Episode 19

相手がいてこそ会話が成立する

Scene.1






万事屋のソファにででんと座った、白いもふもふした物体。うんともすんとも言わないその物体、エリザベスを前に、万事屋は思わず警戒心丸出し。…神楽ちゃん以外は。


「お茶です」


そう言って新八くんはお茶をさしだした。けどエリーは地蔵のごとく固まったまま動かない。反応がない。え、どうしたのこれ?


「…………」
「あの…今日はなんの用で?」


話しかける。が、やっぱり反応なし。…え~っと、なんだこの状況。気まずい、気まずすぎるよ!さながら話題がなくなった中学生のデートだよ!


「…なんなんだよ何しに来たんだよこの人。恐えーよ、黙ったままなんだけど。怒ってんの?なんか怒ってんの?なんか俺悪いことした?」
「怒ってんですかアレ?笑ってんじゃないですか?」
「笑ってたら笑ってたで恐いよ。なんで人ん宅来て黙ってほくそ笑んでんだよ。なんか企んでること山の如しじゃねーか」


そりゃそうだ。とか言って、後ろ向いてコソコソ話してる私たちも何か企んでること山の如しだけどね。


「新八、お前のお茶が気に食わなかったネ。お客様はお茶派ではなくコーヒー派だったアル。お茶くみだったらそのへん見極めろヨ。だからお前は新一じゃなくて新八アルネ~。なんだヨ 八って」
「んなモンパッと見でわかるわけないだろ!!」
「ってか名前否定されたことはいいの…?」
「俺すぐピンときたぞ。見てみろ、お客様口がコーヒー豆みたいだろーが。観察力が足りねーんだ お前は」


ちょっと新八くん、キミの観察力にまで話が及んでるよ。いいのか?というかエリーは飲み物を出されたらどっから口に入れるんだろう。いや、口にいれるっていうんだから口からだろうけどそうじゃなくて!これをお読みの皆様は言いたいことわかりますよね?


「コーヒーです」


そう言って、今度はコーヒーをさしだす。けどやっぱり…


『…………』


反応ねェェェ!!どうすんのコレどうすんのォォ!


「オイ、なんだよォ!!全然変わんねーじゃねーか!」
「いだっ」
「銀さんだってコーヒー豆とか言ってたでしょーが!!」
「言ってません~、どら焼き横からの図と言ったんです~。」
「銀さんアンタホント最低だから」


子供に罪全部擦り付けたよコイツ。ってかどら焼き横からの図ってコーヒー豆と
あんま変わんねーよ!



「ちょっ、もうホントいい加減にしてくんない?なんで自分宅でこんな息苦しい思いをしなきゃならねーんだよ。あの目見てたら吸い込まれそうなんだけど」


うん、そうだね…。私は助け船を求めてフラフラと視線を泳がせる。定春は銀さんの机で気持ちよさそうに目を閉じている。いいなァ。あ、あくびした。その瞬間脇に置いてある電話がなって、私は我先にと電話に飛び付いた。


「はいもしもし?」
『あーそちら万事屋ですかな!!』
「は、はい、そうです…」


やけに声の大きな男の人だ。…耳痛ぇよ。私は受話器を耳から離した。


「ご依頼ですか?でしたら今責任者に…」
『あー、仕事の依頼をしたいので是非ウチに来ていただきたいのですが!!』
「いや、だから責任者に変わりますから」
『何分コチラも仕事がありますゆえ!しかし大変急ぎの用事なのでそちらさえよければ今すぐに来ていただきたい!』
「いや、だから責任者に…」
『えー住所は…『兄者、かわる』オォ、鉄子っ!今電話中…』
『…お電話、変わりました』
「あ…はは…元気なお兄さんですね…はは…えっと、とりあえず責任者に変わりますから…」
『………はい』


よかった、話、通じて!私は銀さんの着物を引っ張って無理矢理手に受話器を握
らせた。話が通じないって、かなしいね。


「あ、ハイハイ万事屋ですけど」


銀さんはさっきの鉄子さんとちゃんと話が通じているらしく、机からメモ用紙を取り出してさらさらとメモをとった(その字はまさに、さらさらって感じで流れるような汚さ。読めない…)。


