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*#6*

chapter.1


時々、付き合ってもいないのにこんなにキスしてるって、どうなんだろうか…なんて考えてみる。けど結局、どっちにしても嬉しい、って言う単純な答えに行き着くわけで。私ってつくづく簡単だなァと自分自身呆れた。


思い出のキス


一度してしまえばキスなんていくらしても同じ…そう、大事なのは最初の一回なのよ!…とか言って、その最初さえもアイツにとられてる私なんだけど。


いや、厳密に言えばきっと私も普通に親のどちらかなんだろうけど、でもね…それはやっぱ違うでしょう。家族じゃなくて、…まァアイツは家族みたいなもんだけど、そうじゃなくて。


他人とした、初めてのキス。


とは言っても、そんなロマンティックなもんじゃない。たまたま、偶発的に起こってしまった事故みたいなもんで、あの頃からクソ真面目だったヅラはそれはもう怒ったもんだけど…今考えると、あれはかなり理不尽だと思う。…まァ、そんなのも今はいい思い出だけど。


空を見上げる。そこにはまっさらな、雲一つない青空が広がる。


…あの日も、こんな天気だったな。


そんなことを思いながら、私の記憶はあの頃へと引き戻されていった。


ヅラのことを小太郎と呼んでいた、戦争時代に。

chapter.2


庭の掃除は私たち女の仕事だった。というか、男達の身の回りの世話+衣食住全般=雑用だ。今から考えると男女分業なんてバカらしいけど、その頃はそれが当たり前だと思っていた。


まァ私の場合、親の立場上雑用をさせられることなんてほとんどなかったけど、でも私は意外とその作業が嫌いじゃなくて、女中の人達から勝手に仕事を奪っては父上に怒られていた。


そしてその日も、同じように駄々をこねて庭掃除をさせてもらっているとき。


「…お、じゃ!」


呑気で楽しげな声に顔をあげた。そこにはいつものメンバー、小太郎、銀時、辰馬、高杉。…さっき私を呼んだのは辰馬だ。


「おやお侍さん方、出陣ですかな?」
!お前からも言ってやれよ!」


緊張をほぐそうと冗談めかした言葉に、銀時はまったく触れずに別のことを言った。


「…は、何を?」
「こいつ、昨日怪我しただろ」


確かに…小太郎は昨日の戦いで右足を負傷している。…歩けないほどの怪我ではないが、それなりに腫れていたし、痛そうだった。今朝も私が包帯をかえてやった。


「それで…?」
「それで、じゃねーよ!こいつこの足で行くって言うんだぜ」
「あー…そうなんだ」
「そうなんだって…おまえなァ」
「小太郎ならそういうと思ってたからなァ」


…そう、予想していたことだ。小太郎にとっては自分の怪我よりも国のことのほうが大切。国を守るため、命をかけて戦う…それが小太郎だ。…でもまァ。


「あー、小太郎くん」
「なんだ」
「今日はやめといたら?」
「そうはいかん!俺には国を守るという使命が…!」
「あーはいはい。でもね、そんな足で行っても足手まといだから」
「足手まといとは何だ!俺が天人なんぞに引けを取るとでも…」
「戦場では何があるかわかんないでしょ。ってことでホラ、こっち」


そういって小太郎の腕を引っ張ると、銀時たち軽く手を振った。


「さっさと行って来い」
「オウ。じゃ、頼むわ」
「はーい」

「なに、高杉?」
「…風呂沸かしとけ」
「了解ー。じゃ、いってらっしゃい」
「おい、待てお前ら!俺を置いていくなー!」
「うるさい。あんたは黙って座ってな」


小太郎の肩を押して縁側に座らせると、持っていた箒で落ち葉を掃く。小太郎はどうやらあきらめたようで小さくため息をつく。そして自分の膝に肘をつき、ぼんやりと私のほうを見た。


