本当に大切な人は意外と近くに、いるかなァ?
Scene.1
人斬り似蔵。その男は、前に銀さんが倒したはずの男。もう二度と会うことなんてないと思っていたのに。懐から何かを取り出す似蔵。一体なにかと思ったら、点鼻薬をプシュプシュ。え、点鼻薬!?
「件の辻斬りはアンタの仕業だったのか!?それに銀さんも…なんでここに!?」
「目的は違えどアイツに用があるのは一緒らしいよ新八君」
「うれしいねェ。わざわざ俺に会いに来てくれたってわけだ」
ちげーよ!と突っ込みたかったけど腹の奥まで飲み込んだ。
「コイツは災いを呼ぶ妖刀と聞いていたがね。どうも強者も引き寄せるらしい。 …桂にアンタ、こうも会いたい奴に会わせてくれるとは、俺にとっては吉兆を呼ぶ刀かもしれん」
ヅラ?どうしてヅラの話しになるの?
「!! 桂さん!!桂さんをどうしたお前!!」
「おやおや、おたくらの知り合いだったかい。それはすまん事をした。俺もおニューの刀を手に入れてはしゃいでたものでね。ついつい斬っちまった」
「なっ!!」
思わず立ち上がる。だってヅラがやられたなんて、そんな…!大体、銀さんに恨みがあるのは分かるけど、ヅラに会いたがっていた理由はなんなの?新八くんが私の登場に驚いているあいだに、銀さんはゴミ箱からヒラリと飛び出した。
「ヅラがてめーみてーなただの人殺しに負けるわけねーだろ」
「怒るなよ。悪かったと言っている。あ…そうだ。 ホラ。せめて奴の形見だけでも返すよ」
そう言って似蔵が懐から取り出したのは、紐で結わえられた黒い髪の毛。…全身
の毛がぞわりと峙った。
「記念にむしりとってきたんだがアンタらが持ってた方が奴も喜ぶだろう。しかし桂ってのは本当に男かィ?このなめらかな髪…まるで女のような…」
ガキィィン
似蔵の言葉を遮るように、銀さんが斬りかかる。後ろから見ても怒っているのが分かるほどなのに、似蔵は怪しく笑みを浮かべたままだ。
「何度も同じこと言わせんじゃねーよ。ヅラはてめーみてーなザコにやられるような奴じゃねーんだよ」
「クク…確かに、俺ならば敵うまいよ」
その言葉は、意味がわからなかった。斬ったって言ったのに、敵わないってどういうこと?だけどその意味は、すぐに明らかになった。
「奴を斬ったのは俺じゃない。俺はちょいと身体を貸しただけでね。なァ…『紅桜』よ」
似蔵の腕から伸びてくる無数の管。それは機械で出来ていながら、まるで触手のような異様な動きをしている。似蔵の言葉に反応したかのようにみるみる腕を覆い隠していく。…機械が肌を侵蝕する、その音がやけに大きく聞こえた。
「なっ!」
銀さんが紅桜に目をやった一瞬。そのほんの数秒のうちに、銀さんは似蔵に、いや、紅桜に吹っ飛ばされた。その威力は凄まじく、橋にたたき付けられた身体が橋板を突き破って川に転落する。
「銀さん!」
「銀さんっ!!」
橋元まで駆け寄ろうとしたけど、そこをエリーに止められた。今行ったら危険だ、それは分かってるけど、銀さんがやられるのを黙ってみてるなんて…。
銀さんがゆらりと身体を起こした。似蔵はそれを橋の上から見下ろして、また笑う。
「おかしいねオイ。アンタもっと強くなかったかい?」
「……おかしいねオイ。アンタそれ ホントに刀ですか?」
紅色に光る刀身。そこから伸びる機械の触手が、生き物の様に脈打つ。
「刀というより生き物みたいだったって、冗談じゃねーよありゃ生き物ってより 化ケ物じゃねーか」
銀さんのその言葉をさえぎるように、似蔵が銀さんに飛び掛かる。その衝撃で川の水がはじけ飛ぶ。滴が飛んできて、頬や服を濡らした。
