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*#7*

chapter.1


無理やり入り込んだ万事屋のソファに座って、向かい合っている俺と銀時。ことの一部始終を聞いた銀時は、腕を組んだまま深いため息をついた。


約束のキス


「なんっでオメーらはそろいもそろって俺んとこにくんのかねー」
「? 何の話だ」
「いや、こっちの話。しっかし…なるほどなァ」


そういっていちご牛乳に口をつけた銀時。俺はその動作を見たまま言葉の続きを待った。


「ようするにだ。お前にしてみればは突然怒り出して、しかもなんで怒ったのか理由がわからねェってんだろ?」
「そうだ」
「はー。鈍感は罪だねェー」
「銀時!もったいぶらずに教えてくれ、なぜは怒ったんだ!」
「その前に。お前はのどこを変わったと思うんだよ」


いちご牛乳をテーブルに戻すと、そうたずねてきた銀時。


「どこって…昔はヅラなんて呼ばなかっただろう」
「そんなの大した違いじゃねーだろーが。大体いつもいつでもヅラって呼んでるわけじゃねーだろ」
「そうだが…」
「もっと根本的な違いがあるんじゃねーの?」
「…根本的」


そういわれて考えてみるが、これといって何かは見つからなかった。だが俺にしてみれば、呼び方だって十分大きな違いだ。


「…何もねェのか?」
「お前が思うようなものはないかもしれんな」
「なんだよその曖昧な答え方。わざわざ相談のってやってんのによォ」
「…真剣に答えたいが、他に答えようがない」
「ったく、ホンットお前はわかんねーよ。…まあとりあえずその話はやめにして、別の質問な」
「…別の質問?」
「お前、のことどう思ってる」


急に、表情が変わった気がした。いつものちゃらんぽらんな言い方ではない、目も死んだ魚のような目ではなく、どこか「白夜叉」を思わせる目だ。…銀時がなぜそんな表情をするのか、俺にはよくわからなかった。


「…どうもなにも…は仲間だろう」
「そうじゃねーよ。もっとこう…根本的に好きか嫌いかー、みたいなだなァ」
「また根本的か。…言うまでもなく好きだろう。そうでなければ一緒にいない」
「いやだからそうじゃなくて。…あー、なんだ、その…女として?好きかっつーこと」
「…女として?」


その言葉の意味を理解するのに数秒かかった。…そして、その倍以上の時間をかけても、銀時がそれを聞いた意図は読めなかった。俺がをどう思っているのかが、今回のことに関係あるというのか?


…それはともかく、銀時の疑問に対しての答えは、…正直、これまで考えたことがなかった。正確に言えば考えないようにしていた。


俺とはそういう関係にはならない、なれないと、ずっとそう思っていたから。


俺は思ったことを、正直に銀時に伝えることにした。


「…考えたことがない」
「はァ?そりゃ嘘だろ」
「本当だ。…大体、俺たちが恋仲になるなどありえないだろう」
「……そう思ってるのはお前らだけだと思うがな」


言い終わると同時に深くため息をつく銀時。いちご牛乳のパックを持ち上げ、その手で俺を指差して、あきれたように言葉を続ける。


「お前らホント、そろって鈍すぎなんだよ。…まァのほうはお前よりはマシだが…お前はホントヒドイな。いい加減病気じゃねーかって思うほどの天才的な鈍さだぜ」
「なんだと!俺は鈍くなど」
「鈍いっつーの!あー、だめだ、何かいらいらしてきたわ」


開いてる手でテーブルを叩いて立ち上がると、いちご牛乳を勢いよく飲み干す銀時。その音に驚いて新八くんとリーダーが和室から顔を出した。


「お前なァ!いい加減にしねーとマジでぶっ飛ばすぞ!」
「何をわけのわからんことを…」
「自分の気持ちくれーわかれやボケが!どう考えてもお前はのこと好きだろうが!」
「なッ…!」
「お前みてーなヤツがなァ!好きでもねー女を守るわけねーんだよ!好きでもねー女を何年もそばに置いたりしねーんだよ!」
「…俺が、を」
「そうだよ!自分の胸に手ェ当てて考えて見やがれ!」
「…」


俺が、を。


そんなつもりはなかった。もちろんのことを守ってきた自覚はあるし、これだけずっとそばにいる女は他にいない。だが、仲間である以上守るのは当然だと思ってきたし、…そばにいるのが、当たり前だと思ってきた。それらが好きという感情につながるようなものだとは、一切自覚していなかった。


…いや、違う。


本当はうっすらと思っていたのかもしれない、は他の女とは違う存在だと。


だが、いまさらそれがわかってどうする?俺は、どうしたらいい。


新八くんとリーダーが、険悪な雰囲気を感じ取ったのだろう、買い物に行ってきます、と言い残してそそくさと外へ出て行った。


「…銀時」
「なんだよ」
「……俺は…どうしたらいいんだ」
「あ?何言ってんだよお前。決まってんだろ。…そのままを伝えろよ」
「…し、しかし…」
「告白は男の仕事だろうが。それともなんだ、に言わせるつもりか?お前らしくもねェ」
「…は、受け入れてくれるだろうか」
「はー… ホンット、お前バカだな、アホだわ」
「な、なんだと!」
「バカだろ。…お前みたいなヤツのお守りをよォ、何の感情もなく何年も出来ると思うのかよ」
「…お、お守りとはなんだ!」
「あー、もううるせーな。 とにかく俺はもう知らねーからな!あとはテメーでなんとかしな」


