Episode 23

大人になることがいいこととは限らない

Scene.1






志村家にお邪魔して数日。銀さんも起き上がれるくらいに直ってきた頃に、神楽ちゃんに急に引っ張られて銀さんの寝ている部屋まで連れてこられた。で、何かと思ったら、神楽ちゃんはおもむろにジャンプを広げ…


「何奴っ!!…おやおや、お前さんですか。クックックッ。来ると思っていましたよ」


たぶんコレはドラゴンボーズだ。っつーか、分かるのかコレ?私は既にワケがわからないんですけど…。


「死んだ仲間の仇討ちというわけですか。マスカットよ」
「いや、神楽ちゃんわけわかんな…
「マリリンのことかァァァ!!プリーザぁぁ!!」
「ちょっ…」
「どかぁぁぁん、ビシバシビシ、「ぐふっ」どぉぉん!!ガラガラ、プリプリテン プリッ」


いやワケわかんないから。っていうか私はどうして連れてこられたわけ?別にいいけどさァ…。


「ブリブリ、ブシャアアアア、ガラガラゴシゴシ「あっ、また血ィついてる」」
「オイ… もうなんか訳わかんねーよ。ちょっ貸せ。もう自分で読むから」
「ダメアル。怪我人にジャンプは刺激的過ぎネ。私が読んであげるネ」
「だったらもうちょっと状況がわかるように読んでくれや」
「まァ、確かに神楽ちゃんの読み方じゃわかんないよね…」


だって、効果音ばっかりになってるし…。
神楽ちゃんはぱらぱらとジャンプをめくり、割と最後の方で手を止めた。


「「あはん真中殿、電気を消してくだされ」そんな西野の言葉も無視して真中はおもむろに西野に跨り獣の如く…」
「あ゛あ゛あ゛あ゛!いい!もういいって!早い!お前にはまだ…」


早いって!と銀さんが言いかけて上体をわずかに起こした瞬間、部屋のふすまが開け放たれた。そして薙刀を持った妙ちゃんが、まさしく鬼の形相で走ってくる。


「何勝手に動いとんじゃあああ!!」


ものすごい勢いで薙刀を振り下ろす妙ちゃん。ゴッ、と床に刺さり、ぎゃああああああ!!という銀さんの叫び声。…あれ?今なんか違う人の叫びも聞こえなかった?


「もぉー銀さんったら。何度言ったらわかるの。そんな怪我で動いたら今度こそ 死にますよ(殺しますよ)」
「…すませんけど病院に入院させてもらえませんか、幻聴がきこえるんだけど。君の声がね、ダブって殺すとか聞こえるんだけど。いやいや君が悪いんじゃないんだよ、俺が悪いのさ」
「ダメですよ入院なんてしたらどーせスグ逃げ出すでしょ。ここならすぐしとめられるもの」
「ホラッ!今もまた聞こえた、しとめるなんてありえないもの!言うわけないもの!」
「銀さん、幻聴じゃありませんよ」


興味なさそうにせんべいを頬張る新八くんが雑誌に目を落したままそういった。うん、幻聴じゃなかった。私にも聞こえたもの。それにしても…さっきの声は一体?


「そろそろおなかが減った頃でしょ?お料理つくりましたよ」


そういうと、妙ちゃんは銀さんの横に座った。


「卵がゆを作ったんだけどどうぞ。でも動けないから食べさせてあげないとね」
「これは拷問ですか」


またそういうことを言うと薙刀が降ってきますよ。…とは口に出せない。だってこえーよ。ずっと薙刀構えたまんまだもの。


「姉御、私にやらして」
「ハイハイ、神楽ちゃんはお母さんね」


かわいそうな卵がゆが銀さんの上を通って妙ちゃんから神楽ちゃんへ渡される。…と思ったら、神楽ちゃんがそれをゴロッと落してしまって…というか、今一瞬ん?って聞こえなかった?