「銀さんんん!!」
新八くんの叫び声。銀さんはギリギリで似蔵を交わし、水にもぐって後ろに回りこむ。左側から木刀で斬りかかるけど紅桜で防がれた。けどその一瞬で似蔵の足を蹴っ飛ばして転ばせる。倒れこんだ仁蔵の右腕を紅桜ごと踏んで押さえつける。
「喧嘩は剣だけでやるもんじゃねーんだよ」
木刀を振り下ろそうとした瞬間、紅桜から管がのびてきて切っ先を押さえつける。それに気づいた銀さんが一瞬だけ振り返ると、似蔵はその隙に膝蹴りをして銀さんの体制を崩し起き上がった。
「喧嘩じゃない、殺し合いだろうよ」
まだ体制が立て直せてない銀さん。そこに、銀さんの倍近くの速さで攻撃態勢に入った似蔵が紅桜を振り抜く。それを間一髪木刀で防いだと思ったら、その衝撃で木刀が折れて、銀さんは吹っ飛んで石壁にたたきつけられた。
「ぐふぅ!!」
「銀さんんんん!!」
新八くんの叫ぶ声を聞きながら、私は自分の身体から力が抜けていくのが分かった。…それは安心したからじゃない。私は今までこんなにやられてる銀さんをみたことがない。どんな敵と戦ってもいつだって銀さんは強かった。銀さんが押されることなんてなかった。あんな風に苦しそうな銀さんをみることなんてなかった。…なのに、今目の前に広がる光景は何?
銀さん、主人公なんでしょ?ねェ。だったら勝つよね?これ以上ケガなんてしないでしょ。まさか、死んじゃったりなんてしないよね?絶対…
そう思うのに、…不安で仕方ない。恐い。これ以上、銀さんが傷つくのが恐くて仕方ない。
力を失った私の身体は、頼りなく地べたにへたれた。
「ぐっ…」
肩ひざをついて立ち上がろうと力を込める銀さん。だけどその瞬間、銀さんの胸から血が噴き出した。喉の奥から変な声が漏れる。視界が一瞬グニャリと歪んだ。
「オイオイ、これヤベ…」
この場にそぐわないのんきな声で言いかけたときだった。
ドッ
似蔵が銀さんの腹に紅桜を突き立てる。再び壁にたたきつけられた銀さんの口から、血が噴き出すのが見える。一瞬にして頭が真っ白になって、視界が霞んだ。
「後悔しているか?以前俺とやり合った時何故殺しておかなかったかと。俺を殺しておけば桂もアンタもこんな目には逢わなかった。全てアンタの甘さが招いた結果だ 白夜叉。あの人もさぞやがっかりしているだろうよ。かつて共に戦った盟友達が、揃いも揃ってこの様だ」
…あの人?脈絡のない似蔵の言葉。だけど、冷静に考える。銀さんとヅラのかつての盟友、つまり攘夷戦争に参加していて、こんなことをしそうなやつ。…私達の知ってるなかには一人しかいない。
…高杉。
そう思い至った瞬間、自然と身体が動いていた。
「アンタ達のような弱い侍のためにこの国は腐敗した。アンタではなく俺があの人の隣にいればこの国はこんな有様にはならなかった。士道だ節義だ下らんものは侍には必要ない。侍に必要なのは剣のみさね。剣の折れたアンタ達はもう侍じゃないよ。惰弱な侍はこの国から消えるがい… !」
似蔵の言葉がとぎれた。銀さんが、自分に刺さった紅桜を強く掴む。
「剣が折れたって?剣ならまだあるぜ。とっておきのがもう一本」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
新八くんが似蔵に飛び掛かる。戦いに没頭していた似蔵は完全に反応が遅れて、振り返ったときには。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
ドンッ!!
