Episode 21

自分の気持ちが一番見えにくい

Scene.1






「何の御用で?」


そう声を掛ける妙ちゃんに答えた声は、気弱な女の子の声だった。


「………あの…あれ…」
「あのォ、銀さんなら今は…」
「ここにいるぜー」


そう言って銀さんは妙ちゃんの横から顔を出した。なるほど、どっちかなァと言うのは兄か妹かという話だったようだ。


「おー入れや。来ると思ってたぜ」
「…………」


銀さんの言葉に、鉄子さんは驚いたような顔をした。こんなボロボロになってるくせにこんな明るかったら、たぶん私もビックリすると思う。


妙ちゃんがドアを開けて、鉄子さんを招き入れる。もしかして、何か話しに来てくれたんだろうか?でも新八くんが今朝方顔を出しているはずなのに…


そんなことを考えながら、私は銀さんの肩を支えていた。リビングの二人掛けソファに座らせて、私はそのななめ後ろに立つ。すぐ出掛けられるように準備は整える。お前どっか出掛けんの、と聞かれたから、お昼の買い物、と答えておいた。銀さんの隣に妙ちゃん、正面に鉄子さんがすわると、銀さんが軽い調子で口火をきった。


「本当のこと話に来てくれたんだろ」


本当のこと。聞きたいことをかなり端的にまとめたその言葉に、鉄子さんは小さく頷いた。


「この後に及んで妖刀なんて言い方でごまかすのはナシだぜ。……ありゃなんだ?誰がつくった、あの化け物」
「…紅桜とは」


ゆっくりと、重い口が開いた。


「私の父が打った紅桜を雛型につくられた、対戦艦用機械起動兵器。「電魄」と呼ばれる人工知能を有し、使用者に寄生することでその身体をも操る。戦闘の経緯をデータ化し学習をつむことでその能力を向上させていく、まさに生きた刀」


聞いたこともない用語が飛び交って、話を飲み込むだけで精一杯だ。でも、それは妖刀なんかではない、人の手によって造られた強力な兵器だと言うことはわかる。


「…あんなもんをつくれるのは、江戸には一人しかいない」


そう言うと鉄子さんは深く頭を下げた。銀さんの前に、厚みのある封筒を差し出す。銀さんが中身をのぞく横から盗み見ると、一万円札が束になってはいっていた。


「頼む、兄者を止めてくれ。連中は…高杉は…紅桜を使って、江戸を火の海にするつもりなんだ」


………やっぱり、高杉。改めてその名前を聞くと体が強張った。銀さんも大方の予想がついていたらしく、さして驚きはしなかった。


「なるほどね、高杉が…。事情はしらんがオメーの兄ちゃん、とんでもねー事に関わってるらしいな。で?俺はさしずめその兄ちゃんにダシにつかわれちまったわけだ。妖刀を捜せってのも要はその妖刀に俺の血を吸わせるためだったんだろ。それとも俺に恨みをもつ似蔵に頼まれたのか…いや、その両方か」


本当に一から十まで同じことを考えていたらしい。それにしても、私が一晩かけて考えたことを、目覚めてから今までで考え至るなんて。やっぱり銀さんは頭がいいんだろうと妙なところに感心した。けど次の言葉に、私は軽い失望を覚える。


「にしてもひでー話じゃねーか。お前全部しってたんだろ?兄ちゃんの目的をしったうえでだまってたんだろ。それで今さら兄ちゃんを何とかしてくれって?お前のツラの皮は月刊少年ジャンプ?」
「…スマン、返す言葉もない。アンタの言う通り、全部しってた…。だが…事が露見すれば兄者はただではすむまいと…今まで誰にも言えんかった」
「大層兄思いの妹だね。兄貴が人殺しに加担してるってのに見て見ぬフリかい?」
「銀サン!」
「………」