チンッ、と受話器を置いたので、もう一度銀さんの着物を引っ張った。今から行くの?と聞くとオゥ、と答える。逃げる気満々ですか…。私は銀さんに付いて行くために用意をする。とりあえず財布だけを持つことにしよう。


「新八こうなったら最後の手段ネ。アレ出そう」
「え?いやでもアレ銀さんのだし怒られるよ」
「いいんだヨ。アイツもそろそろ乳離れしなきゃいけないんだから。奴には親がいない、私達が立派な大人に育てなきゃいけないネ」
「おーう、俺ちょっくら出るわ」
「!! あっ、ちょっとどこ行くんですか!?」
「仕事~。お客さんの相手は頼んだぞ」
「ウソつけェェェ!!自分だけ逃げるつもりだろ!!」


という新八くんの声を背中に玄関へ。こんな時季にもブーツの銀さんは履くのに時間がかかるけど、私は前におねだりして買ってもらったサンダルなので銀さんより早く玄関を飛び出した。ああ、助かったー!あの沈黙地獄から抜け出せたー!


「え、なに、お前も行くわけ?」
「行くよん。あー、この解放感!たまんないね!」
「哀れだな、ガキどもが」
「アンタが言いますかィ」
「言う!この際言っちゃう!前々から思ってたけどお前マジ都合よすぎ!」
「世渡りがうまいって言ってください~」
「なァ~にが世渡りだこの腹黒!」
「うるせー天然パーマ!」
「なにをぅ!天然パーマは心が清いんだぞ!純粋ないいヤツばっかなんだぞ!」
「いいヤツは子供見捨てて仕事に出かけたりしません~」
「だって今すぐ来てって言われちゃったんだも~ん」
「かわいこぶんなやキモチワルイ」


そんなことをあれこれ言い合いながら二人で依頼人の元へ向う。なんかこうしてるとはじめて会ったときのことを思い出す。なんて思っていたら銀さんも同じことを思ったらしくて、お前ってはじめて会ったときから俺には冷たいよな、だって。


「だって私女の子好きだもん」
「レズ?」
「いや違うよ。好きになるのは男だよ」
「あーあれだ、やっぱ俺?嫌よ嫌よも」
「好きじゃねーって」
「いやん、ちゃんヒドォイ」
「キモいって」


こういう銀さんを見ていると、平和だな、と思う。…あまりに平和すぎて、私は気づかなかった。またあのはじめてあったときのように、いや、あのときよりずっと大きな事件が、私達を待っていることに。


Scene.2


ガァン ガァン
ガァン ガァン


ものすごい金属音が聞こえる。ってか何、この音!声をかけても全然反応がなかったので、取りあえず入り口をのぞいてみたら、多分さっきの電話の二人っぽい人が鉄を打っている。…何のお店?


ガァン ガァン


「あの~すいませ~ん、万事屋ですけどォ」


ガァン ガァン


うるさい。ってか客来るって分かってるなら仕事やめろよ…。


「すいませーん万事屋ですけどォ!!」
「あーーーー!!あんだってェ!?」
「万事屋ですけどォ!!お電話いただいてまいりましたァ!」
「新聞ならいらねーって言ってんだろーが!!」
「バーカバーカウンコ!!どーせ聞こえねーだろ」
「ちょ、銀さっ… わっ!」


やめなよ、と言う前に男の人が持っていた金槌が銀さんの顔面に直撃。…うーん、クリーンヒット。ってか狙った?狙ったよね?狙ってやったよね?ぷしゅるるるー。とかわけの分からない効果音を(自分で)つけながら、銀さんはパタン、と後ろに倒れた。いや、そんなことしなくてもいいけどね。大丈夫、アンタならそんくらいの金槌攻撃平気だって!