新八くんの攻撃が似蔵の腕を紅桜ごと切り落とす。腕から大量の血が噴き出す中、私は震える身体を抑えて銀さんの元に駆け寄った。
「アララ。腕がとれちまったよ。ひどいことするね僕」
「それ以上来てみろォォ!!次は左手をもらう!!」
私も新八くんも必死だった。これ以上銀さんを傷つけられてたまるか。それだけを考えていた。似蔵の腕が取れたって構っていられない。
「おやおや、女まで出て来た。…困ったねェ、アンタがそこにいるとまとめて斬っちまうことも出来ない…アンタだけは殺すなとあの人にキツく言われてるんでねェ」
その言葉に、私の予想は確信に変わる。…身体は震えたままだけど、ますます退けるわけには行かなくなった。
そのとき膠着状態のその場にバタバタと足音が聞こえて来る。
「オイ!そこで何をやっている!」
「チッ、うるさいのが来ちまった。勝負はお預けだな。まァまた機会があったらやり合おうや」
「ああ!!待てェェ」
紅桜を拾って逃げて行く似蔵。未だ止まらない震えを必死に抑え込んで銀さんを振り返った。出血がヒドい。たぶん骨も何本か折れている。変に動かしたらダメかもしれない。新八くんが、こちらに駆け寄ってきた。
「銀サン!しっかりして下さい銀サン!!」
「へッ…へへ、新八、おめーはやればできる子だと思ってたよ」
掠れた声がドンドン小さくなる。瞼が重く閉ざされていく。傷を抑えた手から力が抜けて、ぱたりと地面に投げ出された。
「銀さん!銀さーん!!」
Scene.2
それからはとても忙しかった。
傷付いた銀さんを万事屋まで運んで、近くの病院まで医者を呼びにいって、同心に事情を説明して。すべて終えて落ち着いたのが深夜3時すぎで、私も新八くんも疲れきっていた。
おでこのタオルをなおしてあげながら、苦しそうな銀さんを見やった。
怪我の影響で発熱しているけど、傷は腹以外は大したことはなく、解熱剤も飲ませたので明日までには下がるだろうとのことだ。防ぎ方がよかったのだろうと医者は言っていた。フォローのつもりだったのかもしれないけど、私は逆に頭が痛くなった。
"防御も攻撃も一流"の銀さんが防ぎきれなかった攻撃。それほどに強い相手が、高杉の下についている。ただの窃盗事件のはずが、まさかこんなことになってしまうなんて。
これからどうすればいい?それにヅラはどうなったの?神楽ちゃんと定春はなぜ帰ってこないの?似蔵が私を殺せないのはどうして?
答えの出ない疑問ばかりが頭に浮かぶ。頭が回る。不安ばかりが募る。
涙が出そうになったとき、襖がゆっくり開く音がした。
「…さん、あの…」
新八くんだ。顔を見られないように俯いて、なに、と答える。
「そろそろ寝ましょう…明日に備えないと」
「………」
「明日、さんが言ってた鍛冶屋に行ってきます。とにかく話を聞かないと…今のままじゃどうにも出来ない」
「…でも、銀さんを見てないと…」
「姉上に来てもらいますから…さん、ちょっと休まないと倒れちゃいますよ」
「いいよ、倒れても」
「さん…」
「私…銀さんを見てたい」
倒れたらいけない、なんてことわかってる。高杉のことも話さなきゃいけないし、高杉が私を殺すことが出来ないなら、それでみんなを守ることが出来るかもしれない。だけど、たとえ明日の朝に倒れて動けなくなっても、今は銀さんのそばにいたかった。
新八くんは黙って部屋を出て行った。その音を聞きながら、私は銀さんの手を握った。
ホントはわかってる。私は怖いんだ。銀さんが勝てなかった相手に、銀さんなしで立ち向かうのが怖い。
「……こわいよ、銀さん」
温かい手。そっと持ち上げて口元にあてるけど、いつものように慰めてくれることはない。…言ってよ、大丈夫だって言って。私、こわいよ。ねぇ…
起きてよ。
そう思った瞬間、握ったままの手が少しだけ動いた気がした。でも、お医者さんが意識が戻るのは朝になるだろうって…
「………」
「え?」
今、確かにしゃべった?小さくだけど、、って…。意識が戻った?そんなまさか。
…だったら、もしかして私の夢、見てるの?銀さんの指が、私の指をやんわりと絡めとった。
