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*#5*

chapter.1


日曜日。


私はでにいずの一番奥の席で、銀時が来るのを待っていた。…午前中だけの仕事が入ったらしいが、終わったらその足で来てくれることになっている。パフェ二杯かな、と財布の中身をのぞいていると、よー、と気の抜けた声が聞こえてきた。


不意打ちのキス


「待ったー?」
「待った」
「まァ来てやっただけ感謝しなさいや」
「ハイハイ、わかってますよ。おねーさん、チョコレートパフェ一つ」
「オイオイ、呼びつけといて一つで済まそうってのかよ」
「とけちゃうでしょアイスが」
「ホォ、さすが様。わかっていらっしゃる」


ふふふ、と笑いながら私の迎えに座る銀時。気持ち悪いっつーの。


「…で?今回は何の話よ。その顔から察するに困った話ではなさそうだけど?」
「その顔って…どんな顔よ」
「そんな顔だよそんな顔。オメーは昔っからわかりやすいんだよ。わかってねーのはヅラとオメー自身くれーじゃねーの」
「まじでか」
「まじでよ」
「「……」」


そんな変な顔してきた覚えはないんだけど。そんなにわかりやすいつもりもないんだけど!


「…で、今回はどんな話を聞かせてくれちゃうわけ?」


ニヤニヤ笑いながらたずねてくる銀時。コイツが私の話を聞くときはいつもこんな調子だ。でも最後にはちゃんと答えをくれる(後はたかるのをやめれば最高なんだけど)。


「うん…実は…」


どうしよう。


前に銀時と話してからいろんなことがありすぎたから、何から話していいのかわからない。ヅラのこと、山本くんのこと…どっちも話したいけど…。


「実は、えっと…」


なんと言っていいかわからなくて、そればかりを繰り返す。すると銀時が小さくため息をついて、水の入ったコップを持ち上げ一口飲み干した。


「…あのさ、もういいから。テキトーでいいから。起こった順に、一つ一つ説明してけ」
「起こった順…」


起こった順…なら…まずは最初にキスしたこと…かな。


「え…と…ヅラと、その…キス、した」
「はああああああ!!?」


銀時の大きな声が店内に響き渡った。丁度パフェを運んできたお姉さんがビックリして飛び跳ねたのが見える。…パフェはどうやら無事のようだ。


「ちょ、やめてよ銀時!恥ずかしいじゃん!」
「だ、おま、何!そんな進展してたわけ!?」
「や、進展とかじゃなくて…ってか声でかいっつーの!」


お姉さんがパフェをテーブルの上において、ちらりと銀時を睨んでいった。あああ…ゴメンナサイお姉さん…。


「えっと…ね、二人で買い物に行って…真選組の土方に会っちゃってさ…」
「ほーほー」
「ヅラは私のことをこう…一般人と思わせるために人質にして」
「んー、アイツの考えそうなこったな。…それで?」
「そのあと色々あって…ヅラは一人で灰ビル通りに逃げたんだけど…」
「ホォ、なるほど」
「でも…私悔しくてさ…私だけ逃げるのがいやで…」
「で、助けに行った?」
「……うん。…で、そのときヅラ、いつもと違う格好だったし…絡み合ってイチャイチャしてればノーチェックでスルーしてくれるんじゃないかと思って…」
「絡み合ってるうちに、勢いでしちまったと?」
「だって、うるさかったんだもん!」
「あー、はいはい。…やるなー、お前」


パフェを一口頬張りながら、いやらしい笑みを浮かべる銀時。コイツのこの顔は本気で勘に障る…けど、今から考えたらそういわれても仕方ないような大胆なことをしたと、自分でも思う。


「で、まだあったんじゃねーの?」
「え」
「ヅラと」
「……」


…なんで、わかるんだよ。


「アリマシタケドモ」
「よし、洗いざらい話せ」
「…ハイ」

chapter.2


ということで、ヅラのこと、山本君のこと、これまであったすべてのことを洗いざらい白状した私に、銀時はうんうんと頷きながら、二杯目のパフェを食べきった。


「んなことがねェ。…信じられねーな」
「信じられないのは私も一緒なんだけどね…でもホントにあったことだから」
「んー…でもそれってよォ」


スプーンを咥えたまま笑う銀時。


「脈アリかもだぞ、案外」
「ハァッ!?」
「だって考えてもみろよ。ヅラは酔ったからって女を襲うようなヤツじゃねーだろ」
「いや、襲われてないけど」
「もうちょっとでそうなるとこだったんだろうが。普通床に押し倒すったらそうだろ?」
「……そんなんわかんないじゃん」
「いーや、分かるね。そっかそっかー、遂にあの堅物ヤローを落としたかー」
「お、おとっ…!」
「よかったじゃねーか。まァアイツのハチャメチャについてけんのはお前くれーだもんな」