銀さんらしくない言葉だと思った。銀さんならきっと、なんだかんだいいながらもいますぐ出発するだろうと思っていたのに。


「…刀なんぞは所詮人斬り包丁だ。どんなに精魂こめて打とうが使う相手は選べん。死んだ父がよく言っていた。私達の身体にしみついてる言葉だ」


何の話かと思った。身の上話?でもそうじゃない。こういう人は、意味のないことはしゃべらないものだ。


「兄者は刀をつくることしか頭にないバカだ。父をこえようといつも必死に鉄を打ってた。やがてより大きな力を求めて機械まで研究しだした。妙な連中とつき合いだしたのはその頃だ。……連中がよからぬ輩だということは薄々感づいていたが私は止めなかった。私達は何も考えずに刀を打っていればいい、それが私達の仕事なんだって……。」


膝の上に置かれた鉄子さんの手が、強く握られる。声が少し震えている。


「わかってんだ、人斬り包丁だって。あんなモノはただの人殺しの道具だって…わかってるんだ。…なのに、 悔しくて仕方ない。 兄者が必死につくったあの刀を…あんな事につかわれるのは、悔しくて仕方ない。…でももうことは私一人じゃ止められない所まで来てしまった。どうしていいかわからないんだ…私はどうすれば…」
「どうしていいのかわからんのは俺の方だよ」


鉄子さんの言葉をさえぎって、銀さんが言った。


「こっちはこんなケガするわツレがやられるわで頭ん中グチャグチャなんだよ。」


そういって、鉄子さんがもってきたお金の封筒を机に投げつける。


「オラッ、こんな慰謝料もいらねーからよ。さっさと帰ってくれや。もうメンドくせーのは御免なんだよ」


冷たく言い放って、和室に戻っていく。…鉄子さんは、その後姿を黙って見送っていた。立場上、文句なんて言えるはずもない。…でも、ちょっとひどいんじゃないの? そう思って、銀さんの後を追って和室に入る。…けど、そこで私はすぐに思い直すことになる。


「…なんだよ」


布団に横になった銀さんは今にもここを飛び出していきそうな顔をしていた。どんな顔だよと言われると返答に困るけど、一目見てそう直感した。さっきの言葉がウソだったわけではないだろう、でも、それ以上に今すぐ出て行きたいと思っている。


…こんなことを言ったら怒られるかもしれないけど、正直少し安心していた。


他人のことばかり気にしすぎな銀さんでも、あんな風に思うことがあるんだってこと。それに、それでもやっぱりこういうとき、他人を放っておけないんだってこと。


「…銀さん、バイク借りるね」


それだけ言い残して、私は和室を飛び出した。後から銀さんがオイ、というのが聞こえたけど、今はそれを聞いてられない。…早く鉄子さんを追いかけないと。それに新八君とも合流しないと。


私はリビングにある銀さんの机からバイクの鍵を持ち出して、あと押入れからビニール合羽を出してきて家を出る。バイクでかさってワケには行かないもんね。


雨は、朝方より雨脚が弱まっている。テレビでは昼過ぎまでにはやむだろうと言っていたけど、本当にそうなんだろう。


急いでバイクを出してきて跨る。こっちに来てからは銀さんの後ろに乗るだけだったから、自分で乗るのは久しぶりだ。もしかしたら向こうと勝手が違うんじゃないかと心配になったけど、その辺はさすが銀魂と言うべきか、全然問題はなかった。途中がらりと窓の音がして上を向くと、銀さんが窓から顔を出して、銀さんハンバーグが食いてーぞコノヤロー!というので、わかったから寝てろコノヤロー!と言い返してやった。


確かこっちのほうだったかと思い出しながら、バイクを発進させた。


Scene.2


鉄子さんに追いついたのは鍛冶屋のちょっと手前くらいだった。追いついて第一声、これ入れたのは貴方ですか、と言われて紙を差し出されたので、それは私じゃなくてうちのバカが入れました、と返した。まったくこんなのいつの間に書いていつの間に入れたんだか。