「まったく…あんなやつらに任せるなんて」
「なんでよ?あいつら腕はたつでしょ」
「志の問題だ。あんな間抜けた奴らに任せるなど…」
「それ、アンタには一番言われたくない言葉だと思う」
「俺は間抜けてなどいない!」
「いや、あの中でアンタが一番間抜けだと思う」


辰馬も確かにキてるけど、あいつは間抜けじゃない、あれは正真正銘天然物の"バカ"だ。で、こいつは間抜け、銀時はアホ、高杉は隠れ天然だ。


「…今何か、ものすごーく失礼なことを考えてなかったか?」
「いーえ。何にも考えてませんよー」
「……嘘だ」
「ホントですー」


答えながら落ち葉を一箇所に集める。…ホント、この時期は掃いても掃いても落ち葉がたまるから、やりがいがあるというか…。たまった落ち葉を見ながらひとつ息を吐く。すると、いつの間にか立ち上がって隣に立っていた小太郎が、私から箒を取り上げながらいった。


「ため息をつくな。自分で引き受けたのだからもっと楽しそうにやれ」
「…別に楽しくなくてため息ついたんじゃないんだけど」
「じゃあなんだ」
「別に…癖?」
「いやな癖だ。直せ」
「なんでアンタに指図されるわけ…」
「女はいつでも笑顔でいるものだ。そんなんだからオマエはいつまでたっても彼氏が出来ないんだ」
「…ぶっ殺すぞ」
「ホラ!それがいかんといっているのだ!そんな汚い言葉遣いを…」
「汚い言葉遣いで悪かったね。…小太郎こそ、少しは人の言うこと聞いた方が良いよ」


ちりとりを小太郎に差し出すと、ぶつぶつ言いながらも落ち葉をかき集める。


私がため息をついたのは、掃除がイヤなんてくだらない理由じゃない。…この間聞いてしまった話を思い出したからだ。


女中の女の子が、小太郎を好きっていう話。


経緯は簡単、その子から相談を受けただけ。小太郎に告白しようと思うんだけど、どうしたらいい?と。


どうしたらいいって、そんなこと知らねーよ。そう答えたかったけど、そうしたらその子を傷つけてしまう。そう思って、私は精一杯冷静に、ありのままの気持ちを伝えたらいいよと無難なことを言った。そうしたら、その一言になぜか感動した彼女がその足で告白しに行ってしまった。…で、それからどうなったのか、私は知らない。


小太郎に聞いてみたい。でも、もしあの子が私に相談していたことを小太郎に言ってないなら、そのまま知られないでいたい。…そんな思いが渦巻いて、憂鬱さがどっと胸からあふれ出していた。


そんな気持ちなのに、よりにもよって小太郎と二人きり。…なんてタイミング悪い…。


「これはどうすればいい?」
「あー、あっちに入れる」


落ち葉用の荷車を指差すと、落ち葉をそこに入れながら何に使うんだ、と小太郎。近くの畑まで持もってくんだよと答えると、なら付き合おう、と珍しい答えが返ってきた。


「足、大丈夫?」
「普通に歩く分には問題ない。というか戦うのにも支障は…」
「はいはい、わかりましたよ。…じゃ、いこっか?」


小太郎の言葉を遮ってそういうと、荷車を引いて歩き出す。小太郎はぐだぐだ何か言いながら後ろをついてくるけど、こういうときは無視するに限る。だってこいつのこういう話は長いから。


そんな感じの、いつものような会話をしながら、私たちはゆっくりと歩いた。…こんなんじゃデートとはいえないけど、二人きりで出かけられることを、少し嬉しく思いながら。

                                   

帰り道。私たちは相変わらずのんびり歩いていて、小太郎も私もしゃべらなかったけど、その無言が全然苦にならなかった。というか、私も小太郎も無駄にしゃべるタイプじゃない。…こういう時間が心地よく思える関係って、なかなかないと思う。そんなことを自分で思ってみたりして。