「あーあ、こぼしちゃったアル、ゴメン姉御」


そういいながら神楽ちゃんと妙ちゃん二人で落ちたかわいそうな卵がゆを拾っている。銀さんは私の方を見て、ちょっとちょっと、なんかこれは股間を…そういいかけたけど、妙ちゃんにギロリと睨まれて静かになった。…そんな、助けてくれ、みたいな顔でみられても困るんだけど…。


こぼれた卵がゆを片付け終わった妙ちゃんが、むこうに残りがあるんでとってきます、といって立ち上がる。すると、往生際の悪い銀さんは勢いよく立ち上がって、外に逃げようとした。…あーあ、まったく無駄なことを…。瞬間妙ちゃんの目がギロリと光り…


「動くなっつってんだろーが!!」
「ぎゃああああ!!」
「冗談じゃねェ、こんな生活身がもたねェ」


そういって、銀さんは庭を駆け出していった。…っつーか、今のぎゃああああの声って…


「ザキ?」


どうしてザキ?もしかして私達、なんか疑われちゃったりしてる?何にもしてないけどね?


「…ま、いーや」


取りあえず私に今出来ることは、妙ちゃんが戻ってくる前に新しいおかゆを作ってあげることだ。まァ、戻ってきた銀さんが食べられる状態かどうかは、あやしいけれど。


Scene.2


鋼の要塞モードも、みんながほぼ全てのトラップを見つけてくれた後なら通りやすいもので、私はおかゆを作り終えたあと、たぶん敷地内にいるであろうザキを捜すことにした。っつーか、鋼の要塞モードってなんなの…道場復興はどうしたの妙ちゃん…。


敷地内をきょろきょろしていると、落とし穴からぎゃああ、みたいな声が聞こえてきた…けど、私一人じゃ救出できない状況だろうから、まァ無視で。で、更にきょろきょろしていると、塀に開いた穴から器用に抜け出すお尻が。やっぱりまだいたよ。


取りあえず追いかけて話を聞こうと思って、私も穴をくぐったとき、あの、という女の子の声が聞こえた。


「す…すいません、あの…銀さん…いますか?」


そういったのは、あの鉄子さんだった。あれから一度だけ様子を見に行ったけれど、ずいぶん落ち込んだ様子だった。


「は?」
「…ここの家の人ですよね?ここに銀さんがいるってきいて来たんだけど開かなくて」


ああ…今要塞モードだからね。ごめんね鉄子さん。


「ああ、今入んない方がいいよ、危ないから。じゃ」
「あの…じゃあせめて言伝を」


言伝?鉄子さんの言葉に、ザキが振り返る。家の人じゃないのになァ。どうやって伝える気なんだろうか…。


「私、色々あったけど 今は元気にやってます。 本当にありがとう、 て」


そういって、鉄子さんは笑った。…その顔は、今までで一番穏やかな笑顔。それをみて、ああ、ちゃんと乗り越えたんだと思う。去っていく鉄子さんの後ろ姿がうらやましく見えた。


人間落ち込むのは簡単だけど、立ち直るのはとても難しいものだ。周りの人の助けや、自分の中の葛藤、いろんなことがあって、立ち直ることが出来る。でもやっぱりそれが出来ない人間もいて、出来る人は心が強いんだと思う。


と、そんなことはいいけど、私がここに来た目的を忘れるところだった。穴から抜け出すと、走ってザキに追いついた。


「ザキ!」
「え…姐さん!」


やっぱり私の存在に気づいてなかったらしい。君、密偵だよね?そんなんでいいのかい…。まァ私は別にいいけどさァ…。


「なーにしに来てたの?」
「え、べ、別に!さささ、散歩ですけど!」
「いや、いいよ気にしなくて。…もしかして、銀さんが攘夷志士とつながりがあるんじゃないかって、思ったんでしょ?で、十四郎あたりに調べて来いって言われたんでしょ」
「すっげードンピシャ…じゃ、ない!違います違います!」
「もう無駄だって…。 っていうか、銀さんはね、攘夷志士とは関係ないよ」
「はぁ…」
「今回はね、巻き込まれちゃっただけなの。ホントだよ」
「巻き込まれた…?」
「うん。万事屋だからね。辻斬り調査を依頼されただけ」
「辻斬り調査?」
「あー、取りあえず調べてみてよ。そしたらわかるからさ。…ってことだから、安心して」
「……はァ、わかりました…」


