Episode 4

国語のテストなんていい加減だ

Scene.1






「なんだ貴様何者だ!?」
「あー?なんだツミはってか?そーです私が… 子守狼です」
「勘七郎!」
「銀さん!!」


新八くんアンド女の人が叫んだ。あ、赤ちゃんの名前勘七郎って言うんだ。


「なんだかめんどくせー事になってるみてーだなオイ」


フロアの真ん中に仁王立ちのまま銀さんが言った。っていうか、何か銀さんがさらに状況をめんどくさくしているような気がするんですけど…。


「こいつァどーいうこった新八ィ?三十字以内で簡潔に述べろ」
「無理です。銀さんこそどうしてここに?三十字以内で簡潔に述べてください」
「無理だ」
「決着つけに来ました」
「ちょっとォォ、短すぎだからそれ!普通二十五字以上で答えなきゃだめだから!っつーかアンタ誰!」
「まァそれはいーじゃん今はさァ」
「よくねーよ!銀さんこの人誰ですか!」
「知らねー。ストーカー?」
「違うから!違うからね新八くん!」
「なんで僕のこと知ってんの!」
「今はそんなことどーでもいーじゃん。ねー銀さーん」
「ねー」
「なんだお前らーー!」


私たちの言葉にそうつっこんだ新八くん。おー、さすがツッコミ専門。どんなボケにもさっと切り返してくるからすごい。ツッコミって頭良くないと出来ないもんね。


「オメーバカかァァ!!わざわざ敵陣に赤ん坊連れてくる奴がいるかァァ!!」
「なんだテメー 人がせっかく助けてやったのに …ってゆーかなんでこんな所にいんだ?三十字以内で簡潔に述べろ」
「うるせェェ!!」


しつこくボケる銀さんを長谷川さんが一刀両断。っていうかホント、何でここにいるんだろう。でもエプロンつけてるからたぶんバイトだろうなぁ…。メイド?…キモ。


「あのジジイはなァ、その子狙ってるんだよ!!自分の息子がはらませたこの娘を足蹴にしておきながら!!テメーの一人息子が死んだ途端手のひら返して、そのガキを奪って無理やり跡とりにしようとしてんだよ!!」


ありがたいことに長谷川さんが一気に説明してくださった。でもそれがどうしてこんな乱闘になっちゃってるのか…よくわからないんだけど、まぁそれだけあのジジイが強権的ってことで。


「…オイオイ、せっかくガキ返しに足運んだってのに無駄足だったみてーだな」
「無駄足ではない。それは私の孫だ。橋田屋の大事な跡とりだ、こちらへ渡しなさい」


ジジイは抜けぬけとそんなことを言った。何アイツ、ムカつく!っつーか自分の孫をそれ呼ばわりかよ!孫は目に入れてもとか言うのに、ジジイの風上にも置けない奴だ。私は、ここに来て怒りを感じていた。 子供を大切にしないなんて、最低だもん。


「俺としてはオメーから解放されるならジジイだろーが母ちゃんだろーがどっちでもいいが。 オイ、オメーはどうなんだ?」
「なふっ」
「おうそーかィそーかィ」


銀さんはそういうと、縛っていた紐を解いて勘七郎くんをお母さんのほうへ放り投げた。ちょ、あっぶねーよオイィ!しかしお母さんはナイスキャッチ!よかった!


「ワリーなじーさん。ジジイの汚ねー乳吸うくらいなら母ちゃんの貧相な乳しゃぶってた方がましだとよ」
「やめてくれません!そのやらしい表現やめてくれません!」
「逃げ切れると思っているのか?こちらにはまだとっておきの手駒が残っているのだぞ」


そうジジイが言った瞬間、向こうの廊下からガキィィン、と金属音が聞こえた。とっさに音の方を振り返ると、真っ二つに裂かれたシャッターがぐらりと揺れて、大きな音を立てて床に崩れ落ちる。その切れたシャッターの向こうから、誰かがやってくるのが見えた。


