係を、望んだことなんてなかったのに。


「っ…」


涙が出た。昨日あれだけ流したはずなのに。このまま体中の水分が出尽くして干からびて、私という存在がすべて消えてしまえばいい。そんなことを考えていながら、それでもまだ小太郎に会いたいと思っている自分がいて、涙どころか、笑いさえこぼれた。ああ、本当にバカみたいだ。っていうか、この上ないバカだ。滑稽だ。晋助が知ったら、今まで見たことがないほどの大笑いを見せてくれるに違いない。そしてバカにした顔で、あんな野郎のどこがいいんだって、そんなんだからテメェもバカなんだよっていってくれるだろう。


そういってくれたら、どんなに楽になれるだろうか。

chapter.5


朝起きて直ぐに万事屋に別れを告げた。神楽ちゃんと新八君はまだ心配だといってくれたけど、ずっと居座るわけにも行かない。銀時はあきれたような顔で私にチョップを食らわせたあと、少しこわばって、あんま気にすんなよ、といった。それが何のことか、当然わかったけど、気にしないなんて無理だ。だから銀時もそんな微妙な顔をしていて、私は出来るだけ心配を掛けまいと、曖昧に笑って大丈夫と答えた。


風邪はだいぶ良くなった。今は薬で抑えているからかもしれないけど、熱も高くないし、関節の痛みとかだるさもだいぶ取れていた。足早にかぶき町を進んで、みんなの所に戻る。…出来れば誰にも会いたくなかったけどそんなわけにはいかなくて、途中すれ違った何人かには物凄く心配されて、適当に大丈夫大丈夫と返して自分の部屋へと向かった。…途中、山本君も見かけて、私をみて泣きそうな、申し訳なさそうな顔をしていたけれど、私は出来るだけ平然を装って、こんにちは、と普通に挨拶をした。山本君は何も言わなかった。


自分の部屋まで来ると、押入れにあったトートバックに適当に着替えを詰め込んだ。あと日用品と最低限のお金。気づかれないためにも、持ち物は出来るだけ少ないほうがいい。これくらいの大きさのかばんなら、誰かにあっても買い物行ってくるくらいでごまかせるはずだ。見つからないためにも、直ぐに出発しなければ。


一通り荷造りを終えて、一度ゆっくりと室内を見回した。…目を閉じると、あの日の出来事が浮かび上がってくる。


見たことも無い、山本君の表情。少し怒ったような声。強い力で掴まれた手。物凄い音をたてた襖。小太郎の、驚いたような表情。


ぎりっと奥歯をかんで、ゆっくりと目を開けた。あの瞬間、私が小太郎に助けを求めなければ、こんなことにならなかったのかもしれない。銀時の言うとおり、もっと山本君に気をつけていれば良かったのかもしれない。後悔はたくさんある。ありすぎて、涙すら出てこない。すべて自分が招いた結果。今までずっとなんとも思ってないふりをして、小太郎を欺いてきた報いかもしれない。


 小太郎、私は。


荷物を抱えて部屋を出た。見つからないようにあたりを伺いながら、できるだけ気配を消してその場を駆け抜ける。なんだか家出する気分だ。いや、紛うことなき家出なんだけど、私はもう大人だから、家を出たからって怒る人もいない。なのに、今にも誰かがやってきてしかりつけるんじゃないかとドキドキする。…その相手が小太郎であればいいなんて、バカなわがままも抱く。


少し冷たい風が吹く中を、脇目もふらず駆け抜ける。ずっと思い続けてきたこの気持ちを押し殺して、家までなくして、こんなときですら小太郎を恨めないなんて。…こんなときですら、小太郎を求めてしまうなんて。そしてそんな自分が、それでもいとおしい、なんて。


…いい加減、死ねばいいのに。


肩に担いだ荷物はとても軽いはずなのに、ありえないくらい重く感じる。それに、なんだか後ろ髪を惹かれるような思いがしたけど、馬鹿な妄想だと笑って打ち消した。笑顔って、どんな悲しいときでも出てくるものなんだなあ。そんなのんきなことをぼんやり考えながら、角を曲がったときだった。