勝手に納得している銀時。腕を組みながら何度も頷いて、それからテーブルに頬杖をついて、私の前にあったコーヒーを勝手に取り上げた。


「気になるのはやっぱその山本ってヤツだな。…なんつーか、ヤベー感じすんだよ」
「はァ…前にもなんか言ってたよね、そんなこと」
「いや、わかるだろお前だって。アイツお前のこと好きだろ」
「…さァ。嫌われてない気はするけど」
「はァ…そんなんじゃ何されっかわかんねーぞ」
「いや、何もされないよ。…っていうか、なんでわかるの?」


山本くんが私を好きなのが。そう聞こうとしたら、やけに真剣な顔で射抜かれる。思わず言葉を止めると、ニッ、と笑ってコーヒーを一口飲み込んだ。


「自分と同じ気持ちのヤツは分かるんだよ、男は。…あ、ヅラは別な。アイツの気持ちは何一つ、全く読めねーから」
「………銀時」
「ま…俺の場合は過去だけどな」


しれっとした顔でそう言って、コーヒーを飲み干した銀時。私は返す言葉が見つからなくて、黙り込んでいた。


かなり昔。戦争中だけど、銀時に告白されたことがある。でも私はそのころからヅラが好きで、断った。…それから話すのが気まずく感じたときもあったけど、銀時はそれまでと変わらず接してくれた。ヅラの話も、銀時の方から聞き出してくれるから調子に乗って話してたけど…よく考えたら無神経極まりない。


「…あの、ご」
「待て待て。そういうのなしな!」


謝ろうとしたら、途中で遮られてしまった。コーヒーカップを皿の上に戻して、ふぅ、と小さく息を吐く。


「俺ァ好きで相談役やってんだよ。それに過去って言ったろ過去。今も好きだったら話なんざ聞いてらんねーよ。俺がそこまでお人よしじゃねーって知ってんだろ?」
「……まァ」
「そりゃあパフェ奢ってくれるところは大好きですけどね。恋愛とかじゃねーし…俺は本気で、ヅラとお前がくっつけばいいと思ってるよ」
「………ありがと」
「どういたしまして」
「……まァ、これで人のコーヒー飲み干さなきゃ最高にかっこよかったんだけどね」
「あれー、なんだよォ。コーヒーくらいいいじゃん相談のってんだから」
「パフェ2杯食っただろ!」
「まァまァ、コーヒーくらいよォ、また頼めばいいじゃん。おねーさァん、コーヒーおかわりィ」


そういって手を上げ、店員さんを呼びつける銀時。ホントにコイツはやさしいというか…他人のことを考えて生きている人間だと思う。…コイツが本気で好きになれて、本気で好きになってくれる人が現れてくれればいい。そんな風に願わずにはいられない。


店員さんがコーヒーを持ってやってきた。カップに注がれる黒い液体を見ながら、なんとなく思考をめぐらせる。


強い人間というのは、いつも守る側に回りがちだ。私たち弱い人間はそれでもいい。でも…強い人のことは、誰が守ってあげるんだろう。私たちは弱いから、誰かを守るなんて出来ない。強い人は、自分で自分を守るしかないんだろうか。


そんなのおかしい。


「……オーイ、?」
「あッ…」
「何ぼんやりしてんの」
「……なんでもない」


銀時は、なんというだろうか。一瞬そう思ったけど、聞くのはやめておいた。


「お前がぼんやりとか珍しいな」
「……そう?」
「そうだろ。ぼんやりとかふにゃーんとか可愛い言葉が似合わないガサツなちゃん」
「殺すぞテメェ」
「ホラホラ!それがちゃんでしょもう!」
「何その口調腹立つんだけど」
「まァまァ。ちょっとしたお茶目でしょうが、お茶目。それよりさっきの話の続きだけどよー」


そういって、再び私のコーヒーを取り上げた銀時。…何のために頼みなおしたんだよ。しかも砂糖を3杯も入れて、ミルクをだっぱり…そんなに入れるなよ、気持ち悪い。


「その山本ってやつに、他になんかされてないか?」
「別に何も…まァ、起きていきなり隣にいたときはビックリしたけど。でも隣に寝てたってわけじゃないしなァ…」
「でも気ィつけたほうが良いぞ。アイツいつかお前のこと襲うから」
「はッ…!」
「平然とやりそうだっつー話。年下だと思って甘く見てたら痛い目見るぞ」
「痛い目…かァ…」
「お前信じてないだろ」
「だってなァ…山本くんがそんなこと…」
「男は狼なのよ~って歌知らねーのか?」
「知ってますけども」
「いつ誰が襲ってくるかわかんねーだろ?それじゃなくても男ばっかりなんだしよォ。…っつーかアイツはさ、目的のためなら何でもやりそうな感じすんだよな」
「…」


