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*#4*

chapter.1


人間は幸せだと欲張りになる。そうわかっていても、求める心をとめることが出来ない…それが、人間という生き物。そして欲が満たされないとき、その穴を別のもので埋めようとする。…それが愚かな行為だと知りながら。


下手くそなキス


その日の朝食に、ヅラが顔を出すことはなかった。というか、ほとんどみんなが二日酔いで起き上がるのもだるいといって、建物全体が嘘のように静まり返っていた。そしてそんな中、私と山本くんはみんなの看病で走り回った。…バカな大人がたくさんいると大変だ。


本当は私も山本くんも二日酔いの症状が出ていたけれど、私は少し気持ち悪くなる程度だったし、山本くんも昨日いいだけはいていたのでみんなよりマシなのだという。…もしかしたら、私に気を使ってくれたのかもしれない。ヅラに会わせることがないようにと。


沈んだ気持ちは、幾分か落ち着いていた。…一日会わなかったせいもあるし、忙しかったせいもある。…それでも、やっぱりふと思い出す瞬間があって、そんなときにはなぜか山本くんが面白いことを言って笑わせてくれた。…全部顔に出ているんだろうと思ったら恥ずかしかったけど、拒否することはなかった。


そして時刻は夕方。私と山本くんは、二人で買い物に出かけた。私が一人で行くといったら、荷物が重いからとついてきてくれたのだ。…そばにいてくれるのは嬉しいけれど、甘えてしまいそうで少し、怖い。


「…今日は大変でしたねー」
「だねェ。…バカばっかりだなァあいつらは」
「ホンットっスよ。みんなゲーゲーはいちゃって。厠定員オーバーっスよ」
「どーしようもないねー。本当の大人ってのは自分の体調も管理できる人のことなんだよ」
「じゃーあの人たちはなんですかね?」
「身体は大人、頭脳は子供!みたいな感じじゃない?」
「それ逆っスよ、逆!」
「そうだっけ。でも的確でしょ?」
「はは、確かに!」


そういって山本くんが盛大に笑う。道行く人が少し振り返ったけど、どうやら本人は気にしていないようだ。…私としてはちょっと恥ずかしいけど。でもまァ、楽しいからよしとする。


スーパーに着くと、二人でゆっくりと店内を回った。山本くんがカートを押してくれて、私が商品を選ぶ。…一瞬、それがヅラだったらと失礼なことを思ってしまって、すぐにありえないと打ち消した。


「…あれ、?」


鮮魚コーナーに差し掛かったとき、そう声をかけられた。もちろん山本くんではない。振りかえると、そこには銀時と、カートを押した新八くん、それに酢昆布を山ほど抱えた神楽ちゃんがいた。


「あれま、銀時じゃん。買い物?」
「こんなところにくるんだからそうに決まってんだろ」
「……オメーはいちいちムカつくなオイ」
「オメーもな」
「うるせーよ」
「……あの」


そう会話に割り込んできたのは、山本くんだった。私と銀時の顔を交互に見て、不思議そうに首をかしげる。


「お友達…っスか?」
「うーん…まァそうかな」
「オイオイ、なんだよその曖昧な言い方。パフェ食いに行く仲だろーが」
「私とアンタは友達ってより悪友って感じがするんだけど」
「あーそれもそうだな。あと腐れ縁とか」
「そうそうそんな感じ。…まァ幼馴染みたいなもんか。ホラ、ヅラがいっつも誘いに言ってる人」
「え…じゃあ『白夜叉』!?」
「……俺、その呼び名好きじゃねーんだけど」
「ああッ、スイマセンッ!えっと…坂田さん…っスよね?」
「はーいそうでーす」


やる気がなさそうに片手を上げる銀時。なさそうというか、完全にやる気ないよね、こいつ。


「坂田銀時。白夜叉なんて呼ばれてたけどただのバカだからね、こいつ」
「オメー…俺になんか恨みでもあるわけ?」
「山ほどありますけど」
「なんだよそりゃあ。言ってみろよボケがァ」
「アンタのパフェ代毎回払わされてんの誰だと思ってんだクソがァァ」
「ちゃんと返してんだろーがアホがァ!」
「全然返せてねーよ!一割程度しか返してねーよバカがァァ!」
「ちょ、二人とも落ち着いて!」