「でもバイク借りてきちゃったから来ないかもしれないねー。まァでもあの怪我じゃ自分で運転なんてできないかな」
「…本当に、申し訳ないことをした」
「そうだね」


私の言葉に、鉄子さんははっとして振り返った。


「貴方のしたことは悪いことだと思う。…本当にお兄さんが大切なら、もっと早くに止めてあげるべきだったと思う」
「…」
「でも、そんなこと今さら後悔したって遅いよ。後悔したからって時間が戻せるわけじゃない。…だから、今できる最善のことをすればいいじゃない。謝る暇があったら、お兄さんを説得する言葉でも考えようよ。…って、うわ、私何言ってんの、ごめんなさい!銀さんのりうつったかな…」
「…貴方は」
「ん?」
「……貴方は、どうしてきたんですか」


鉄子さんが私を振り返る。どこか探るような目をしている。


「…どうしてって、新八くんが…」
「今朝来ました…でも、貴方もあの人も、ひどい言い方だけど、今回のことには全然関係がない。なのに貴方もあの人も、こうやって私の元にやってきた…それは、どうしてですか」
「関係ない…かな」


そういわれればそうのような気もする。でもそんなこと少しも考えてなかったし、改めて考えてみてもよくわからない。


「貴方は、銀さんの恋人なんですか?」
「え!ちちちち、違いますけどっ…!」
「……違うんですか?」
「違います!断じて違います!」
「じゃあ…銀さんのことが好きとか?」
「えっ!!」


私が、銀さんを好き?そんなバカな!私は今、好きな人はいない…はず、だし…そりゃあ銀さんは大好きだけど新八くんや神楽ちゃんも大好きだし…


…でも、正直なところ、銀さんへの「好き」はそうじゃないところもある気がしていて、だからこそ答えに困ってるんだ。だって銀さんいきなりキスとかしてくるし、すぐ抱き付いてくるし、告白だっていきなりで、…あー、もう!考えてたらイライラしてきた!告白するんならもっとロマンチックな場所選べやバカ!…まァ、私も人のこと言えなかったか。


「…あの?」
「う、あ、ごめんなさい…あの、とりあえず私たちは家族みたいなもんだからってことで…許してもらえます?」
「家族…」
「………銀さんって、ホントの家族がいないから。たぶん亡くなってるのかな?わかんないんだけど、とにかく今は万事屋で一家族みたいなもので…やっぱ家族が困ってたら助けるのが普通じゃないですか?」
「………家族が困ってたら」


私の言葉を繰り返した鉄子さん。たぶんお兄さんを思い出したんだろう、少し沈んだ表情になった。


「お兄さんなら大丈夫ですよ!鉄子さんがちゃんと説得すれば…鉄子さんの言葉がちゃんと届けば、止められますよ」
「そう…ですね」


そう言って、フワリと笑う鉄子さん。よかった、こんな拙い言葉でもちゃんと伝えられたみたいだ。


私たちは、お兄さんや高杉の話をしながら鍛冶屋へと歩いた。


Scene.3


鍛冶屋について少しすると、雨は小降りになった。たぶんもうじきやむだろう。うすい雲の切れ間から陽の光が柔らかくさしてきた。…あの梯子が、みんなを無事に導いてくれたらいい、なんてくさいことを思ってみたり。


そんなことを考えていると、いきなりポコンと頭をたたかれた。


「なーに黄昏てんだ」
「銀さん…!」
「っつーかなんでお前ここにいるわけ?」


そう言って、私の隣りに並ぶ銀さん。


「ちょっと、来たんなら早く行きましょうよ。私たちにはのんびりしてる暇なんて…」
「まァ待て。すぐ済むからよ」


その目は窓の外をとらえていて、何を考えているのか分かりづらい。


「返事、いらねーから」
「え…?」
「そういうつもりじゃねーんだ。ありゃただ伝えときたかっただけだ。断るんなら断ってもいいけどよ、言いづらいんだったら言わなくていいぞ」
「…」
「お前を困らせんのは嫌だからよ。ってもう困ってっか?ま、どっちにしても聞かねーから。なんなら忘れてくれていい」
「そんな…忘れられるわけ…」
「ねーよなァ。でも、あんま意識しないでくれや。気まずくなんのは嫌だし、アイツらも気ィ使うだろーしな。あ、いー方に意識してくれんだったら全然大歓迎だけどな!」
「…そう、だね」
「さ、ちゃんが納得したところで行くかァー」