ちょっと困ったようにそう答えるザキ。…まァ、そりゃ困るしビックリするよね。


「…にしても」
「?」
「旦那は愛されてますね。…追いかけてまで言い訳に来てくれる人がいるなんて」
「え、や、違!」
「いいんですよ、わかってますから。…では!」


そういうと、さわやかに去っていくザキ。…いや、ホントにそういう意図ないから!っつーかどうしてそういうことになるわけ!?


「…なんだよ、もう」


そうつぶやいた言葉は、夜の闇にすっと消えていった。…そりゃあ銀さんのことは好きだけどさ。…でも、ここに来てからまともに話もしてないんだよ。


そんな愚痴をここでこぼしたところで、どうにもならないのはわかってる。…だから、どうにかしなきゃと思うのに、そうするきっかけも勇気もないし、それに、みんなが一緒の場所では話したくないことも、あるし…。


そんなことをうだうだ考えながら、塀の穴をくぐる。銀さんやみんなの、奇怪な叫び声を聞きながら…。


Scene.3


ザキザキ事件(笑)からしばらく。銀さんの怪我が大体治ってきたころ、志村家のチャイムが鳴った。


それはある天気がいい日の、昼少し前のことだった。


ピンポーン


「はいはーい」


私と二人でお茶を飲んでいた妙ちゃんは、答えながら玄関に向かっていった。どうせ新聞の勧誘でしょう、と思ってお煎餅を食べながら待っていると、あら、と言う妙ちゃんの声が聞こえる。もしかして知り合いかな?立ち上がって様子を見に行くことにする。


「妙ちゃん?どうかした?…げっ」
「げっ、とはなんだ、げっ、とは」


私がげっ、なんて言うのも仕方ない。…そこにいたのは、なんとヅラとエリーだったからだ。


「だってアンタらが出て来るとろくなことが起きないんだもん…」
「失礼なヤツだ。人を疫病神扱いしおって」
「事実そうでしょ」
「俺は金のないお前たちに仕事をくれてやっている善良な市民だぞ!」
「どこが善良だよテロリストッ!っつーかその仕事がありがた迷惑なの!」
「どーしたんですか一体?…げっ」
「ホラ、新八くんだっておんなじ反応するじゃない」
『今日は依頼で来たわけじゃない』
「まァ、銀さんもまだ怪我治りきってないんで依頼されても無理ですけどね」
「新八ィ、私の酢昆布…げっ」
「…………お前ら、俺を泣かせたいのか」
「あのー……………ところでどのようなご用件で?」


初っ端から脱線する会話を元に戻したのは妙ちゃんだ。ヅラはコホンと咳払いをすると、持っていた紙袋を差し出した。


「わざわざ見舞いに来てやった。感謝しろ」
「「「…………」」」


ヅラの言葉に、私、新八くん、神楽ちゃんはそれぞれ動きを止めた。多分、考えていることは同じだ。


ユラリと揺れながら三人で近づいて囲むと、すぅ、とおおきく息を吸いながら腕を振り上げた。


「テメーの所為で怪我したんだろーがこのボケェェェ!!」
「っつーか見舞い来んの遅すぎんだよ!!威張ってんじゃねーこのヅラ野郎!!」
「付きまとってんじゃねーよ疫病神がァァァ!!」
「ぐほォ! ごふゥ!」
『暴力反対!』
「知るかァァ!!成敗してくれるわァァァ!」
「いだだだだだ!」
『いだだだだだ!』