リスでもいないかな、と森の木をじっと見ていると、小太郎が呼ぶので振り返る。…じっと前を見据えて、強張った顔を作る。


「…あれ」


そういうので、小太郎と同じほうに視線を向ける。…そこには、集団がいた。鎧をつけ、旗を持った、…でも人間じゃない、集団。…天人だ。


どうやら移動している最中らしい。私と小太郎は荷車をほったらかして、近くの木の後ろに息を潜めた。


…見つかったら、殺される。


冷や汗が背中をつたった。…あんな集団、相手にしたらひとたまりもない。小太郎も、刀はさっき置いてきちゃったし…


心臓が高鳴る。緊張で手が一気に冷える。


すると、その手をぐっと握るように、温かい手が重なった。…小太郎の手だ。私が驚いて振り返ると、強くひとつ頷いて天人の方へ視線を戻す。


…勇気付けてくれてるんだろうか。そう思ったら、こんなときなのに嬉しくなってしまって、ごまかそうとじっと天人を見た。


そのとき、集団が道をそれてこちらの方へやってきた。それに気づいた小太郎が、私の手を握ったまま隣の木の方へ移ろうとした…けど、そのとき小太郎の足がつるっと滑って、そのまま二人で地面に倒れこむ。しかもそれだけじゃなくて、運悪く坂道を転がる。…小太郎が私の頭を抱えこんでかばおうとしてくれる。だけどそれさえも気に出来ないくらいに転げ落ちて、しばらくすると、背中が木にぶつかって止まった。


「…痛ッ…」
「…、大丈夫か?」
「大丈夫…小太郎は?」
「大丈夫だ」


答えた小太郎の様子を確かめようと、右手をつっぱって軽く体を起こす。…少しだけど、顔をゆがめている。すぐに痛めている足のことを思い出した。


「足、痛いの?」
「…少しだけな」
「みせて」
「いい」


そういいながら、体を少し起こすけど、やっぱり痛いらしい、目を細める小太郎。それを支えようとして思わず左手を伸ばした。…すると、体重を支えていた右手が滑って体が傾いた。そこに小太郎の手が伸びてくるのがわかったけど、結局支えられずに二人で再び倒れこむ。このままでは顔同士直撃すると思って何とか両手に力を込めてつっぱると、…唇だけが一度、僅かに触れ合った。


「…!」


小太郎が、大きく目を見開いていた。私はというと、何も反応できずにぼーっと小太郎の顔を見ている。


「…!おおおおお、おま、お前!」


なぜか動揺した様子の小太郎が無理に起き上がろうとするので、ものすごい勢いでおでこがぶつかる。そのあまりの痛みに後ろにひっくり返った私。っつーか何してくれちゃうかなコンチクショー!


「何すんだボケがァァァァ!頭割れるだろーがァァァ!」
「そんなことよりお前今、ななな、何したか、わ、わかっているのか!」
「そんなちょっと唇触れたくらいで動揺してんじゃねーよ!謝れクソボケ!」
「ちょっと触れた"くらい"ってお前…俺のファーストキスだぞ!」
「んな女みたいなこといってんじゃねーよ!私だって初めてだっつーの!」
「だったらなおさらだめだろうが!ファーストキスは大事にするもんだ!」
「奪った張本人が説教すんな!」
「奪ったのは俺じゃなくてお前だろうがァァァ!」
「うっせー!どう考えたって事故だろ事故!」


そこまで言い終えると二人肩で息をする。…こんなところまで転がってきて、何やってんだか…。


「…とにかく落ち着こう。で、小太郎。足は?」
「あ、ああ…なんともない」
「嘘。痛いんでしょ、見せて」


そういって着物の裾をめくる。今朝私が巻いた包帯をはずすと、やっぱり、少し腫れていた。…多分、私をかばったせいだ。心臓がズキンと痛んだ気がした。


「…ごめん」
「お前のせいではない」
「…でも」
「転んだのは俺のせいだ」
「そりゃそうだけど…私なんかかばったせいで」
「俺が好きでやったことだ。…気にするな」