言いながら肩をならした銀さん。お腹の傷が痛んだらしくていでで、とか言っていたけど、表情は普段と変わらない気の抜けた顔だった。


「ごめんな、


そう言って、部屋を出て行く銀さん。…その姿を見ながら、私は思った。


どうしてあの人はあんな風にいられるんだろうか。逆の立場だったらきっと泣いてしまうに違いないのに。銀さんは文句を言うどころか、私を困らせたくない、なんて。…そんなことまで考えてくれるのは、私を好きでいてくれてるから?


…私だって、もう銀さんを困らせたくない、傷つけるのも、気を使わせるのも、心配かけるのもいやだ。こんなわがままでダメな私なんて放って、もっとかわいくて素敵な人を選べばいいのに。


…でも、本当は思ってる。そうして欲しくないって。銀さんが私を見ててくれるのが心地良い。そばにいてくれると安心する。だらしないときだって、頼りにされるのが嬉しかった。


「………き」


そう、これが、他のみんなとは違う気持ち。
部屋の向こうに消えてしまった銀さんに、聞こえないように呟いた。


「…すきだよ」


…なにがわからないだよ。もうとっくの前に好きだったんじゃん。だけど十四郎にフラれてすぐ好きになったら、とか、他にも色々余計なこと考えて、素直に好きだって思えなかったんだ。


…それに、私は十四郎のとき思い知った。この世界でどんなに恋をしても、私はいつか帰らなきゃいけないんだ。報われたって報われなくたって、いつかはお別れしなきゃいけないんだ。だから恋なんてしないって、そんな風に頑なに考えて。


…でも、それじゃあ私はどうしたらいいんだろう?好きだけど報われない、それを私は、銀さんになんて言えばいいの?


返事、いらねーから


ふとその言葉を思い出した。…そして、わかった。その言葉の本当の意味が。


銀さんは、ここまで見通してたんだ。私がいつか帰るだろうことを承知で、そしてそれで困ることまでわかってて、返事はいいって、言ったんだ。さっきのごめんはそういう意味だったんだ。


だったら、私が返事を返すことは銀さんを裏切ることになるんじゃないだろうか。そんな風に思うのは、本当は私がもう傷つきたくないから。やっぱり、私は卑怯だ。いつか別れるってわかってるから、かなしい思いをするってわかってるから、このまま何も言わないでいたいと思ってしまう。


…でも。そこではたと思い出した。


私が十四郎に告白した理由はなんだった?銀さんが私を好きって言ってくれた、その理由はなんだった?


俺も、もう後悔はしたくねーなァ。 …もう二度と、後悔なんてしたくねェ


…そうだ。私は後悔したくないから十四郎に気持ちを伝えた。銀さんも、後悔したくないから伝えてくれた。そして私も、後悔なんてしたくない。


「………銀さん!」


私は部屋の戸を開放って叫んだ。銀さんの姿はそこにはなくて、たぶん外にいるだろうと見当をつけて後を追いかける。


「銀さん銀さん銀さーん!」
「オイオイオイ、なんだよその熱烈銀さんコール!」
「私っ…!」


好きだよ!そういいかけたとき、銀さんの後ろに鉄子さんがいるのに気がついて急に恥ずかしくなった。っていうか、この状況がすでに恥ずかしいんですけど…。


「なんだよ、チョメチョメな話なら二人っきりで…」
「ちちちち、ちが!」
「あの…取り込み中すまないがそろそろ出発しないか…?」


遠慮がちに鉄子さんがいうので更に恥ずかしさが倍増する。ってか、私はでっかい声でなんてことを言おうとしてんだ…。


私は鉄子さんの言葉におとなしく従って、銀さんのバイクに跨がった。銀さんが後ろに乗せろっていうから拒否したら、素直に鉄子さんの後ろに乗るらしい。…そんなこんなで、私たちは高杉たちの元へ急ぐのだった。