間に割り込んできたのは新八くんだ。さすが唯一の常識人。


「こんなところでケンカしないでください!みんな見てますよ」
「そうだね。それに銀時の相手するなんてバカらしいしね」
「んだとォォォ!」
「銀さん!さんももうやめてください!山本さんがビックリしますよ!」
「いや、いつものことだから」
「てめェ…」
「や、うそっス、嘘!」
「ホラ、銀さん神楽ちゃん、行くよ」


そういって、銀時の首根っこを捕まえてずるずる引きずっていく新八くん。本当に彼は万事屋のお母さんなんだなァと、感心しつつもちょっと哀れに思えてしまう。…彼がいなかったら万事屋は成り立たないだろうなとも思う。


「はー…にぎやかっスねェ…」
「うん。漫才みたいなやつらなの。アレで素だから面白いよね」
「面白いってか、うるさいってか…」
「まァ、普段あんなんだけど実はいい奴なんだよ」


背負いすぎるところがあるのが玉に瑕だけど。…でも、アイツは暴走していたヅラを止めてくれたっていう面で、感謝もしている。戦争時代にも、アイツがいなかったらどうにもならなかったことがたくさんあるし。


そして私たちは、そのまま万事屋の話をしながら食料品を見て回るためにふらりと歩き始める。山本くんが生肉コーナーで立ち止まって、牛肉をしげしげと眺めている。私も隣に並ぼうとしたとき、突然腕を誰かに掴まれてつんのめった。


「っ!」
「オイ」


私の腕を掴んだ犯人は、銀時だった。


「ちょ…何よ。びっくりするじゃん」
「あのさ、アイツなんなわけ?」
「は?」


アイツってのは多分、山本君のことか。


「何って…仲間だよ仲間」
「仲間って…攘夷志士か?」
「そうだよ」
「……ま、そーだろーな」


そういって、ようやく腕を離した。…なんなんだろう、なんか引っかかる言い方だ。


「山本くんがどうかしたの?」
「別にどーもしねーけど」


ぼりぼりと頭をかく銀時。…何?まさか真選組で見たことがあるとか、そういうヤバイ情報?ぐっと身構えた私に、銀時は相変わらずのゆるい表情で言った。


「お前…気ィつけた方がいいぞ」
「……それって、まさかスパイ」
「いや、そーじゃねーよ。えーっと……あのさ、お前まだヅラのこと好きだろ?」


突然、声を潜めてそういった銀時。…銀時には相談に乗ってもらってて、事情全部話しちゃってるけど…だからって、こんなところで言わなくても。ちなみに山本くんは私たちに気を使ったのか、お菓子のコーナーへと歩いていった。


「…そりゃ、まァ」


今さら諦められるなら、もっと早く諦めている。…自分で言うのもなんだけど、諦めが悪い。


「…だったら、やっぱ気ィつけろ」
「…………はい?」
「オメーだって薄々勘付いてんだろ」
「勘付くって…」


今朝、逆光でほとんど見えなかった山本くんの顔を思い出す。…あのとき感じた視線が、私の気のせいじゃないってこと?


「いい奴とか悪い奴とかは知らねーけど…惑わされんなよ」
「惑ッ…まさか、大丈夫だよ」
「ならいーけど。…お前弱虫だからなー。ころっと変なやつにだまされたりすんだろ」
「し、しないって!」
「いーやするね」
「しないよ! …もしそうなら、もうとっくにアイツなんかと一緒にいないよ」
「……それも一理あるが…まァとにかくあんなやつに落ちんなよ。今まで相談に乗ってやった俺の苦労が台無しだろーが」
「わ、わかってるよ。……ありがと」
「じゃ、俺戻っから」
「あ、銀時!」


手を振って去ろうとする銀時を思わず呼び止める。


「何?」
「あのさ、…今週の日曜、ヒマ?」
「あー、まだわかんねーな。今んとこ依頼は入ってねーケド」
「じゃあさ…依頼入らなかったら、またパフェ食べに行かない?」
「…………お前のおごりならいーよ」
「死ねクソ天パ」
「おまッ、そりゃねーだろ誘っといて!」
「まァ考えといてあげるよ」
「それ俺のセリフ!」
「ハイハイ。…じゃ、日曜にね」
「おー。ま、せいぜい頑張れよクソアマ」
「忘れたらぶっ殺すからなクソ天パ」