そういうと、腕をつっぱって立ち上がる小太郎。私は痛めた足の方に回って肩を支えた。


「それより、天人は…」
「気配はしないけど…」
「…さすがにここまではこない、か」
「うん…」
「ならば先ほどのところまで戻ろう。荷車も置いてきてしまったしな」
「……うん」


そう答えて歩き出す。小太郎に合わせて、出来るだけゆっくり。


そのときふと頭をよぎった。小太郎に告白したはずのあのこのことだ。…私たちがこうやって帰ったら、あの子はやっぱり傷つくだろうか。そんなこと、思ったって無意味なはずなのに。


私たちはその後、ほとんど言葉を交わさなかった。…そこに、最初にあった心地よさは微塵も残ってはいなかった。

chapter.3


あのときの天人の列は、私たちが荷車のところへ戻った頃にはすでに消えていて、帰り道に出会うこともなかった。


あの後結局、あの子とヅラがどうなったのかは聞けずじまい…でも、だからって気まずくなるような間柄でもなく、私たちは普通に今のような関係に戻っていった。今から考えると、普通に聞けばいいだけの話なのに…怖くて聞けないなんて、ガキだったなァと思う。


「…なつかしいなァ」


思わずつぶやいていた。こんな風に昔を懐かしんでいる自分に、歳をとったなぁ、なんて思ってしまう。それがまた年寄りくさいんだけど。


「何がだ」


そんな声に振り返ると、ヅラが腕を組んで立っていた。…なんで、そんなにえらそうなんだよ。


「何がって…別に何でもいいじゃん」
「よくない」
「なんでよ」
「気になるからだ」
「だからなんで」
「知らん」


そういいながら隣に座ると、私が持ってきていたお茶を勝手に取って飲み干す。…まったく、逆だったら絶対文句言うくせに。


「秘密」
「…いえないようなことか」
「別にそんなことないけど…」
「じゃあいいだろう」
「……あんたが何でそこまで知りたがるのか知らないけど」


そこまで聞かれると、言いたくなくなるんですけど。そういうと、この天邪鬼が!と叫ばれる。いや、アンタがいうかアンタが。


「教えろ」
「いやです」
「教えろ!」
「いーやーだー!」


あまりにしつこいので立ち上がり、部屋を後にする。だけどヅラはしつこく追いかけてきて、そんな様子をみんなが好奇の目で見やる。っつーか誰か助けてくれてもいいじゃん!薄情者どもめ!


そんなことを思いながら逃げ回り、自分の部屋に駆け込んで襖を締めると、すばやく窓までかけていってそこから飛び出した。…って言っても、目の前の木に飛び移っただけ何だけどね。そのまま木の陰に身を隠して部屋を見ると、ヅラが身を乗り出して窓の外を見ている。…と、思ったら。


「…フフフフ」


怪しげな笑みを浮かべるヅラ。…キモ。そう思った瞬間、バッと顔を上げ、こちらをにらんできた。…バレてる。と思うか思わないかのうちにこちらに飛び移ってきて、思わず体をのけずらす。


「わっ、ちょっと!」
「ふはははは!!俺から逃げられると思ったか!」
「そんなことよりアンタ、枝折れるから!これ以上こっちこないで!」
「狂乱の貴公子と呼ばれた俺から逃げようとは、100年早いぞ!」
「あー、ちょっと!来んなってばバカ!」
「バカとは何だバカとは!」
「いいから下みろー!」


と言ったのもむなしく、枝はヅラの足元でバキッと音をたてて折れた。支えを失った体がまっさかさまに落ちる。これから来る衝撃に目を瞑ると、体がふわりと包まれた。…それがヅラだと認識する前に、背中が地面にたたきつけられる。


「ッ…」


痛みに顔を顰めると、温もりが僅かに離れた。目を開けると、そこには額に手を当てて痛がる小太郎の顔。…あのときの顔が、重なって見える気がした。


「…大丈夫か?」
「大丈夫。…っつーか、足元見ろっていったじゃん」
「嘘だと思って…」
「いや、普通に考えればわかるでしょ。木の枝で二人分の体重支えられないから」