Scene.4


バイクの向かう方向は、やはり神楽ちゃんが書き残した地図の方角だった。それにしてもあの二人ノーヘルなんだけど。いいわけ?なんて思っていると上空の船からドンパチ音がする。


「オイオイオイオイ、なんかもうおっ始めてやがらァ。俺達が行く前にカタつくんじゃねーのオイ」
「使いこんだ紅桜は一振りで戦艦十隻の戦闘力を有する。あんなもので止めるのは無理だ」
「規模がでか過ぎてしっくりこねーよ。もっと身近なもので例えてくれる?」
「オッパイがミサイルのお母さん千人分の戦闘力だ」
「そんなのもうお母さんじゃねーよ」


確かに。っつーか人間ですらねーよ。まァお母さんは毎日台所という戦場で戦ってるけども。


「…コイツを」
「?」


鉄子さんが前を見たまま銀さんに刀を差し出す。


「何コレ?」
「私が打った刀だ。木刀では紅桜と戦えない…使え」
「…刀はいいけど何コレ、この鍔の装飾?ウン…」


ドガガシャ


銀さんは無惨にもバイクから振り落された。まァ、自業自得だわな。この人は言葉をオブラートに包むってことが出来ないから。


「ぐおぉぉぉぉぉ、てめェェェ、何しやがんだ…」
「ウンコじゃない、とぐろを巻いた龍だ」
「てめェ、俺がウンコと言い切る前にウンコと言ったということは自分でも薄々ウンコと思っているという証拠じゃねーか」


いやそうかもしれないけど、ハッキリ言うなよ。カッコいいと思うよ、あの装飾!まァ、チョットウンコに見えなくもないけども…。


「…あの」


鉄子さんの隣にゆっくり止まった私。すると控え目に声を掛けられたので、はい、と答える。


「これを…」
「え…?」


渡されたのは、小太刀だった。え、なにこれ切腹しろってか?


「さっき銀さんが…なんでもいいから武器渡してやってくれって…」
「え?」
「ずーっと俺がついてられるって保障もねェだろうが。それじゃなくても高杉はお前にご執心みてーだしな」
「え…?」
「似蔵が言ってたろーが。お前を殺せねぇって」
「…あ、うん」
「お前は戦ったことねェだろうから、それでとりあえず命だけ守っとけ。そしたらあとは俺が助けっから」
「う…うん…」


私のことを心配してくれてるらしい。ちょっと嬉しくなって笑ったら、ヘルメットの上からポンポンと頭をたたかれた。


そんな緊張感のかけらもないことをしていると、高架下からばたばたと人の走る音がする。ついでにエリザベスさん!と言う声も。二人で高架下をのぞくと、そこには数人の攘夷志士、そしてその中心に、ヅラのヅラをかぶって似たような着物を着たエリーが刀を持って立っている。


「エリザベスさん!!」
「船の用意ができました!」
「しかしホントに行くんですか!?」
「既にこちらの船は二隻も落されてるんですよ!ロクな銃火器も積んでおらんのに!!」
「一体奴らどんな恐ろしい兵器を所持しているか!!」
『ガキどもを助けなきゃ アレを死なせたら桂さんに顔向けできん』


ガキどもと言うのはたぶん、新八くんと神楽ちゃんのことだ。…銀さんの表情が、一瞬強張った。


「顔向けもなにも、桂さんはもう…」
『感じるんだ。あの船からなにか懐かしい気配がする』
「エリザベスさんまさかっ…!」
「それって…ウソォ、マジで!」
「こうしちゃいられねー早くあの船に!」
「エリザベスさんの勘はよく当たるんだ!こないだも俺競馬で…」