三人で一斉に襲い掛かる。つーか来てやったって何!来るのが当然だろうがバカヤロォォォ!などなど叫びつつ、紙袋はしっかり妙ちゃんにパス。もらえるもんはもらっとくんです。後は持てる力の全てでヅラをたたきつぶす!…とまでは行かないけど、まァ半殺しくらいで!(あれ)


新八くんと神楽ちゃんが未だ暴行を続ける中、私は二人から離れて妙ちゃんの持つ袋をのぞくことにした。だからって二人を止めたりはしないけどね。


「たーえちゃん!何入ってた?」
「あらちゃん、もういいの?」
「うん、すっきりしたからね」
「そう、それはよかったわ。じゃあハイ、コレ」
「お…芋?」


袋の中には、大量のサツマイモが詰まっていた。しかも生のまま。…見舞いにサツマイモってどういうセンスよ…。


「サツマイモかァ…そういえばそんな季節よねぇ」
「まァね…そうなんだけど、でもこのセンスはいかがなものかと思うよ…」
「あら、いいじゃない、変な花とかもらうよりも。食費が浮くわよ」
「………はは、そうかもね」


ポジティブな妙ちゃんの考えに半分でさすがだと思いつつ、半分で"ある意味さすが"だと思った。要するに、どこまでも貪欲だなァ、と…。


ちゃん、今から食べちゃいましょうか」
「え?」
「いいお昼ご飯になるんじゃないかしら。ちょうどみんなもお腹が空く頃でしょう?」
「あ、そっか。そうだね」


そう言えば昼時だったな、と言われて思い出す。話に夢中で時計なんて見てなかったからなぁ…。


「じゃあ用意しちゃうね。妙ちゃんは銀さん呼んできてくれる?」
「あら、ちゃんが行った方が銀さんも喜ぶんじゃない?」
「………そんなことないよ。ってか、私はお芋担当だからいいの!」


正直、アレからなんとなく銀さんとは話しづらかった。考えないようにしていても、顔を見ればやっぱり思い出してしまうからだ。…あのときの、銀さんの顔を。


「…銀さんと、何かあったの?」
「そんな…別に何もないけど……」
「何かされたんなら私が全力でぶっ飛ばしてあげるわよ」
「待って!妙ちゃんが言うとシャレにならないから!」
「うふふ」


拳をバキボキならしながら笑う妙ちゃん。いや、リアルに怖いよ…。


「ホントに何にもないから!」
「…ちっ」
「え…妙ちゃん今…舌打…」
「あらやだ。まさか銀さんをぶん殴れる絶好のチャンスだなんて思ってないわよ。じゃ、銀さん起こして来るわね」


そう言ってかけていく妙ちゃん。…銀さん、アンタ完全になめられてるよ。サンドバック扱いだよ。


そんな哀れな銀さんには私の分の芋も分けてあげようかな。なんてことを思いながらとりあえず庭に向かった。


Scene.4


志村家の庭に、7人(と一匹)がそれぞれ思い思いの場所に腰を降ろしてた。


銀さん、新八くん、神楽ちゃん、妙ちゃん、ヅラ、エリー、定春、そして私だ。只今銀さんと新八くんが火おこしの真っ最中である。本当は私と神楽ちゃんがやっていたのだが、お前らじゃ危なっかしいと銀さんに怒られて、二人仲良く交代させられてしまった。


「つーか見舞いにサツマイモってどーゆーセンスだよヅラァ」


団扇をパタパタさせながら銀さんが言った。


「来る途中でスーパーに寄ったらタイムサービスで特売をしていてな。気がついたら飛び出していた」
「かーちゃんかお前は!」
「別によかろう。それにお前ら、何だかんだ言って食べる気満々ではないか」
「まァ、万年金欠の僕らとしては願ってもない贈り物ですからね」
「今はただでさえカツカツアル、誰かさんのせいでな」
「そりゃ俺か!俺のことか!」
「そーに決まってんだろこの天パが!」
「ダメよ神楽ちゃん。もっとオブラートに包まなきゃ。他に誰がいんだコラァ?とかね」
「いや、妙ちゃんそれ全然オブラートに包まれてないから。中身全部はみ出てるからね」
「つーか命をかけて江戸の平和を守ったっつーのになにこの扱い」
『日頃の行いが悪いからだ』
「エリーよく言ったネ!オラ天パ、この言葉をしっかり刻み付けるヨロシ。そして私にもっと酢昆布を買うネ!」
「買うか!っつーかオメーにだけは言われたくねーんだけど!」
「……………もういいから早く芋焼いてくれる?」
「「………ハイ」」