「……泣、くな」
「っ………!」
泣いてなんてないのに。私が泣く夢でも見てるんだろうか。握られた手に僅かに力がこもる。まるで大丈夫だと、言ってくれてるように。
私、夢の中でまで心配かけてる?こんなにボロボロなんだから、自分のことだけ考えればいいのに。ばかじゃないの?こんな時まで私のこと…
…違う。バカなのは私だ。こんなときまで銀さんに頼ろうとしている私が、一番のバカだ。
思えば最初からそうだった。はじめて似蔵と会った橋田屋事件のときも、銀さんはあんなに怪我してたのに、銀さんの心配するふりをして、自分が恐いって、だから早く来てほしいってそればかりを考えていた。最初にまよい橋で高杉と会ったときだって、恐くて銀さんにすがりついたけど、銀さんはもしかしたら一人になりたかったかもしれないじゃない。銀さんの気持ちなんて無視して、恐いからそばにいてほしい、なんて、自分勝手なことを思って。それだけじゃない、普段から、心のどこかでは銀さんが助けてくれる、どうにかしてくれるって思ってた。そうやって自分勝手に頼ってきた結果、銀さんは夢の中でまで私の子守をしなきゃならない。…私はずっと、銀さんに負担をかけてきたんだ。
「…ゴメン、ゴメンネ」
涙が出た。どうして泣くなって言われたのに泣いてんだ私。泣きたいのは私じゃないでしょ!そう、泣いたって仕方ないんだ。銀さんを安心させるんなら、泣きやまないと。
「もう大丈夫、泣かないから」
服の裾で目をごしごし擦った。もうこれ以上泣かない。大丈夫…私、これからは頼らないようにがんばるから。
…眠っているはずの銀さんの顔が、少しだけ険しくなった気がした。
Scene.3
「…ちゃん、ちゃん!」
そんな声に目を開けると、妙ちゃんのアップが飛び込んで来た。
「妙ちゃん…」
「ちゃん…大丈夫?」
「え?」
「こんなところで寝ちゃって…風邪ひいたらどうするのよ」
「あ………そっか」
あのまま寝ちゃったんだ。右手はまだ銀さんの左手を握っている。
「…今、何時?」
「8時すぎよ。もう…いきなり電話かかってくるからビックリしちゃったわ」
「8時!」
「え…そ、そうだけど…」
「新八くんは!」
「新ちゃんならご飯食べてるわよ」
私は妙ちゃんが言い終わらないうちに立ち上がった。和室の襖を開放つ。
「新八くん…!」
「あ、さん、おはようございます」
そう言った新八くんは、いつもと変わらない顔だった。
「さんの分もありますよ、どうぞ」
「あ…うん…」
昨日は何だかんだ言って嫌な思いさせて、そのくせ結局寝てしまって。申し訳ないと思うのに、新八くんは普通だ。気が抜けるほどに普通だ。
私は新八くんの向かいに座って、彼の顔を盗み見た。
「………怒って、ない?」
「何がですか?」
「いや、だから…昨日の…」
「………正直、ちょっと怒りました」
そういわれた瞬間、少しだけ心臓が飛び跳ねた。
「でも…聞いちゃったんです、と言うか、聞こえちゃったんです」
「え…?」
「さんのひとりごと…と、銀さんの寝言」
「あ…あれ…」
私がこわいよって言って、銀さんが泣くなって言ったやつだ。
「僕だって銀さんが心配だし、僕だって怖いです。一人で戦うなんていやです。でも…銀さんは夢に見るほどさんを大切に思ってて…寝言いっちゃうくらいさんの笑顔を望んでる、そう思ったら、僕も自分勝手だったって気がついたんです。戦うことを押しつけてたんだって」
そう言って、新八くんは笑った。その笑顔が一瞬、菩薩か何かに見えた私はやっぱりわがままのカタマリで、この子はなんて出来た子なんだろうと心から思った。
「…それによくよく考えたら、さんは戦えないじゃないですか。僕は弱いけど一応道場の息子で戦える。だから、さんには別のことをしてもらうことにしました」
「…え?」
「銀さんを早く元気にすること、あと、神楽ちゃんと定春を待ってることです」
カチャリと箸を置いて両手を合わせる。私はそれを見ながら、必死に涙を堪えていた。