そんなことを言いながら去っていく攘夷派の人たち。どうやらエリーの野性的第六感はヅラが生きていると感じたらしい。よかった、とホッとしたけれど、その余韻を楽しむ暇は私たちにはなかった。


私は出来るだけ大きな声で、エリーに向けて叫んだ。


「オォーイ、エリーーーー!!」
『!!』
「私たちも乗せてェェェェェェ!!」


手を振ると、ピタリと動きが止まった。何やら考えているらしい。銀さんが待ちきれずに乗せてけコラァァァ!と叫ぶと、エリーはボードで『早く来い』って。さすがエリー!


私達は急いでバイクを発進させた。


Scene.5


私たちが高杉たちのいる船に乗り込んだとき、砲弾が船を直撃して大きな爆発が起きた。そのとき、似蔵とそれに鉄也さんがどこかへと逃げていくのが見えたので、私達は急いでその後ろを追いかける。探す手間が省けてラッキー、みたいなことを銀さんが言ってたけど、ラッキーなのかな…。


二人は屋根にのぼっていった。下は高杉派とヅラ派の闘いでごちゃごちゃだから逃げ場なんてないんだけど。私は銀さんに引っ張ってもらって屋根にのぼった。


…そのとき、視界の端にやけに鮮やかな色がちらついた。見覚えのある赤紫。…ゆっくりと振り返るとそこには。


「…高杉」
「あ?」
「高杉…!」
「あ、ちょい待て!」


銀さんの制止の声を無視して高杉のほうへ向かう。あいつには聞きたいことが山ほどあるんだから。恐いけど、大丈夫。もらった小太刀もある。それに高杉は私を殺せないはずなんだから。


屋根伝いに高杉の近くまで行くと、目が合ってニヤリと笑われた。…他には誰もいない。高みの見物ってやつか。


「…よォ、オメーもバカだな。こんなとこにのこのこやってくるとは」
「うるさい。私、アンタに聞きたいことがたくさんあんのよ」
「俺に聞きたいこと…なァ。答えてやらなくもねェが…」


クク、と笑う。その声を聞いているだけで腹が立つけど、ここで冷静さを失ったら負けだ。私は屋根から近くにあった木箱に飛び降りた。…けど、そのとき木箱がぐらついて、奇しくも体が高杉の方へ放り出される。どうせならそのまま体当たりしてやろうかと思ったら、ムカつくことに受け止められてしまった。


「どんくせェ。それでよくここまで来れたもんだ」
「離して」
「…離さねェ、っていったら…どうする?」


ヤバイ。そう思うのに、身体ががっちりつかまれて動けない。離れたいのに、離れるどころか逆に顔が近づいてくる。とっさに頭突きでもかましてやろうかと思っていたら、通路の向こう側から人の叫び声が聞こえてきた。高杉がそちらを振り返った隙に腕から抜けて出来るだけ距離をとる。懐に入れた小太刀を取り出すのと通路から人が飛び出してくるのはほぼ同時だった。


「…ヅラ!」


向かってくる人間を切り倒すと、鮮やかな動きで刀を鞘に収める。…よかった、やっぱり生きてたんだ。


、お前は何をやっているんだ!」
「私は、えと…高杉に聞きたいことが…」
「ヅラ」


高杉が船縁に座って薄ら笑いを浮かべる。私とヅラが同時に振り返ると、屋根の上を見上げながら言った。


「あれ見ろ。銀時が来てる。紅桜相手にやろうってつもりらしいよ。クク、相変わらずバカだな。生身で戦艦とやり合うようなもんだぜ」


その言葉に、ヅラも屋根の上を見上げる。その目は冷静だけど、何かを考えているようだった。


「もはや人間の動きではないな。紅桜の伝達指令についていけず身体が悲鳴をあげている。 あの男、死ぬぞ」


すばやい動きは人間の瞬発力の限界を超えている。力だってそうだ。


「貴様は知っていたはずだ、紅桜を使えばどのような事になるか。仲間だろう、なんとも思わんのか」
「ありゃアイツが自ら望んでやったことだ。あれで死んだとしても本望だろう」