Scene.3


銀さんの顔面金槌でようやく私達に気づいてくれた二人は、私達を囲炉裏のある部屋に通してくれた。その二人と向かい合うように、銀さんの左側に座る。


「いや、大変すまぬことをした!!こちらも汗だくで仕事をしているゆえ手が滑ってしまった、申し訳ない!!」
「いえいえぜってーきこえてたよコイツら」
「申し遅れた、私達は兄妹で刀鍛冶を営んでおります!私は兄の鉄矢!!そしてこっちは…」
「………」
「オイ、挨拶くらいせぬか鉄子!名乗らねば坂田さんお前を何と呼んでいいかわ
からぬだろう鉄子!!」
「お兄さん、もう言っちゃってるから。デカい声で言ってるから」
「すいません坂田さん!!コイツシャイなあんちきしょうなもんで!」


あんちきしょうって表現、どうよ。と、心の中でひそかに突っ込んでおく。堂々とつっこむと顔面金槌になりそうだから。


「それにしても廃刀令の御時世に刀鍛冶とは色々大変そうですね」
「でね!!今回貴殿に頼みたい仕事というのは…」
「オイ、無視かオイ。聞こえてなかったのかな…」


…やっぱり、さっきの電話はこの人だな。と思ったけど、それは銀さんには言わないでおく。何しろ口をはさむ隙間がない。人の話を聞かない人は困ります。がんばれ銀さん!


「実は先代…つまり私の父が作り上げた傑作「紅桜」が何者かに盗まれましてな!!」
「ほう!「紅桜」とは一体何ですか?」
「これを貴殿に探し出してきてもらいたい!!」
「アレェェ!?まだ聞こえてないの!?」
「紅桜は江戸一番の刀匠とうたわれた親父の仁鉄が打った刀の中でも最高傑作と言われる業物でね、その鋭き刃は岩をも斬り裂き、月明りに照らすと淡い紅色を帯びるその刀身は夜桜の如く怪しく美しい、まさに二つとない名刀!!」
「そうですか!スゴイっすね!で、犯人に心当たりはないんですか!?」
「しかし紅桜は決して人が触れていい代物ではない!!」
「お兄さん!?人の話を聞こう!?どこ見てる?俺のこと見てる!?」
「なぜなら紅桜を打った父が一ヶ月後にポックリと死んだのを皮切りに、それ以降にも紅桜に関わる人間は必ず凶事に見舞われた!!あれは… あれは人の魂を吸う妖刀なんだ!!」
「オイオイちょっと勘弁して下さいよ、じゃあ俺にも何か不吉なことが起こるかもしれないじゃないですか!!」
「坂田さん、紅桜が災いを呼び起こす前に何卒よろしくお願いします!!」
「聞けやァァァ!!コイツ、ホントッ会ってから一回も俺の話聞いてねーよ!!」
「…兄者と話す時は、もっと耳元によって腹から声を出さんと…」
「えっ、そうなの、じゃ… お兄さァァァァァァん!!あの…」
「うるさーい!!」


Scene.4


ところかわって、こちら江戸の町。私達は取りあえず質屋をめぐってみた。ちなみに銀さんは鉄也さんにうるさーい!!っていってぶん殴られた後、すいませんと謝られはしたものの一度も話を聞いてもらえず、つまりは会話にならず、諦めてじゃあ捜しに行ってきます、的な感じで鍛冶屋を出てきたのだった。話が通じないって、かなしいね。あれ、デジャブ。


色々歩き回っているけれど収穫はなし。銀さんの読みだと犯人は金目当てで、さっさと売り飛ばされてるだろう、ってことだったんだけど…。ヒットなし、かすりもしない。紅桜のべの字もない。


「どーすんの銀さん。見つからないじゃん」
「どーすっかなァ。ぜってー売り飛ばされてると思ったんだけどなー。っつーか刀盗んでそれどうするよ?普通売るだろ?それしかねーだろ」
「使うのかもよ?」
「バッカ、お前廃刀令の御時世に真剣使う場面なんかあるかよ」
「攘夷浪士とかは?」
「あいつらはアレだ、物を盗み出すなんて高尚な頭脳はない!」
「盗み働くことのどこが高尚だよ」
「ハァー、あとどっかあったかァ?妖刀売ってそうなところ」
「通販?コレとセットで」
「通販ねー。確かにコレは通販…ってェ!なんで俺が木刀通販で買ってるってしってるわけェ!?」
「だから読者だって言ったでしょうが」
「あ、そうだっけ」
「そうだってば。ってかどうすんの銀さん!」
「んー、どうすっか。あーどっかに落ちてねーかなー」
「いや落ちてるわけないでしょ」
「そうだ!リサイクルショップへ行こう!」
「え、ちょ!なにその そうだ、京都へ行こう!的なノリ!リサイクルショップに妖刀があるかっての!」
「あるかもしれないよ。もしかしたら盗んだやつがチョーバカかもしれないじゃん」
「アンタがチョーバカだわ」