私より年下の子にここまで言わせておいて、なにやってるんだろう。弱いから守られるだけでいい、なんてわけない。弱いなら弱いなりに、出来ることがあるはずなのに。
「…ゴメン…私…」
「泣かないでくださいよ、僕が銀さんに怒られちゃいます。あとたぶん神楽ちゃんにも…」
「……うん」
そうだ。もう泣かないって銀さんに約束したんだ。
「ごちそうさまでした…と。じゃ、僕はそろそろ行きます。色々気になりますし…」
「待って!」
「え?」
「この事件、たぶん高杉が黒幕だと思う」
「っ、まさか、ヤツが絡んでるんですか!?」
「ほぼ間違いなく…あと、あの鍛冶屋。あいつもたぶん一枚噛んでる。あんな都合よく辻斬り探しの依頼がくるなんておかしいもん…」
「…じゃあ、今回銀さんがこうなったのは"仕組まれた"ってことですか?」
「たぶん…。それと、似蔵は、私だけは殺せないって言ってた。…つまり、高杉には私を殺せない動機があると思っていい。それをうまくダシに使えれば…」
「…それは出来ないけど、手掛かりにはなります。ありがとうございます」
「あの、私…」
ガタン
いいかけた私の言葉を遮って、戸が小さく音を立てた。風かと思ったけど、ちょっと妙だ。誰かが扉を揺らしている、と言った方が自然だ。…そう思ったところで、私たちははたと顔を見合わせた。
「まさか…神楽ちゃんと定春!?」
二人で玄関に走り出して、勢いよく戸を開放つ。すると、そこにはびしょ濡れの定春が座っていた。
「っ、定春!」
玄関に引き入れると、大きく身体を震わせる。洗面所から急いでバスタオルをとって来て、出来るだけキレイに身体を拭いてやる。ちょっと嫌がったけど我慢してもらおう。
「どうしたの、二人とも…まぁ!」
「今、定春だけが帰って来て…」
「神楽ちゃんは?一緒じゃないの?」
「いないみたい…」
「…………」
重たい沈黙が流れる。神楽ちゃんが定春を放ってどこかに行ってしまうなんて、あまりありえない話だから。
そんな静寂をやぶったのは、定春のクゥン、という鳴き声だった。
「な、なんだよ定春……え、コレ…」
その声に新八くんを振り返る。…すると、定春が口に加えた紙を新八くんに渡そうとしている。
「コレ、まさか神楽ちゃんから!?」
紙を取り上げた新八くんの横に回りこんで中をのぞく。ところどころ雨でにじんでいるけど、どうやら地図のようだ。…この形は、海辺?印がついているのは船だ。
「…ココに、神楽ちゃんがいるってこと?それともヅラを見つけたとか…」
「どっちにしてもいってみる必要がありますね…僕、鍛冶屋の帰りに行ってきます。さんは定春をお願いします」
「うん…あの、新八くん」
出て行こうとする新八くんを呼び止める。さっき言おうとしたこと、ちゃんと言わないと。言葉にしないと伝わらない、それに、いつまでも頼ってばかりじゃいけないから。
「…銀さんの目が覚めたら、私も行くから」
「さん…」
「大丈夫、銀さんには買い物に行くとか言うから。…私なら、もしかしたら高杉を説得できるかもしれないし…少なくとも、殺すことはできないんだったら、私がみんなの盾になればいいし」
「盾って、そんな!」
「大丈夫、自分の命はちゃんと守るよ。…だって、いつも銀さんやみんなが、身体張って守ってくれてる命だもん」
前に自分で言ったんだから。
だから私は死なない。だけど、新八くんだけを行かせるなんてこと、出来ない。
「新八くんからの頼まれごとは妙ちゃんに頼むよ。…ね、妙ちゃん」
「ちゃん…」
「…だから、先にいって待ってて。私も絶対行くから」
「……わかりました、じゃあ、先に行ってきます!」
そういった新八くんが、心から笑ってくれたみたいで、正直ほっとした。今さらだ、なんていわれたら相当ショックだ。でも新八くんはそんな文句も何も言わないで、行ってきます、といって玄関をくぐった。
Scene.4
あれから定春を無理やりお風呂に入れた。ドライヤーをかけようと思ったらドライヤーを噛み砕かれそうになったので断念して、そろそろ銀さんが起きるだろうとおかゆでも作ることにした。あとつけあわせで味噌汁でも…別に風邪じゃないからおかゆじゃなくてもいいのかな、とも思ったけど、消化のいいものの方がいいだろうと思いなおした。