俺の元までやってくると、着物を掴んでぐっと立ち上がらされ、そのまま振りほどくまもなく問答無用で玄関までつれられる。俺が振り返ると、目を合わせぬまま背を向けて、ポツリとつぶやく。


「…早く行ってやれよ」


言い終わると、振り返りもせず奥に消えていく銀時。…俺は仕方なく、草履をはいてその場をあとにした。


階段を下りて帰り道を歩きはじめる。…歩きながら、のことを考える。


…何も変わってないよ!


結局、なぜがあんなことを言ったのか、なぜ怒ったのか、わからないままだ。だが、とにかく俺がを傷つけたのは確か。


…ちゃんと謝ろう、に。そして、なぜ怒ったのか、直接聞いてみればいい。それでたとえ怒られても、誠意を持って聞けばなら答えてくれるはずだ。


帰る間に、そのための覚悟をしておこう。

chapter.2


あの後、何度も謝ろうと思った。…でも、ヅラが私を避けているのがわかったから、何にも言うことが出来なかった。それで結局、某ネコ型ロボットのごとく押入れに閉じこもっているんだけど…みんな、ちゃんとご飯は食べているんだろうか。洗濯物は?他にも掃除とか、色々…


心配しているなら出て行って確かめればいいのに、そうできない自分の意気地のなさが恨めしい。


こんな風に一人で悶々としていると、今までどうやって謝ってきたのかわからなくなってくる。喧嘩なんて何度もあったはずなのに。そのたびに向こうは謝らないから、私から謝ってきたはずなのに。


さん』


私の思考をさえぎったのは、山本君の声だった。ここからだと相当くぐもって聞こえるけど、心配して様子を見に来てくれたんだろうか。


私が何も答えないでいると、部屋の襖が開いた音がした。…今は、あまり人に会いたくない。誰もいないのを見てさっさと帰ってくれたら…そう思ったけど、意外と目敏いらしい山本君。すぐに目の前の襖が開いて、外の光が差し込んできた。


「…なにやってんスか、さん」
「…どーも」
「いや、どーもじゃないっスよ。ネコ型ロボットじゃないんスから」
「入ってみたら意外と居心地いいよ、ここ」
「そういう問題じゃないでしょ。…みんな心配してますよ」
「…ごめん」
「まァいいんスけどね。それよりこれ、飯っス」


そういって差し出されたのはコロッケパンだ。…私がうだうだしている間こんなものばっかり食べてたのかと思うと、申し訳なくて泣きたくなってくる。


「…ありがとう。…それよりみんな、ご飯食べてる?」
「食ってますよ、コロッケパンとかヤキソバパンとかメンチカツパンとか…」
「うん、ホントにごめん」
「いや、結構うまいですよ。たまにはこんなのもいいなーって言ってたんス」
「…よっしゃー、オメーら今度から飯ナシな」
「いやいやいや、嘘っス!ホントはさんの飯がなくてさみしいなーって言ってたんス!」
「はいはい。…でも、ホントにごめんね」
「気にしないでください。それより……一緒に食いません?お茶も持ってきたんで」


と言ってチラと視線をやったほうには、お盆に急須と、湯気のたった湯飲みが二つ、それとマヨネーズパンが一つのっていた。…なぜだか恥ずかしそうに頭をかく山本君が少しだけかわいく思えて、ふぅ、とひとつ軽めのため息をついた。


「仕方ない、食べてあげましょう」
「お、マジっスか!やった!」


ほんの些細なことのはずなのに、喜んでくれる山本君。…その笑顔は、かわいい弟、見たいに思えて…なんだか、安心してしまう。


気ィつけたほうが良いぞ


銀時はああいったけど、やっぱり私には山本君が何かするなんて思えない。でもそれは、私がそういう対象に見てないってだけなんだろうか。…正直、今はどうでもいいことだけど。


押入れから這い出て床に座ると、山本君が湯飲みを差し出してくれた。それを受け取って、あつあつのお茶を口元へ運ぶ。何度か息を吹きかけて口内へ流し込むと、熱すぎるくらいの温かさが急速に身体に染み渡っていく。


「…おいしい」
「よかったー、俺お茶なんていれたことなかったんで、変な味だったらどうしようかと」
「いや、お茶葉入れてお湯注ぐだけでしょ」
「それがちがうんスよ、作る人が作れば!置き時間とかー」
「濃いか薄いかの違いだって。そんなさ、手から味の素とか出ない限り大丈夫だって」
「手から味の素ってすごいっスね…」
「出たらいいよね、味の素買う必要なくなるから」
「いやそんな人が作った料理食べたくないっスよ」
「いいじゃん、頭良くなるかもよ」
「それどういう意味っスか!」
「さあねー」