言いながら上体を起こそうとすると、背中に軽い痛みが走った。多分さっきの衝撃のせいだ。


「…痛いのか」
「痛いよ、当たり前でしょ」


そう答えると、心なしか少ししょんぼりした顔になる。…別に、そんな落ち込まなくても…。


「…それより、ヅラは?」
「え?」
「怪我」
「ああ…してない」
「そ。…よかった」


無理やり体を起こす。…そうしないと、ヅラが落ち込むと思ったから。ヅラはそんな私をぼんやりと見つめている。


「…あのー、ヅラくん?」
「ヅラじゃない桂だ」
「あのね、とりあえずそこよけてくれないと、起き上がれないんですけど?」
「あ、ああ…すまん」


そんな珍しい言葉が返ってきたので、思わず私のほうがヅラを見つめてしまう。…なんか、さっきから変なんだけど…。


「…あのさ…なんかあった?」
「え?」
「だって…私が何思い出してたか、なんてどうでもいいこと気にしたり…そんな素直に謝ったり…なんか、変だよね?」
「そうか?」
「そうだよ。…なんかあったの?」
「別に、何も…」


と言った、その答え方まで変だ。…やっぱり何かあるんだろうか。それとも心境の変化?…よくわからないけど、とりあえず痛みをこらえて立ち上がる。


コイツがわけわからないのはいつものことだけど…わけわからないなりに、コイツを理解していたつもりだったのに。…ひっそり落ち込んでいたら、ヅラがパンパンと着物をはたきながらつぶやいた。


「前にもあったな…こんなこと」
「え…」


これもまた予想外の言葉で、そんな声しか出なかった。すると、私の方をじろりと見て、なんだ、とひとこと。いや、こっちのほうが何だだよ…。


「…あの…」
「ん?」
「それってもしかして…戦争時代の…」
「……」
「天人にあっちゃったやつ…だよね?」
「……ああ」


…同じことを思い出していた。そんなことに、少しだけ嬉しくなった。だってヅラの方は、もうとっくに忘れてるもんだと思ってたし。


「覚えてたんだ」
「何だお前は、俺をバカにするのか」
「いや、そういうわけじゃないよ。ただ覚えてたんだなーって思って」
「そりゃあ…あんなことがあったからな」


あんなこと。その言葉に、なぜか心臓が飛び跳ねた。…別に、普通の言葉のはずだ。私にとってはあのキスが嬉しくても、ヅラにとっては嬉しくもなんともなかった…それだけ。当たり前のことなのに。


「そういえば、あの頃はまだ小太郎だったな」
「…え?」
「呼び方」
「……ああ、そうだね」
「なのに最近はヅラ、ヅラって。銀時がうつったのか?」
「そうかもね」
「まったく。…お前はずいぶん変わったな、あの頃から」
「……え?」


…普段なら簡単に聞き流せるような簡単な言葉に、頭がぐらりと揺れた。…どうかしてる、私。でも、聞き流せない。


体が震える。


「…ってない」
「え?」
「……私、変わってないよ」
…?」
「私…あの頃から何にも変わってない!」


こうして小太郎のそばにいること。誰よりも小太郎を思う気持ち。


「…何も変わってないよ!」


気がつけば走り出していた。後ろから小太郎の声が追いかけてくるけど、とまることはない。…顔も見たくない、声も、聞きたくなかった。


自分の部屋に戻って、襖も窓も全部締め切って、押入れに入り込む。布団に顔を埋めて襖を閉めると、真っ暗い空間には私の息遣いだけが響いた。


…だめだ。もうだめだ。私おかしいよ。何でこんなときに笑って流せないの、何で、何で。あんな風に取り乱して、叫んで、小太郎を困らせて。こんなんじゃだめだって、捨てられちゃうって、わかってるのに。


らしくないってわかっていても、どんどん涙があふれ出た。堪えようとしても出来なくて、布団に突っ伏して、ぐっと声をかみ殺していた。


2009.02.13 friday From aki mikami.