…あれから、銀さんの隣には妙ちゃんがついている。…なんとなく、隣にはいづらくて。というか、どんな顔して会えばいいのか分からなくて。ごめんなさいと謝らなければいけないのに。どっちにしても今は意識がないから意味ないんだけど…。
とか思いながら、出来上がったおかゆと味噌汁を届けようと和室の前に立ったときだった。
「あ 気がつきました?」
そんな妙ちゃんの声が聞こえて、思わず身体がこわばった。
「よかった~。全然動かないからこのまま死んじゃうのかしらって思ってたのよ。大丈夫ですか?意識はっきりしてます?私のことわかります?」
「まな板みたいな胸した女でしょ?」
ドカ、とかバキ、とかいろんな音が聞こえる。ああ、殴られてる殴られてる…。ひとしきり殴られた後、ぱたと室内が静まった。
「…お前なんでココにいんの?」
「新ちゃんに頼まれたんです、看病してあげてって」
「なんで看病する人がなぎ刀持ってんの?」
「新ちゃんに頼まれたんです。絶対安静にさせて出かけようとしたら止めてくれって」
「止めるって何、息の根?そういや新八や神楽はどうした?」
「あの…用事でちょっと出てます」
「用事って何よ」
「いいからいいから。ケガ人は寝ててください」
「オイ、お前なんか隠して…」
銀さんの言葉が途切れたところで、なんかざく、見たいな音が聞こえた。あれ?
「動くなっつってんだろ。傷口開いたらどーすんだコノヤロー」
「………」
…なぎ刀、使ったんだ。まァ、それはいいんだけどね。はは、はははは。
「…は、どうした」
少しして、銀さんの声が聞こえた。思わず心臓が飛び跳ねる。
「ちゃんならいますよ、向こうに」
「いー匂いしてるじゃん。味噌汁?」
「味噌汁とおかゆだそうですよ」
「なんでおかゆ?別に風邪ひいてるわけじゃねーんだけど」
「あら、文句つけるんですか?」
「いや、ナンデモナイデス」
いやいや妙ちゃん、料理に文句つけられて怒るのって、普通私じゃない?まァちょっとイラッとしたけど。
「ちゃん、すごく心配してたんですよ。昨日一晩ずっと銀さんの手握ってたんだから」
「…マジか、やっべ、俺愛され
「調子のんなよ天パが」
「…ハイ」
「もう、銀さんはすぐ無茶して周りに心配かけて…。ちゃん泣かせたらただじゃおきませんからね」
「オメーが言うとホントに怖ぇな」
確かに…と思ってしまったのは黙っているとして。とにかく私は中に入らないと。…と思うんだけど、入りづらい。このままじゃただの趣味の悪い立ち聞きだって分かってるんだけど、とても入っていきづらい。銀さんになんていったらいいかわかんないし…。
…なんて思っていると、いきなりがら、と戸が開いて、危なく味噌汁とおかゆを吹っ飛ばしてしまうところだった。あ、危ない…!
「やっぱりいた。なんかさっきから気配感じてたのよ。どうして入ってこないの?」
「え…と…はは、ははは…あの…」
「ちゃんと銀さんに言ってやらなきゃダメよ。もう若くねーんだからヤンチャばっかしてんじゃねーよボケ!って」
「妙ちゃんそんなにこやかに…」
「じゃあ私、ちょっとハーゲンダッツ買ってくるわね。すぐ戻ってくるから銀さんはよろしくー」
「え、ちょ!」
待って!といおうとしたけど、すれ違い様妙ちゃんにどうしてかがんばって、といわれて、なんだかヘンな気を回してこんなことをしたんだと気がついた。…いや、できればこの場にいてほしかったんですけど。何もがんばれなさそうなんですけど。
「あ、はは…どうもー…」
部屋の前に突っ立って、そんなことを言ってみるけどどう考えても不自然だ。…うわ、もっとマシな言葉出てこないのかよ。
「おー。早くくれよ。腹減ったー。腹いてぇケドそれ以上に腹減った、死にそー」
「う、うん…」
取りあえずお盆を枕元においてみる。銀さんは顔をしかめながら半分だけ身体を起こすと、じ、と私の方を見てくる。…えええ、何、何!?なんなの!?