肩をすくめながらコロッケパンに手を伸ばすと、山本君も不満そうな顔をしながらマヨネーズパンの袋をやぶる。…そんな山本君を見ながらも、気になることはたった一つ…小太郎のこと。


「あの…ヅラのこと、なんだけど」


そのひとことに、山本君の顔が変わった。…無表情。何の感情も浮かんでいないその顔は、少し怖いくらいだ。…銀時の言葉が、頭に浮かんだ。


ヤベー感じすんだよ


「…ああ、何かずっと留守にしてますよ」
「……留守?」
「ええ。あの後からずっと。……ったく、なにやってんスかね」
「…………行き先とかは」
「何も聞いてません。何人か探しに行ってるみたいっスけど」
「…そう」
「桂さんって…意外と勝手っスよね。ふらっといなくなったりして」
「…それは…まァそうかもね」


それがヅラだから。そう思ったけど、言葉には出さなかった。


「好き嫌いは多いし、味が云々とか、あと俺たちにはバイトするなって言っといて自分はしてるし」
「それは資金稼ぎのために仕方なく…」
「…なにより、…………いっつもさんのこと泣かせて」
「…そんなことないよ」
「ありますよ。いつも喧嘩したって謝るのはさんからだし」
「それは、あいつが意地っ張りだから」
「そこが勝手だっていってんス。自分が悪かったら謝るのが普通でしょう」
「そりゃあそうだけど」


それが小太郎なんだから仕方ないじゃない。喉元まででかかった言葉をぎりぎりで飲み込んだ。…普通の人から見たらおかしいかもしれない、でもアイツはアイツなりの考えがあってしてるんだから。私たちの喧嘩だって、今回は別としても、普段は本気じゃない、ただ意地を張り合ってるのが楽しいだけ。…だから、ヅラは悪くない。


否定しないで。


「確かに腕はたつし、尊敬もしますけど…ちょっと勝手すぎっスよ」
「そんなことないよ」
「そんなことあります。っつーか他にもあるんスよ。ここに入るときだってわけわかんない試験で入らされたし」
「…やめて」
「真選組と会ったときだって、囮作戦とかわけわかんねーこといわれてほっぽりだされたり」
「やめてよ」
「その上さんが優しいのを利用して、こんな風に傷つけ
「いい加減にしてよ!」


思わず、そう叫んでいた。


さすがの山本君も黙り込んで、目を見開いている。…私は、目を合わせることも出来ずに俯いていた。


どんなに傷つけられても、思いが報われなくても…小太郎を、嫌いになんてなれない。小太郎の悪口なんていえない。小太郎の悪口を、黙って聞いてるなんて出来ない。


「…何もわからないのに…そんなこと言わないで」


悪く言えればどんなにいいか。嫌いになれればどんなにいいか。…でも、そう出来るならこんなに苦しい思いはしてない。


「俺なら、さんを泣かせませんよ」


山本君の静かな声。その声色に、思わず顔を上げた。…真剣な目が、射るように私を見ている。


答えようとして開いた唇が、妙に乾いていた。


「…そんなこと」
「そんなことじゃない!」


ぐっと強く肩を掴まれる。その痛みに顔を顰めると、引き寄せられて、きつく腕の中に閉じ込められた。


身体をよじって抵抗するけど、男の力にはかなわない。どうしてこんなことを、と思うまもなく、強引に唇を奪われ、深く口内を荒らされる。何度も肩を押して逃れようとするけど、強く押さえつけられてしまう。


やがて、ゆっくりと唇が離れた。


「…俺」


うっすらと口を開いた山本君の顔が、触れそうなほど近くにあった。


「…約束します。さんが俺のところに来てくれるなら…俺は、絶対さんを泣かせません」


しっかり目を合わせたままつむがれる言葉。…心臓が少し飛び跳ねた。


「悲しい思い、させません」


その言葉は、誓いのようにも思えた。私に対しての…そして多分、彼自身に対しての、誓い。


「そ、んな…」
「桂さんみたいに泣かせたりしません。…絶対に」
「…」
「だから…真剣に考えてください。子ども扱いしないで…」
「…山本くん」
「これ以上…さんが苦しむの、見たくないんスよ」


言葉尻が弱々しくかすれて、うまく聞き取れなかった。…でも、その余裕のない表情から、肩を掴む腕から、痛いほどに伝わってくる、…山本君の気持ち。


ゆっくりと手が離れる。俯いたまま立ち上がると、避けるように背中を向けて襖を開けた。…そこで立ち止まって、少しだけこちらを振り返る。


「…パン、食べてくださいね」


そう言い残して、山本君は部屋を後にした。私はそれに何を返すこともなく、黙って見送った。


あとには、2人分の食事だけが残った。


2009.02.29 saturday From aki mikami.