―――………ってことで、いきなりですが所変わって、リサイクルショップ地球防衛基地。前に銀さんが扇風機を買いに行って地球防衛してきたとか何とかくだらないウソつくなよとか思ったけどホントにあったのねこのお店。


ってことでお店に入って、中にいたお姉さんに妖刀ねーかな、と聞く銀さん。オイオイ。


「妖刀?そんなもんリサイクルショップにあるわけないだろ」
「いやいや、通販で妖刀買える時代だからな~」
「アンタのはそれ紛いもんだろ」
「紛いもんでも本人が名刀だと思ってりゃ名刀なんだよ」


そういって、銀さんは鼻眼鏡を手に取った。…って、何で鼻眼鏡!?


「色々質屋回ったがどこにもなくてな。…てっきり売り飛ばされてると思ったんだが、金目当てじゃねーってことは…」
「あんたの捜してるその妖刀ってヤツかどうかは知らないけどね。面白い刀の噂は耳にしたよ」


そういって、お姉さんが煙管をふかす。


「近頃ここいらで辻斬りが流行ってんのは知ってるかィ?まァ出逢った奴はみんな斬られちまってんだが、遠目で見た奴がいるらしくてね、そいつの持ってる刀が…刀というより 生き物みたいだったって」


…生き物?刀が、生き物?何それ。ワケわかんないですけど。


私がぼんやりしていると、銀さんは鼻眼鏡をかけたまま(かけたんかい!)私の頭をぽんと叩いてきた。黙って見上げると、鼻眼鏡をお姉さんの前において、そーかい、と言いながら出口へと向かう。


「ありがとよ」


そう一言言い残して外へ出る。私はその後姿を急いで追いかけた。


Scene.5


「ちょ、せまいんですけど!」
「我慢しろよ俺だって狭いんだぞ!」
「別に、わざわざおんなじのに入らなくても…」
「コレしか隠れられるもんなかったんだからしょーがねーだろーが!」


…私達は何を言い合っているかというと、実は辻斬りを待ち構えようという話になり、だったら一番多く死体が発見されている橋あたりがいいだろうということになり、どこかに隠れていたほうがいいだろうということになり、でも隠れられそうなものがこの大きなゴミ箱しかないので二人で入ろうということになり、………今に至る。


「だからお前は先に帰れっていったろーが!」
「なんでよ、銀さんが怪我したら誰かが連れ帰らないと大変じゃない!」
「俺はそんなヘマしねーよ!」
「毎日がヘマしてる人に言われたかないよ」
「毎日がヘマって何!?ってか何で俺の人生そんなグダグダにされてんの!?」
「うるさいなぁ。っていうかこんだけ大声でしゃべってたら隠れてる意味ないじゃん!」
「って思うんなら静かにしろよ」
「オメーがな」
「なんだとォォォォ!!」


まったく大人気ないなァ。銀さんは頭に怒りマークを浮かべてぶつぶつ言っている。つーか、静かにしろっての。


「ったくよォ、ふつーはうら若き男女がせまーい所に入ってたら、いやん、みたいな空気になるだろーが」
「ならねーよ」
「…まァ、いやんまで行かなくてもさァ、こう甘ーい空気が流れるもんじゃねーの?」
「流れないし、銀さん若くないじゃん」
「失礼な!俺まだピチピチの二十代よ!」
「そんなこと言って。三十路はすぐそこだよ」
「人間気持ちが若けりゃ年なんて関係ないんだよ」
「さっきといってること違うけど」
「うっせーな。なんかもっとないのかよ。銀さんvとか甘い声で擦り寄ってくるとかさァ。恐いわ、とか言って抱きついてくるとかさァ」
「ない」
「ヒデェ!」
「つーか銀さんやだ」
「…………やだ?」
「…え、何?」


いきなり銀さんが暗くなったからビックリして顔を上げると、触れ合った肩にコチンと頭をもたげてくる。……あれ、もしかして落ち込んだの?