うるせーよバーカ。そういいながら銀時は新八くんたちの元へ帰っていった。


私たちの約束は、いつもこうだ。なんか曖昧で、しかもけんか腰で。…それでも銀時はちゃんと来てくれるし、ちゃんと相談にも乗ってくれる。…パフェおごらされるけど。


相談、何てしても、意味がないのは分かってる。ただ誰かに話を聞いてほしいだけ。話して楽になりたいだけ。


そう、コレはある種の逃げ。


ネガティブへ向かう思考をそこで止めた。まったく、どうして私はポジティブシンキングが出来ないんだろうか。


山本くんを捜して店内をフラフラ歩き回る。そうして、いつの間にか座り込んでコーヒー豆をじっと見つめている彼を発見した。


「…もしもしー、山本くん?」
「あ、さん。話終わりました?」
「うん、終わったよー。…どうしたの、コーヒーなんてみて」
「実は俺コーヒー大好きなんスよ」
「へー、そうなんだ。あ、じゃあもしかして豆から入れれる?」
「もちろんっス。コレでも結構こだわってるんスよ」
「ほお、すごい。私なんて粉の奴しか飲んだことないよ」
「…ねーさん、コレ……」


そういって、目をうるうるさせて私を振りかえる。…かわいこぶっても気持ち悪いからね。まァこんな顔で言うことは一つ…


「ハイハイ。一つだけね」
「やったー!」


嬉しそうに商品をかごへ入れる山本くん。その笑顔は可愛くて…やっぱり、好きになるなんてありえないと思う。恋人というよりは弟という感じがする。


たまにヅラと一緒に買い物に来るときのことを思い出す。…アイツは、私が何が食べたいと聞くと大体なんでもいいといって、欲しいものがあったら勝手にかごに放る。でも武士たるもの贅沢はなんたらとか言って、おやつとかはあまり持ってこない。…山本くんとは、正反対だ。


「よし、じゃあ大体見たし、会計しよっか」
「え?もういっちゃうんスか?もうちょっと見ましょうよ。おやつとか!」


嬉しそうな顔から急に残念そうな顔になった山本くん。…なんてわかりやすい。っていうか、おやつかい…。


「えェ、でも…」
「だってホントに必要なものしか買ってないじゃないっスか」
「…そうだけど」
「だから、ね!もうちょっと見ましょうよ。それにホラ、んまい棒補充しとかないと!」
「あー、うん」