妙ちゃんの凄みにバカコンビが黙り込む。神楽ちゃんは芋の入った袋を新八くんにパスし、銀さんはさっきより団扇をパタパタさせた。まァ、妙ちゃんに逆らえるヤツはここにはいないよな。ってか世界中探してもいないよな。


ある程度火が起こったところで、芋を投入することに。それにしても銀さんは手際がよくて、やっぱり器用なんだなぁと改めて思う。新八くんは銀さんのサポートと言った感じだ。ちなみに、途中で妙ちゃんがぜひ焼くのは自分にやらせてくれと言ったけど、全員全力で拒否した。妙ちゃんがやるとかわいそうなたまごならぬかわいそうな芋になってしまう。


「新八ィ、芋入れんぞ」
「ハーイ」
「待つアル!」


そう言って神楽ちゃんが新八くんと火の間に割り込んだ。…や、危ないよ…。


「この一番大きいのが私のアル!先に入れるヨロシ」
「はァ?そんなの知らないよ。大体火の中入れちゃったらどれかなんてわかんないよ」
「名前書いたから大丈夫ヨ!」
「ハアァァ!?名前書いたって何!!っつーか何得意そうな顔してんのォォ!!」


芋を包んでいるアルミホイルには、マジックで「かぐら」と書かれている。さっきマジック貸してって言ってたのはそういうことらしい。


「じゃー俺も書く!俺にもマジック貸せ!」
「何勝手なこと言ってんですか!あ、僕コレがいいなァ」
「待て!ここは買って来た俺たちが…」
『お金出したのは俺だ!』
「オイィィ!あの荒波を掻き分けて芋を獲得したのは俺だぞ!」
「っつーかこれは俺たちがもらったもんだからオメーらに食う権利ねェだろ!」
「なに?食べるつもりだったアルか?ヤーネーこれだから意地汚い大人は」
「貴様ら…そこに直れ!成敗してくれるわ!」


そうして気がつくと、焚き火を囲んで乱闘へ…。私は妙ちゃんと並んでその様子を茫然と眺めていた。


「………ちゃんはいいの?選ばなくて」
「アイツら見てたら何もかもどうでもよくなった」
「あら、奇遇ね。私もそんな気分よ」
「二人で余りものでも食べようか…」
「余るかしら?」
「………余らないかもね。でももうそれすら…」
「どうでもいい、わよねェ」


二人同時にため息をつく。こういうとき、ドッと疲れを感じるんだよね。なんか両肩に錘が乗ってる感じ…。……って、肩重ッ!両肩重ッ!振り返ると、いつのまにか私の肩に手を乗せた銀さんが、なんだかボロボロになっていた。


「オメーも選んで来いよ」
「いや、いいよ私は」
「んーなこといってっと神楽と定春に全部くわれんぞ。お妙、オメーも選んで来い」
「あの中に混ざるのがいやです」
「オメーらなァ、食いもんっつーのはいつでも争奪戦なんだよ。回転寿司然り、スーパーの特売然り」
「そんな争奪戦やりたくないから」
「っつーか芋、かわいそう」
「お前、かわいそうってそれ違うだろー。むしろただの芋をあんな取り合いするやつなんてほかにいなくね?芋冥利につきるじゃねーか」


そういって、私の隣に座る銀さん。持っていた5つの芋のうち、私と妙ちゃんに一つずつ渡す。そして、さっき私が持ってきたマジックを手渡された。


「オラ、名前書いとけ」
「…うん」


なんだか、妙に優しい気がするんですけど。とは口に出さずに、アルミホイルに、と書き込んだ。それに自分の取り分3だしね…。妙ちゃんにマジックを渡すと、妙ちゃんもかなりきれいな字で妙、と書いた。ホント綺麗な字だ。銀さんの字とは大違い!