「…ホントに、やだ?」
「え?そ、それは…」


いや、じゃない…けど!でも、そう正直に言うのは気が引けて言葉を濁す。銀さんはなんか知らないけど、どうなの?とか言って顔を近付けてくる。


「なァ、どうなんだよ」
「は…どうって言われても…」
「やなのかやじゃないのか…返答次第じゃ銀さん黙ってないけど」
「え………と…」


え…なにこれ。どうしたらいいの私。なんて考える余裕もないくらい顔が近い。元から近いけど、もっと近い!


「いやじゃない…です」


そういうと、銀さんはそれはもうにっこり笑って、いきなりぐぎゅっと私を抱き締めた…って、抱き締めたって何!抱き付き魔ですかアンタは!


「ぎぎぎぎぎんさんっ!私達は今仕事を…」
「気にしない気にしない。人間ってのはメリハリさえしっかりしてりゃ大丈夫なんだよ。そのへんは銀さん得意だから任せとけ。それによ、この方がコンパクトだろ?…っと、ホラ、こっち向いて」


そう言って、なんかクルッと回転させられる。…背中、あついんですけど、首に天パがこちょばしいんですけど、ってか、恥ずかしいんですけど!ってかメリハリ得意って、普段ちゃらんぽらんな証拠じゃん…。


「ねェ、銀さ…」
「シッ!静かに」


突然右手で口を塞がれる。もががが、苦しい、息がっ…!
………あ、鼻ですりゃいいんじゃん。


「エリザベス先輩ィィ!待ってくださいィィ!!」


そう聞こえて来たのは新八くんの声。え、エリーと一緒?


「本気っスか、辻斬りに会おうだなんて!」


新八くんの声だけが響いている。まァエリーしゃべらないしね…あれ、しゃべるんだっけ。でも基本はボードだしね。ってか新八君しゃべり方ちがくね?


「そんな、無茶っスよ、僕たちだけなんて!せめて銀さんを待って… いや、確かにそうですけど」


確かになんなんだろう?まァあんな糖分中毒あてにできないんだよ!的な言葉だと思われる。


そんなことを考えていると、ヒュ、ブォォ、みたいな風切り音が聞こえて、新八くんはヒィィ、と甲高い声をあげた。なんか殴られかけたとか蹴られかけたとか斬られかけたとかそんな感じだと思われる。


「ヒィィィ!わかりました!わかりましたから斬らないで!」


あ、斬られかけたんだ。納得していると、新八くんはじゃあ行って来ます!とか言ってたたたたたた、とその場を去っていった(たぶん…)。逃げたか?いや、おつかいか?


私はまだ口を塞いだままの銀さんを見上げた。目が合うと逆の手で口元に指をたてる。しゃべるなって?なんで。不満そうな私がわかったのか、銀さんは少し目を細めると、自分の耳を指でトントン、とたたいた。耳打ちしろってか。


『…エリーたちなら隠れる必要ないじゃん』


ほとんど息だけでしゃべるくらい声をひそめる。それを聞いた銀さんはニヤリと笑った。


『こんなとこ見つかりたい?』


そう言って、わざとらしく頬に唇を寄せる。…見つかりたいわけないだろこのドSがっ…!


小さく首をふる。すると銀さんはそれは満足そうに笑って、両腕できつく抱きしめられた。


っていうか、この質問って銀さん的にはどっちでもいいんだ。と今さらになって気づく。私がはいと言ったら新八君たちと合流して辻斬りを待てばいいだけだし、いいえと言えばこのままいればいいだけ。なんて意地悪な…こんなところまで計算されているとはさすがドS…。


取りあえず二人がさっさと諦めることを祈ろう。で、悔しいから思い切り体重かけてよっかかってやろう。ということで銀さんを圧迫死させる気持ちで(気持ちだけだけど)寄りかかったら、なんか勘違いしてしまったらしく嬉しそうに笑っていた(キモッ)。


それにしても、さっきからなんか、しょりしょり聞こえるんですけど。この音はなんか、聞き覚えがある。…そう、包丁を研ぐ音。包丁?包丁で辻斬りと戦うの?いやそんなわけあるか。多分エリーが刀を研いで…って、エリーって刀使うの?それにしても微妙にあったかいこの温度に、規則的なこの音。真っ暗な空間。…あァ、昨日本読んでたからなぁ。