そういうと、高杉は船縁から飛び降りた。脇に置いた刀を手に取ると、ゆっくりと鞘から引き抜く。


「刀は斬る。刀匠は打つ。侍は…なんだろうな。まァなんにせよ一つの目的のために存在するモノは強くしなやかで美しいんだそうだ。 剣(コイツ)のように。クク、単純な連中だろ。だが嫌いじゃねーよ」


刀を鞘に収めると、再び脇に置いた。


「俺も目の前の一本の道しか見えちゃいねェ。あぜ道に仲間が転がろうが誰が転がろうがかまやしねェ」


そう高杉が言ったとき、屋根の上で戦ってる二人の状況がさっきまでと微妙に変わり始めた。押され気味だった銀さんが、今度は逆に似蔵を押している。…戦艦十隻と言われた力に勝っている?


似蔵が紅桜を振り抜いた。銀さんはそれを飛び上がって交わすと、紅桜の刀身に乗っていた。


それに気付いた似蔵が顔をあげる。銀さんが刀身を下に刀を構える。それを頭の上まで振り上げた瞬間、ぞくりと寒気が走った。


銀さんはいつもちゃらんぽらんで、死んだ魚の目をして…そんなだから、考えたことがなかった。
銀さんは、戦争を切り抜けてきた人だったんだ。


…あれが、白夜叉?


そこにいたのは、私の知っている坂田銀時じゃなかった。

振り上げた刀が、紅桜と同化した似蔵の腕を突き刺した。鈍い音を立てて電流が走る。それを見て銀さんが紅桜から飛び降りるのと、高杉の低い笑いが聞こえたのは、ほぼ同時だった。


「ククッ…怖ェか」


それは私に言われたんだとすぐに分かった。けど、振り替えることが同意になるような気がして黙って前を見ていた。


「…アレが本当の銀時だ。白夜叉と呼ばれ恐れられた…お前の大嫌いな人殺しだ」


分かったような口をきく高杉にイラッとした。お前の大嫌いな人殺しだ、なんて言い回しは、まるで私のことを何でも知ってるみたいな言い方だ。こいつに分かられた覚えなんてない。というかゴメン被る。


…でも、私は人殺しという言葉に異常なほど反応していた。


「違う…」
「違わねェだろ。…銀時も俺も、当然ヅラも。数え切れねーほどの命を奪ってきた。相手は天人だから人殺しじゃねェ、なんてのは屁理屈だろ」
「…銀さんやみんなが戦ってきたのは、人の命を奪うためじゃないでしょ。仲間のため、みんなのためでしょ」
「大儀のためなら命を奪っていい…そう思うのか?」
「江戸に住まう人の命を丸々奪おうとしているアンタにそんなこと言われたく…」


私がそういいかけたところで、破壊音が聞こえた。振り返ると、さっきまで銀さんがいた屋根に巨大な穴があいていて、二人の姿が消えている。…落ちた。
瞬間的にそう思ったら、頭の中がグチャグチャにかき回されるような感覚を覚えた。


…でも大丈夫、銀さんがやられるなんてことはないはず。何度もそう言い聞かせる。それは自分を冷静に保つための言葉。自分のための言葉だけど、それだけじゃない、本当に銀さんを信じたいと思った。


…銀さんが、たとえ人殺しだったとしても。


私は今の銀さんが好き。昔の銀さんがあって今の銀さんがあるって言うんなら、昔の銀さんごと今の銀さんが好き。…だから、大丈夫。私は高杉の言葉なんか、聞かなくたっていいんだ。ただ銀さんを信じていればいい。


…一瞬、高杉が面白くなさそうに目を細めた気がした。


2008.06.21 saturday From aki mikami.