「盲目の身でありながら居合いを駆使し、どんな獲物も一撃必殺で仕留める殺しの達人… その名も岡田似蔵。人斬り似蔵と恐れられる男だ」


後ろから、ゆっくりと歩み寄ってくるその男は、とても目が見えないようには見えない。床に転がっている人たちを、まるでそこにいるのが見えているかのようにためらいなく踏みつける。そして私たちの前で立ち止まり、ゆっくりと口を開いた。


「やァ。またきっと会えると思っていたよ」
「てめェ…あん時の。 目が見えなかったのか?」
「今度は両手が空いてるようだねェ。嬉しいねェ、これで心置きなく殺り合えるというもんだよ」


そういった似蔵がにやりと笑ったような気がして、全身に寒気が走った。とてもいやな感じがする。…きっとこの人は、人斬りを楽しんでるんだ。


「似蔵ォ!!勘七郎の所在さえわかればこっちのもんだ!全員叩き斬ってしまえ!!」


ジジイがいらんことを叫ぶと、似蔵は刀を構えてじっと銀さんを見据えた。…最初から私たちのことなんて相手にするつもりはないらしい。銀さんの強さを知っていて、それを破りたいと、…殺したいと思っているのが、ありありと伝わる。


「銀さん気をつけて下さい!そいつ居合い斬りの達人です!!絶対に間合いに入っちゃダメですよ!!」


そう新八くんが言ったのが早いか、似蔵はフッと銀さんの横をすり抜けていく。それはほんの一瞬のことだったのに、銀さんの左腕から血がバッとふきだした。


そんな光景を見たのは初めてで、一瞬のうちに頭の中が真っ白になった。自分の口から声が漏れたのはわかったけど、それが何だったのかはわからなかった。銀さんが腕を抑え座り込む姿を確かに捉えているのに、どうしてだか霞んでよく見えなかった。新八くんと神楽ちゃんが銀さんに駆け寄っていく。そしてなぜか長谷川さんが私のところにやってきて、大丈夫か、と何度も言った。落ち着け、といたのも聞こえた。


視界がぼやける。涙?泣いてるの?どうして。…あんなに血を見たのは初めてだから、混乱してるんだ。だって私ちょっと前まで普通の女の子だったんだよ。乱闘とは無縁だったんだもん。血なんて包丁で指切るくらいでしか見ないもん。


銀さんの顔に飛び散った血が、だらりと流れるが見えた。


「!! 勘七郎が!!」


そんな声が真っ白な頭に飛び込んできた。その瞬間我を取り戻して顔を上げると。


「いけないねェ」


似蔵の持っている刀の、柄の部分に勘七郎くんが引っかかっているのが見える。


「赤ん坊はしっかり抱いておかないと。ねェ?お母さん」
「勘七郎!!」


似蔵は柄をジジイのほうに向けた。ジジイは柄から勘七郎くんを抱き上げ、にやりと笑みを浮かべる。


「ククク、さすが似蔵。恐るべき速技…。あとはゆっくり高みの見物でもさせてもらうかな」
「…悪いねェ旦那」


ジジイの言葉をさえぎるように言った似蔵の額からは、いつの間にか血が流れ出ていた。その場にひざをついたまま、流れ出る血を袖口で拭う。


「俺もあの男相手じゃそんなに余裕がないみてェだ…。悪いがさっさとガキ連れて逃げてくれるかね」


完全に似蔵に頼りきっていたジジイは、さすがに焦った顔をした。あわてて背にしていた扉を抜けていく。


追いかけなきゃ。とっさに思うのに、足が動かなかった。腰が抜けた?情けない。でも私の意に反して、足は固まったままだ。こんなところで座り込んでちゃ、完全に足手まといじゃない。…ダメ、こんなんじゃダメなのに。


「新八、神楽…もういいからオメーらはガキ追いな」
「でも!!」
「いいから行けっつーの。いででで」


口元についた血を拭いながら、銀さんは顔だけで振り返る。汗がひどい。平気そうな顔を作ってるけど、平気なわけがない。…だけど銀さんは平然とした声で言う。


「あとで 必ず行くからよ」


その言葉を、信じないわけにはいかなかった。立てない私を長谷川さんがひっぱり起こしてくれて、そのまま担がれるようにしてジジイの後を追いかける。


視界の端で、銀さんが立ち上がるのが見えた。


2008.04.23 wednesday From aki mikami.