ずんずん歩き出す山本くんの後ろを、なんとなく着いていく。…その背中を見ながら、なんとなくドキッとした。


必要なものしか買わない、できるだけ早く買い物を済ませる。…無意識のうちに、アイツにあわせた行動をしていたんだ、私は。


余計なものを買えば、あいつが怒るから。あまり長く待たせると、ふてくされるから。


私の基準が、恐ろしくアイツの色に染まっていることに愕然とした。


「……さん?」


山本くんが不思議そうに振り返る。私はなんでもないと言葉を返し、彼の隣に並んだ。そして、思った。


…普通の男ってのは、こうなんだろうか、と。

chapter.2


帰ってきてまず最初に、ようやく起きてきたみんなのためにご飯を作った。そのときはヅラもちゃんと顔を出し、いつもと変わらぬ様子で黙々と食べていた。


山本くんと、なぜか回復の早いエリーと一緒に後片付けをして、他にも色々してから自分の部屋に落ち着いた。…その頃には、時間は11時を少し過ぎていた。


なんとなくテレビをつけた。丁度○○芸人的なバラエティをやってたので、ぼんやりと眺める。


あんなやつに落ちんなよ


ふと、銀時の言葉を思い出す。


落ちるなんてありえない。今さら別の人に惚れられるほど、私のしつこさは軟弱じゃないんだから。


でも、私はさっき思ってしまった。…ヅラに恋をするのがこんなに辛いのは、普通じゃないからなんじゃないのか。普通の人なら、もっと楽な恋ができるんじゃないのか。


…アイツだから、好きになったはずなのに。


画面の中で、芸人が熱いトークを繰り広げている。でも、それも頭に入ってこない。…本当にぼんやりと眺めているだけ。


これじゃあ意味がない、と思ってテレビを消そうとしたら、襖の向こうから、と声が聞こえてきた。…ヅラだ。心臓が大きく飛び跳ねる。


「ヅラ?何?」
「ヅラじゃない桂だ。…ちょっといいか」
「どうぞ」


そういうと静かに襖が開いて、甚平に羽織を肩にかけたヅラが入ってきた。…どうやら、もう寝るところらしい。


「何?」
「その…昨日のことなんだが…」


後ろ手で襖を閉め、言いにくそうにそうもらしたヅラ。…私は精一杯、気まずさを顔に出さないように努めた。


「…うん」
「その…」


そこまで言って、黙り込んでしまうヅラ。…何か言って欲しい。気まずい。…だって、私から話を切り出すなんてことは出来ないし…


とりあえず、何、くらい聞いてみようかな。そう思って口を開きかけたとき、いきなりヅラが床に手をついて、頭を床に当てつけた。


「スマンッ!」
「…………え…」


え??何コレ。スマンって…謝ってるの?なんで?ワケがわからず何もいえなくなった私に、ヅラが頭を下げたまま言った。


「酔っていたとはいえ、あんなことをして…申し訳ないと思っている」
「え…と」
「いくら俺達が幼馴染だと言っても、あれは決して許されることではない!…俺を殴ってくれ!」
「え、ちょ、ちょっと待ってよッ」


何を言ってるの、この人は。


「とりあえず、頭上げてよ」


ヅラの肩を叩いて、身体を起こさせる。…申し訳なさそうに私を見ているヅラ。


「あの…あんなことっていうのは…?」
「その…キ、キスを…その、無理やり…」
「…あー、やっぱそれですよね。……でも、アレは私が悪い気がするんだけど」
「え?」
「えって…アンタお説教してたじゃん」
「…………」
「もしかして……憶えてないの?」
「…………」


…図星かよ。


じゃあ何だ。私は今まで本人も覚えてないようなことで、一人勝手にうだうだ悩んでたのか。


「…なーんだ」


もう元に戻れないかもしれない、何て思ってたけど、忘れてるなら都合がいい。全部なかったことにしてしまえばいいんだから。


「ま、私怒ってないからさ。憶えてないんならお互い忘れちゃおうよ」
「えッ…怒ってないのか?絶対殴られる覚悟できたのに…」
「殴って欲しいんなら殴ってあげるけど?」
「いえ、いりません!」
「じゃあ何も言わないでおこうよ。…ね」
「……お前がそういうなら」


あまり納得はしてないようだけど、そう答えてくれた。…とりあえず了承したということはもうそれ以上つっこんでこないだろう。座るとき床に落ちた羽織をかけなおしてやった。ヅラは足を崩し、胡坐をかいて座る。そして壁に凭れて、はー、と大きく息を吐いた。


「…よかったー殴られなくて」
「アンタね…私そんな頻繁に殴ってないでしょ」
「いや、殴ってるだろう」
「殴ってねーって」
「あいたッ!ホラ、今殴った!」
「うるせー。今テレビ見てるんだから静かにしろ」
「お、コレは!」
「何とか芸人のやつ。アンタも見る?」
「うむ」


ヅラがそう答えて、テレビの前に二人で並ぶ。…私の部屋で、二人でテレビを見てるなんて、なんか変な感じだ。


でも、そこには気まずさなんてない…いつもの私たちだ。


よかった。気まずいままにならなくて…本当によかった。ほっとしたら、目頭が熱くなってくる。…こんな状況でなくなんて、まずすぎなのに。

「…


必死で涙をこらえていると、テレビ画面を見たままのヅラが呟くように言った。


「何?」
「…お前、キス下手だな」
「ッ!」


いきなりの発言に思わず振り返り、顔面に思い切りストレートを食らわす。血を噴き出しながら床に倒れるヅラ。


「アンッタは!!!」


なんでそんなことばっかり憶えてんだコノヤロー!!!


「お、俺は本当のことを…!」
「うるせーコノヤロー!キスなんて早々したことねーんだよ!っつーかアンタ憶えてないんじゃねーのかよ!」
「や、キスだけはやけに印象に」
「死ねェェェ!!」


勢いをつけて股間を蹴っ飛ばす。ホンット、ムカつく!っつーか死んだほうがいくね?死んだほうがいいよコイツ!私の涙返せコノヤロー!まだ泣いてないけど!


怒りのままにヅラを再起不能までぶちのめして、私のばたばたな一日は終わりを告げるのでした。


2008.09.02 tuesday From aki mikami.