「ええええ、えと、じゃ、じゃあ私、お洗濯があるから…!」
「ちょーまて」
がしっ、と腕をつかまれる。いや、離してください。今貴方とお話できませんもう少し心の準備ができてからにしてくださいお願いします。と声にならない声でぱくぱくしていると、銀さんは軽く口をあけて、あー、だって。……は?
「…なに」
「だから、あーん」
「……は?」
「た・べ・さ・せ・て」
「……なんで」
「だって腕いたいんだもーん」
「ばかじゃないの。今起き上がったとき突っ張ってたじゃん」
「でも痛いんだもーん。銀さんけが人なんだから優しくしろよー」
「優しいじゃん。おかゆ作ってきてあげたじゃん」
「じゃーふーふーあーんもしてよ」
「やだよ」
「いやん、ひどいちゃん!」
「いや、ひどくないしっつーかきもい」
「ひでーなァ。一晩手を握ってくれてた優しいちゃんはどこにいったんだよー」
「なっ、そ、それは妙ちゃんが大げさに言っただけで…!」
「俺、なんとなく覚えてるぞ」
「えっ…」
まさか、あのとき意識が?だ、だとしたら恥ずかしい!とてつもなく恥ずかしい…!と思ったら、うそぴょーん、なんて、 …死んでこいや天然パーマァァァァァ!
「もう…心配して損した。私の心配返して」
「いや無理だろ。っつーか何、そんなに心配してくれたの?」
「そりゃあするでしょうが、そんな大怪我しちゃ。…私だけじゃないよ、みんな心配してたんだから」
「…そりゃそーだわな。わり」
「もう…なんで謝ろうと思ったのに、銀さんが謝るわけ?」
「は?」
銀さんは、意味が分からない、という顔をした。…そりゃあそうだろうけどね。泣くなって言ってくれたのは夢の中でだし。
「…夜に、ね」
「夜?何、銀さんのこと襲っちゃったー、とか?」
「ちっげーよ! …そんなんじゃなくて…」
「なんだよ」
「……私が恐いよって言ったら、銀さんが… 、泣くなって。…覚えてないかな」
「あー… そーいやそんな夢見てたような。っつーか俺寝言言ってたわけ!?恥ずかしっ、ちょ、穴があったら入りたいんですけどッ!」
「私、夢の中でまで銀さんに心配かけてるんだと、思って…」
「は?」
「……だから、その…心配ばっかりかけて、頼ってばっかで、ごめんなさい…」
「え…と、その、ちゃーん?」
「はい?」
「それ、違うから。そういうことじゃないから」
は?何がそういうことじゃないわけ。意味がわかんねーよ天パ。人が勇気出して謝ってんだから黙って聞けよ。と思ったけど、口にはギリギリ出さない。ギリギリかよ自分…。
「それってお前が心配かけてるとかじゃなくね?どっちかってーと、俺が夢でまでお前を思ってるなんてハズカシー!って感じの話じゃね?」
「……は?」
「ってかこんなこと自分で言わせんなよ!ハズカシー!」
「え、あの、ちょっ…それはどういう」
「いや、どういう、も何もそのまんまの意味だけど」
「いやだからそのまんまの意味がわかんねーつってんだよバカか天パが」
「いやいやいや!そりゃないっしょ!っつーかちゃんって鈍感!?バカ!?」
「は!?殺すぞ天パ」
そういうと、銀さんははァ、とため息をついた。人と話してるときにため息つくなよ、失礼だろーが。という突っ込みは心の奥にしまっておこう。銀さんは右ひざを起こしてそこに肘を置き、呆れた、とでもいいたげに頬杖をつく。…その目が少しだけきらめいているのが見えて、心臓が飛び跳ねた。
「…お前、前に言ってたよな。いつか帰ることになるから早いうちに告白しちゃおうって思ってたーって」
「…言ったけど」
「それって、後悔したくないから、ってことだよな」
「……そう、だね」
「俺も、もう後悔はしたくねーなァ。 …もう二度と、後悔なんてしたくねェ」