正直、銀時がそこまで山本くんを警戒する気持ちがわからなかった。彼は仲間だし、それにすごく優しいし、気を使うのもうまいし、すごく明るいし…でも銀時がここまでいうってことは、やっぱり何かあると思うしかない。


「…わかった」
「はー。できることならヅラに教えてやりたいぜ。お前の大事なちゃんが他の男に盗まれますよーって」
「…バカじゃないの?アイツがそんなこといわれてあわてるとは思えないんだけど」
「お前なァ…俺が何も考えずにお前の相談のってると思うか?」
「…え、どういうこと?」


コーヒーをぐっと飲み干してにやりと笑う銀時。…なんだよその顔は。


「俺が見込みの無い恋愛を応援すると思うか?」
「え!」
「お前は気づいてないだろうけどな…結構大事にされてると思うぞ、お前。それが女としてなのか、それとも仲間としてなのかはわかんねーけどな」
「……大事に…」


されていたのだろうか。…確かに助けてもらったことはあるけど…それは、ただ単に私が弱いからだと思っていた。でも…それが実はそうではなかったってこと?


「ま…俺にもよくわかんねーけどな。アイツの考えだけはホント読めねーから」
「…まァ、変な奴だしね」
「そうだなー。でもまァそんなわけだからよ、とにかくがんばれや」


そういうと、銀時はまた店員さんを呼びつけた。…どうやらコーヒーを注文しなおしてくれるらしい。さっきせっかく頼んだのも飲み干してしまったからって、私に気を使ったんだろう。


そんなことを頭の隅だけで思っていた。それ以外のところは全部、ヅラのことで埋め尽くされる。


大事に。


その意味が、私の望むとおりだったら。そんなくだらない妄想が、脳を侵食していった。

chapter.3


でにいずを出た私たちは、フラフラと町を歩いた。途中銀時がどうしてもクレープが食べたいというのでクレープ屋に寄ったらクリームが少ないことで口喧嘩になったり、チンピラ同士の喧嘩を意味もなく見学させられたり、巻き込まれそうになったところを銀時が両方ぶっ飛ばして同心に見つかる前に走って退散したり、散々な目に合ってまよい橋に差し掛かったとき、銀時が前方に何かを見つけたらしく、お、と小さく呟いた。


「おーいヅラァ!」
「む、銀時」


銀時の視線の先には、笠を被り僧侶のような格好をしたヅラがいた。…こいつはいつも町をふらふらしているけれど、これでよくつかまらないなと思う。


「よー。なにやってんだお前」
「貴様こそ何をやっている。それに、何故お前が一緒にいるのだ」
「一緒にパフェ食べに行ってたんだよねー?」
「おー」
「銀時!貴様はまたパフェなどという軟弱なものを…」
「あーはいはい。お前のその説教は聞き飽きました!俺は糖分がないと生きていけねーんだよ」
「糖尿寸前のくせにまたそんなことを…」
!お前おごった張本人がそれ言うか?」
「うるせー、人のコーヒー2杯も飲み干しやがって」
「だからその後1杯頼んでやっただろー!」
「ってそれ金だしたの私じゃん!」
「お前らうるさいぞ。周りの人に迷惑だ、やめろ」


そういって私と銀時を引き離すヅラ。お前もいつも迷惑だよと銀時が言い返したのでそうだそうだと賛同してやると、今まで喧嘩してたんじゃないのかと怒られた。こんなやり取りもいつものことだ。


「じゃ、俺帰るからよ」


話の途中で、いきなり銀時が言った。…ニヤニヤ笑いながら私の方を見ている。何だコラ、イヤミか。


「あっそ。もう二度と現れんな」
「じゃーもう二度とパフェ食いにいかねーからな」
「え、あーいや、それはその…ねェ、今のはちょっとした冗談だからサ!」
「はーいはい。そんなにパフェくいてーならヅラにおごってもらいな」
「ヅラはパフェとか食べないからさ。それにホラ、コイツとご飯食べてもおいしくないから」
「なんだとォォォ!」
「ヅラうるさい。つーかお願いしますよ銀時様。アンタしか相談相手いないんだって」
「じゃ、次はパフェ3杯な」
「一杯増えたんだけど!」
「気にするなって。…じゃ、仲良くやれよお二人さん」