しょり しょり しょり しょり しょり

しょり しょり しょり しょり

しょり しょり しょり

しょり しょり

しょり

しょ…

し…


「――――ッ!」


は!と顔を上げると、銀さんがあわてて口をふさいだ。…って、アレ、私寝てた?え、ウソ。なんかしょりしょり聞いてると、気が遠くなって…


『私、寝てた?』


そう耳打ちで聞いてみると、うん、と首をたてにふる銀さん。起こしてよ、と言い返すと、可愛かったから、なんて。またアンタは心にもないことを…!!


いったいどれくらい寝てたんだろうか。とか考えていると。


「ちゃーす、エリザベス先輩!!焼きそばパン買ってきましたァ!」


そう新八くんの声が聞こえた。ってことは、そんなに長いこと寝ていたわけじゃないらしい。それにしても銀さんに寝顔を見られるなんて一生の不覚だ。


「いや、コロッケパン売り切れてたんでェ、似たようなヤツ買ってきましたァ、すみませんッス」


あ、コロッケパン頼まれてたんだ。そしてなかったから別のを買ってきたんだ。何かな、焼きそばパンとか、ソーセージパンとか?メンチカツパンってのもあるよねそういえば。


「どうっスか?辻斬りの奴来ましたか、でもやっぱり無茶じゃないッスかね、辻斬りに直接桂さんのこと聞くなんて。まだ犯人が辻斬りって決まったわけじゃないし」


新八くんの声が少し近づいてきた。すると、またさっきみたいな風切り音が、ブォォォ、と聞こえてくる。多分、また斬られかけたんだろう…哀れ、新八君。


「ぎゃああああ!!何すんですかァァ!?ちょっとォォォ!!  うるっさいよ!!どっちが前だか後だかわからん体してるくせに!!」
「オイ」


突然新八君とは別の声が聞こえて驚いた。誰?私が寝てる間に誰か新しいメンバーでも来てたの?それとも辻斬り?銀さんも小さく息を呑むのが分かった。


「なにやってんだ貴様らこんな所で?怪しい奴らめ」
「なんだァ~奉行所の人か、ビックリさせないでくださいよ」


あ、なんだ。辻斬りじゃないんだ。ほっと胸を撫で下ろす。だけど銀さんはあまりほっとしてないみたい。…どうしてだろうか。


「ビックリしたじゃないよ何やってんだって聞いてんの。お前らわかってんの?最近ここらにはなァ…」


声が途中で途切れた。ドチャ、と湿った音がして、それからまるでシャワーが吹き出るような、ブシャァァという音が聞こえた。


「辻斬りが出るから危ないよ」


そんな声が、頭上で聞こえた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ」


新八君の叫び声。打撃音。倒れる音。


「エリ… エリザベスぅぅ!!」


その瞬間、私を包む温もりが薄らいだ。左手ですばやく蓋を跳ね開け、振り下ろされた刀を弾き飛ばす。


「オイオイ、妖刀探してこんな所まで来てみりゃ」


私を離して立ち上がる。…私はまだゴミ箱のなかで、ぼんやりとそれを見上げていた。


「どっかで見たツラじゃねーか」


その声に、初めて辻斬りを振り返る。笠を深く被ったその人は、確かに見覚えがあった。


「ホントだ」


辻斬りの声が、低く響く。どこか楽しそうに。顔を隠す笠をとるその動作が、やけにゆっくりして見えた。


「どこかで嗅いだ匂いだね」
「あ、あんたは!」


   なんかこうしてるとはじめて会ったときのことを思い出す。


確かに昼間、私は思い出した。はじめてあったとき、ボケたりつっこんだりしながら二人で長い距離歩いたな、と。はじめてあったときと今日はなんだか似てるな、と思った。…でも、こんなところまで同じじゃなくてもいいのに。悪いことまでわざわざ起こらなくてもいいのに。




似てるな、なんて思ったことを、少しだけ後悔した。



「斬り…人斬り似蔵ォォ!!」


2008.06.13 friday From aki mikami.