それは、攘夷戦争時代のことを言っているんだろうか。戦って、たくさんの仲間をなくしてしまった時代のことを。私には銀さんの過去は分からないけれど、ポツリとつぶやくような言葉がやけに耳に残る。
「聞いてくれるか?」
銀さんはそういうと、ゆっくりと顔を上げて私を見つめた。その目はさっきよりもずっと輝きの増した、見てると動悸が激しくなる、あの目だ。私は頷くことも逃げることも出来ずに、ただその場に茫然として銀さんを見つめていた。…目をそらすことも、出来なかった。
「俺は、お前が好きだ」
「……え」
「だから、お前がこっちにいる間は俺がお前を守る。全力で。…だから、俺のそばから離れんな」
「銀さん…」
「別に、受け入れてもらおうなんて思っちゃいねーよ。俺は俺のため、自分が後悔しねーために言ったんだ。…オメーがすきなのは土方の野郎だろ。それでいい」
「…、ち…」
「オメーが嫌がるなら、もう二度と手ェ出したりしねー。けど俺は好きな女を守りてェ。…それくらいは、許してくれるだろ?だから頼ってごめんとかそういうこと言うなよ、俺惨めになんじゃねーか。……あーあ、それにしてもみっともねーなァ。夢の中でまで女追いかけて…小学生の初恋かっつーの」
「ち、違うよ!」
私は、勝手にしゃべり続ける銀さんをさえぎった。
「…十四郎のことは…確かに好きだったけど、今は…いい友達だと思えるようになってて…」
「ホォ」
「で、その…銀さんにその、…色々されるのも、いやだけど…いやじゃなくて。その、いやなのは恥ずかしいから、で…別に銀さんのことが嫌なわけじゃなくて…」
「…なにそれ、それって喜んでもいいわけ?」
「そ、それは」
「ただいまー」
私の答えをさえぎるように、妙ちゃんのかわいらしい声が聞こえた。私はこの絶妙のタイミングで到来したチャンスを逃さず、妙ちゃんの元に駆け寄って話題をそらす。…だって、銀さんが好きかって言われたら、よくわからないから。十四郎のときみたいに一緒にいてすごくドキドキするとか、感動するとか、そういうのはない。…でも、十四郎より分かり合えているような気もする。好き、といわれればそりゃあ好きだよ。みんないい人だもん。でも、これは恋なの?
…よく、分からない。
今はそんなことを考えるよりも、新八くんを追いかけなくちゃ。銀さんの言葉を頭から振り払って、いそいそと出かける準備を始めた。取りあえず財布と、鼻かみティッシュと、鍛冶屋の住所と、ハンカチと、あとええっと…。なんてしていたら、銀さんは愚かにも妙ちゃんから何とか逃れようとしていた。無理に決まってるじゃん、相手はあの妙ちゃんだよ。
立ち上がろうとした銀さんの頭をつかんで止める妙ちゃん。
「オイどこ行くんだ」
「いや、ちょっとオシッコ」
「コレにしろここで」
といって妙ちゃんが取り出したのは500mlのペットボトル…いや、入らないでしょ。ってか妙ちゃん、それ処理するの、いやじゃない?トイレくらいいーんじゃない、とフォローでもはさもうとしたそのとき。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。その瞬間、銀さんの表情が少し険しくなる。…誰?私には予想もつかないのに、銀さんはもう相手をわかっているようだった。ちょっと起きるの手伝って、と服を引っ張られたから、ふらつく銀さんを支え起こす。
「…誰?」
「さァ、どっちのほうだろうな」
「え?」
「ま、今分かるだろ」
そういって、二人で玄関に向かう。先に応対している妙ちゃんの背中を見つめながら、ざわついた、変な胸騒ぎを覚えた。
2008.06.17 tuesday From aki mikami.