「っ!」
「わっ!ご、ごめんなさい!」


人影が見えたので急停止する。ぶつからなくてよかった。頭を下げて横をすり抜けると、なぜか腕を強くつかまれた。振り向いた瞬間、相手の長い髪がふわりとなびいて、私の腕に触れる。


「…こ、小太郎…」


よりによって、一番会いたくない相手。


「…


小太郎は、私の手を強く握ったまま一時停止の映像のように動かない。私の身体が情けなく、カタカタと震えだした。小太郎は何も言わず、少し見開いた目で私を射抜いていた。


「…なに」


震えたままの声を絞り出した。情けなくて、さっきまで出なかった涙がいまさらこぼれそうになる。


「…どこに行く」
「買い物」
「…そんな荷物をもってか」
「ほかにも野暮用があるの」
「…野暮用とは」
「昨日銀時に世話になったから、お礼しに」
「…そうか」


そういうと、静かに腕が離れていった。またうそをついてしまったことに、ちくりと胸が痛む。でも、これが一番いいんだ、小太郎のために。


「…うん。だから、ちょっと遅くなるかも。ご飯は適当に食べてていいから」
「わかった」
「…うん、じゃあ」


もういくね。そう早口で告げて、小太郎に背を向けた。これ以上、顔を見てられなかったから。…涙が、こぼれそうになったから。私がここでないたら、また小太郎を困らせる。もうあんな顔は見たくない。私のせいで、あんな顔はしてほしくない。だから。


ほとんど逃げるように、早足で歩き出した。ああ、これでもう本当に、小太郎とお別れ。…二度と会わない。会えない。…なのに。


「…!」


早足で追いかけてきた足音。行かせないとでも言うように、伸びてきた強い腕。首筋に触れる唇から、細く短い息が漏れていた。


馬鹿なやつ。こんな私を引き止めて、それでなんになるの?私を受け入れてくれるわけでもないくせに、期待させるようなことして。…いっそのこと、憎んで、罵って、蔑んで、見下してくれればいいのに。


硬く、硬く目をつぶった。こみ上げてくる熱と水分を、身体の奥に無理やり押し返す。震える息を、深呼吸で整える。伝わってくる小太郎の温かさが愛しいだなんて、私を許してくれるかもだなんて、そんな考え、丸ごと全部打ち消して。


「…小太郎」


震える小太郎の腕の中で振り返って、じっとその目を見つめる。はじめてみる、困ったような、おびえたような目。そんな顔を私がさせているんだと思うと、また熱がこみ上げる。


でも、それも今日で終わり。


「…さよなら」


私より少し高いところにある小太郎の顔。その唇に、自分の唇を重ねた。かさついた感触が、ひどくリアルに頭にこびりつく。


そのまま顔を一切見ないで小太郎から離れた。全速力で走ってその場から逃げる。あとから小太郎が私を呼ぶ声が聞こえてきたけど、追いかけてくる足音はしなかった。…それでいい。追いかけてこられたら困る。私のしたことに意味がなくなっちゃう。私と一緒にいたらだめ。小太郎が、傷つくだけだから。


走りながら考えた。私たちはいったい、どこを間違えてしまったんだろうかと。でも違うんだ。間違えたのは"私"。小太郎は、何も間違えてなんかないんだ。


ずっと思いを隠してきたこと。隠しながらそばにい続けたこと。伝わらなくてもいいなんてうそばかりを思っていたこと。山本君をあんなふうにしてしまったこと。小太郎を拒否してしまったこと。全部、全部。


思えばあのキスが始まりだったんだ。土方に見つかったあの日に交わした、あのキスが。


「…キスで終わる恋、か」


言いながら、涙が一筋こぼれた。それを袖口で拭って、前だけ見て走り続ける。これからどうするかなんて、まったく決めてない。とりあえず今はこの場から早く逃げたくて、ただそれだけを考えて走り続けた。


早足の雲が、太陽を隠して白く光っていた。


2010.07.30 friday From aki mikami.