使い終わったマジックを私に渡すと、妙ちゃんはみんなのほうに歩いていった。…え、いっちゃうの?銀さんと二人になるの、いやなんですけど…。と思って妙ちゃんを呼び止めようとしたけど、それはもうさわやかに無視された。…ってか、確信犯じゃね?私が嫌がってんのわかっててわざとやってね?


「あー…私マジックもどしてこよっかなァー…」
「あ?んなん後でいいだろ」
「いやでもホラ、なくしちゃまずいじゃん。妙ちゃんのだし」
「ポケットにでも入れとけよ」
「ポケットなんてねーよ。お互い着物だろ」
「懐に入れとけ」
「いーよ。戻してくるよ」


そういってそそくさと立ち上がる。だって気まずいもん!だけど銀さんはそんな私の気持ちも読まずにじゃー俺も行くわ、だって。来んなァァァァ!


「いや、いいよ、座ってなよ」
「いーよ、俺のまだ焼けないし」
「いやいいからホント。だってマジック戻しにいくだけだから」
「ハイハイ、じゃーレッツゴー」


そういって私の背中を押す銀さん。ちょ、なんなのコイツ!さっきから私の気持ち無視しすぎだから!


結局銀さんに押されるまま廊下を歩いて、リビングの戸棚の中にマジックを戻した。てか、場所知ってるなら銀さんにいってもらえばよかった…失敗した。なんて思っている間にも、なんとなく気まずい空気が流れる。…あァ、だから二人になるのはいやなんだよ…。


「わ…私、飲み物もってこよっかなー…」
「おー、いーねそれ。俺いちご牛乳」
「ハイハイ、持ってくから…先に戻ってて」
「一人じゃ全部持てねーだろ。手伝ってやるよ」
「怪我人でしょ!いーから戻ってて」
「もう直ったっつーの」
「いや、でもホラ!あんま動くと」
「うっせーなー。んだよお前。…そんな俺と一緒にいるの嫌なわけ?」
「いや、違いますけど!」


銀さんの方は見ないで台所へ歩き出す。その後ろを銀さんが着いてくる。…ってか、ついて来んなァァァ!


「ついてこないでェェ!」
「ヤダ!」
「ヤダじゃねェェェェ!」
「つーかダメ」
「ダメってなにィィ!」
「つーか何で逃げるんだよ!」


台所に入った瞬間、思い切り肩をつかまれた。思わず振り払って後退ると、思ったより悲しそうな銀さんの顔。


「…あ、と…」
「なんだよ。…俺のこと嫌いになった?」
「違ッ」
「じゃーなに?俺なんかした?怒ってんの?ここ来たときからずーっと俺のこと避けてるよな、お前。その前はなんともなかったのに」
「…それは…」
「すっきりしねーからさ。…はっきり言ってくんねー?」


怒ってるのか悲しんでるのか、よく分からない中間の表情を作って、銀さんが言った。その目はたまに見せる、"煌いた"目だ。


「…銀さんが」
「あ?」
「似蔵と…屋根の上で戦ってるとき」
「あー、お前が勝手に高杉んとこいってたときか?」
「あのとき…下から見てたの、二人が戦ってるの」
「へェ。…それで?」
「恐かったから…ごめんなさい」
「恐かったって…何が」
「……銀さん、が」
「……」
「一瞬…一瞬だけど、銀さんが別人みたいに見えて…アレが、白夜叉なんだって思った」
「お前…どこまで知ってんだ」
「な、なんにも知らないよ!銀さんが攘夷戦争に参加してて、白夜叉って呼ばれてたことと、そのときヅラや高杉と一緒だったことくらい…」
「……そーか」