そういってふらりと去っていく銀時。私もヅラもその背中をボーっと見送って、見えなくなったところではっと我に返った。…顔を見合わせて、なんとなく気まずくて目をそらす。っつーか仲良くやれよって、余計なこと言うなよ…。


「あ、ははは…」
「…」
「あの…とりあえず私たちも帰りますか?」
「…そうだな」


それ以上何も言うことなく、二人で歩き出す。…っつーか、空気重たいんですけど!なんなのコレ、銀時のヤロォォォ!次あったらぶっ飛ばす!そんなことを考えながらちらりとヅラに視線を移した。…そのとき。


『オイ、いたか!』
「っ!」


前方から聞こえた声に、二人でそちらを振り返った。すると、道の先…少し遠くに、真っ黒い制服が見える。


「…真選組」
、こっちだ!」


ヅラに手を引かれて、細い路地へと逃げ込んだ。ゴミ箱の影に身を潜めると、隊士達がバタバタと走り去って行く。


珍しく心臓が高鳴っている。こんな所で真選組に会うなんて滅多にないからだ。…隣りを見ると、ヅラも強張った顔をしていた。


そのまま二人で縮こまりその場をやり過ごす。何度か真選組らしき足音が聞こえたけれど、幸い見つかることはなかった。…ゴミ箱の影から顔を出して、様子を伺う。


「いった…ぽい?」
「そのようだな」
「―――…ふー………」


一気に気が抜けてその場に力なく崩れる。…心臓に悪いよ…あァ、ドキドキした。


「だらしないぞ、
「だってあんないきなり…びっくりくらいするでしょ」
「俺は常に覚悟しているからな。なにがあっても驚くことはない」
「嘘つけ。なんだその冷や汗は」
「これは冷や汗じゃない!ただ暑かっただけだ!」
「……なんでそんな必死に言い訳するかな…」


ヅラはたまによくわからない意地を張るときがある。いや、意地と言うより見栄か。どっちにしても、私にはとんと理解出来ない。


「武士たるもの常に死ぬ覚悟を…」
「あー、いい。いいよそう言う話は。疲れてるときに聞かされたら余計疲れるから」


ヅラの言葉を遮ると、少し不満そうな顔をした。でもホントに今は聞きたくない。だって長いんだもん。私は右手で顔を抑えて、軽く目を瞑った。


何でこんな所に真選組がいたんだろうか。コイツが引き連れてきたんならもっと早く見つかってるだろうし…何か事件?どっちでもいいけどホント、タイミングが悪い。


「…


ヅラが言ったので、目を瞑ったまま何、と答えた。ちょっと感じが悪いとも思うけど、今はとりあえずそれどころじゃないから。もうつかれたから。


聞き返したのに、ヅラはうんともすんとも言わなかった。こっちを向けってことなんだろうか?真意はわからなかったけど、とりあえず先を促そうと顔を上げる。…すると。


ヅラの唇が、私の頬に触れた。


「ッ…」


それは、優しく触れるだけのキスだった。開ききった目で見えるのは、見たこともないような安らかな顔で目を閉じる小太郎の顔。


やがてゆっくりと離れて、小太郎の目が静かに開いた。


「……なッ」


なんで、と言おうとして、のどの奥に引っかかった。声も出せずにじっと顔を見ていると、目が開いて、唇が微かな弧を描く。


「…いつぞやの仕返しだ」
「えッ…」
「俺はやられっぱなしは性に合わんのでな」


そういって立ち上がるヅラ。放心状態の私とは違って、余裕な表情で笑っている。…座ったままの私に手を差し出して、行くぞ、といった。


…何、その顔。


いたずらっ子のような、してやったりみたいな顔。でも、ヅラってそんな簡単な気持ちでキスとか、するようなやつだったっけ?


結構大事にされてると思うぞ


銀時の言葉が頭をよぎったけど、すぐに頭を振って打ち消した。…余計な期待はしない。その方が傷つかずにすむ。…ヅラが私を好き、なんて、あるわけない。


私は差し出された手をとって、思い切り体重をかけてやった。バランスを崩して壁に手をついたヅラの頭をチョップで3回叩いて、肩を押しながら立ち上がる。そのまま勢いでヅラを押しのけて、一人早足で歩き出した。


後ろから追いかけてくるヅラが、機嫌がよさそうなんて…私の思い過ごしだ。


2008.10.06 monday From aki mikami.