そういうと、銀さんはぼりぼりと頭をかいた。…やっぱり、知られたくないことなんだろうか、昔のことは。


「…別人みたい…か」
「でも、遠目だったし…」
「いや、お前が正しいかもな。…俺なんて、天人とはいえたくさんの命を奪ってきた…ただの人殺しだ。そのくせ仲間の命も守れなかった」
「そんなッ」
「お前に怖がられても無理ねーよ」
「……そんなこと、いわないでよッ!」


自分で言い出したことのくせに。…私は銀さんに抱きついて、その言葉を止めた。だって、もうそれ以上いってほしくないから。


 ―――高杉の言葉を、思い出すから。


「…銀さんは、守るために…自分の大切なもののために、剣を振るったんだよね?だったら、ただの人殺しじゃないよ」
「お前」
「絶対違う!銀さんはただの人殺しなんかじゃない!だから…!」
「落ち着け」


ぽんぽん、と背中を叩かれる。その手があまりに優しくて、涙が出そうになる。顔を上げると、すぐ近くに銀さんの顔がある。…少し困ったような顔をしている。


気持ちがこみ上げてくる。伝えたいことがたくさんある。でも、どれも言葉にするのは難しくて、結局一番に出てきたのは、たった一つの、とても簡単な言葉だった。


「…好き」
「え?」
「……私、銀さんが好きだよ」
「…お前」
「だから…私の好きな人が、理由もなく命を奪うなんてこと、ありえないもん。…だから、銀さんが人殺しだったとしても…"ただの人殺し"じゃないよ…」
「ッ」


私は知っている。"ただの人殺し"を。でも銀さんは違う。仲間のために、大切な人のために戦っていたんだから。


「もういい。なんもいうな」
「…でも」
「いーから!」


その言葉と同時に、強引に口付けられた。初めてキスしたあの夜のような優しいものじゃなくて、もっと激しい、脳まで入り込んでくるようなキス。だけど、頬を包む大きな手は、悲しいほど優しかった。


唇が離れる。温もりが遠ざかるのが切なくて、首に絡み付いた。


「…ゴメンな」
「え?」
「恐かったっつってたから。恐がらせてゴメンな」
「……違うよ。私が恐いっていったのは、銀さんが別人になっちゃうかと思ったから…」
「だから、それ含めてゴメンっつーこと。でもよォ?普通恐かったら嫌いになるんじゃねーのか?つーかなんでオメーが謝ってんの」
「……嫌いになんか、なれないよ」


むしろ、好きだって思い知らされたんだから。そういったら、銀さんが小さく笑って、再び口付けられる。今度は触れるだけの軽いキスだ。


「…あのさ、俺、好きっていわれて突っぱねられるほど大人じゃねーんだけど」
「大人になるのがそういうことなら、一生大人にならないでほしい」
「お前が恐がった俺は確かに俺だぞ?いやじゃねーのか」
「…大丈夫、普段の銀さんからは想像もつかないから」
「おい、それってちょっとバカにしてねー?」
「してないしてない」
「ホントかよ。…つーか、銀さんはちゃんのこといただいちゃっていいってわけ?」
「……なんかその言い方卑猥なんだけど」
「いやいや、マジで頂いちゃうよそっちも」
「あげねーよ」
「え、マジ!銀さんを欲求不満で殺す気!?」
「……怪我が治るまではダメ」


それくらい察しろよ。と小さくいうと、銀さんは一瞬黙り込んで、それからすぐにムフフ、と気持ち悪く笑う。余計なこと、言わなきゃよかった。そう心底思った瞬間、やけに真面目になった銀さんが、私の目を射抜いてくる。


そうして触れた唇は、これまでのどのキスよりもずっと優しくて、さっきまでグチャグチャだった心が、たった一つの感情で一瞬にして満たされた。


それは見えないけれど確かにそこにある、貴方といる幸せ。


Scene.5


それから銀さんと二人で、麦茶と銀さん専用のいちご牛乳を持って庭に戻った。用意している間にいきなり銀さんに抱きしめられてビックリしたけど、俺、独占欲強いから、とか言われたので、思い切り笑ってやった。


戻ったら、いつの間にか庭は戦場と化していて、なんかもう、ホントにどうでもいいやって気持ちになった。ああまで来ると、ホントに本気で芋がかわいそうになってくる。


みんなの分の麦茶をコップに注ぐ。銀さんはそれを、いちご牛乳を飲みながら見ている。…なんだかみられていると落ち着かないんだけど…。


「銀さん」
「あ?」
「あんまり見ないでくれる…?」
「いーじゃん別に。やっと手に入ったんだからよォ」
「手に入ったって…私はアイテムかッ!」
「お前よォ…今まで銀さんがどれだけ我慢してたと思ってんだよ」


そういって、銀さんはいちご牛乳を飲み干した。そして空のコップに新しく注ぎ足しながら、二杯目ーるんるーん、と鼻歌を歌いだす。


「我慢って…全然出来てなかったくせに」
「おまっ、それを言うなよ!アレで精一杯だったの!好きな女が一つ屋根の下に暮らしてたら、男は誰でも獣になるっつーの!」
「……へェ…」
「なにその目は!つーかお前もわりーんだぞ!あんな無防備で我慢しろっつー方が無理な話だよ…」
「…無防備?」
「お前、襲われるとかそういう危険、全く考えてなかったろ」
「うん」
「うんって…俺も男だってことわかってる?」
「わかってるけど…信じてるから」
「っ、 …たく、都合いいんだよお前は!」


そういうと、髪の毛をわしゃわしゃとかき回される。なにすんだよ、と顔を上げると、どうしてか、また"煌いた"目をしている。…この目をされると、私は何もいえなくなるんだ。ホント、卑怯だなァ。


騒いでるみんなの方を見ながら、つぶやくように言った。


「お前が…さ」
「?」
「過去に何があったとか…俺からは聞かねーよ。でも…気が向いたら話してくれや」
「え?」
「人間にゃ言いたくねーこともあんだろ。お前も俺も。…それを、あえて聞くような無粋な真似はしねェから」
「…う、ん」
「よし、じゃー芋食うかー!」


そういって立ち上がると、みんなの輪の中へ入っていく銀さん。…けど私は、その後姿を茫然と見つめていた。


過去に何があったとか…俺からは聞かねーよ


私の過去。それについて、私は何もいったことがないというのに。…いえないようなことがあると、思われたんだろうか。それともアレは、俺も聞かねーからお前も聞くなよ、という意味なんだろうか。


「オイ、オメーも来いよ」
「あ、うん!」


名前を書いた芋を持って、みんなのほうへと駆け出す。そして銀さんの隣に並んで、…なんとなく気まずくて、誤魔化すように笑う。…すると、銀さんの顔が急に恐くなって、何かと思ったら、いきなり肩をつかまれた。


「え…な、何?」
「……今」


そういえば、前にもこういうことがあった。私の誕生日パーティの後、万事屋に帰って二人で話していたときだ。


「今、お前が…」
「私が?」
「……いや、なんでもねー」
「ちゃんといってよ、気になるじゃん」
「……   て、みえた」
「え」
「あー、銀ちゃん何とイチャイチャしてるネ!」


そんな神楽ちゃんの言葉に会話がさえぎられた。そこからは妙ちゃんが怒り出し、新八くんが蔑み、ヅラとエリーはマイペースに芋を食べ始め…銀魂らしく、それはもうグダグダになってしまった。


私は少し離れたところで、銀さんの言葉を反復させていた。


それは、銀さんの目の錯覚?普通に考えたらそうだ。…でも、私はこの世界の人間じゃない。本来は存在しないものだ。


言い知れぬ不安が、こみ上げてくる。銀さんの言葉がまた、頭の中で木霊した。


「…透けて、みえた」


2008.06.28 saturday From aki mikami.