Episode 22

好きだからこそいえないこともある

Scene.1






「高杉。 俺はお前が嫌いだ。昔も今もな。 だが仲間だと思っている。昔も今もだ。いつから違った、俺達の道は」


そう言ったヅラの言葉に、高杉は小さく笑みを浮かべた。


「フッ。何を言ってやがる。確かに俺達は始まりこそ同じ場所だったかもしれねェ。だがあの頃から俺達は同じ場所など見ちゃいめー。どいつもこいつも好き勝手、てんでバラバラの方角を見て生きていたじゃねーか。」


あの頃というのは、攘夷戦争時代のことだろうか?私には、昔のことなんて分からない。けどこれだけはわかる。


ヅラが…銀さんが、仲間として高杉を信頼していたこと。みんな、互いを認めあっていたこと。…それが、高杉だけはそうじゃなかった?


「俺は 俺の見てるもんは、あの頃と何も変わっちゃいねー。俺は―――」


そこで言葉をきった高杉は、ゆっくりと空を仰いだ。後ろにいるせいで、その表情は読みとれない。


「ヅラぁ、てめーらが国のためだァ仲間のためだァ剣をとった時も、そんなもんどうでもよかったのさ。…考えてもみろ。その握った剣、コイツの使い方を俺達に教えてくれたのは誰だ?俺達に武士の道、生きる術、それを教えてくれたのは誰だ? …俺達に生きる世界を与えてくれたのは、まぎれもねェ。松陽先生だ」


松陽先生。
聞き慣れない名前だ。はじめて聞く話に頭が混乱して、ついて行くのがやっとだ。それに、銀さんがいない間にこんな話を聞いてしまうなんて。…内緒話を立ち聞きしているような気持ちになった。


それでも聞かずにはいられなかった。銀さんの、ヅラの、高杉の過去。今この状況を作り上げるだけの過去が、三人にはあるのだということ。


「なのにこの世界は俺達からあの人を奪った。だったら俺達はこの世界に喧嘩を売るしかあるめェ。あの人を奪ったこの世界をブッ潰すしかあるめーよ」


あの人を奪った?あの人とは松陽先生のことだろうか。
…なら、奪ったのは戦争?天人?先の見えない話に、私は頭をフル回転させた。


「なァヅラ。お前はこの世界で何を思って生きる?俺達から先生を奪ったこの世界を、どうして享受しのうのうと生きていける? …俺はそいつが腹立たしくてならねェ」
「高杉… 俺とて何度この世界を更地に変えてやろうと思ったかしれぬ。だがアイツが…それに耐えているのに。やつが…一番この世界を憎んでいるはずのやつが耐えているのに、俺達に何ができる」


ドクン、と、心臓が大きな音を立てた。


…やつ?それは、誰のことだろう。なんて聞くまでもない。


銀さん。


時々見せるあの真剣な顔が、高杉の後姿を睨んでいたあの目が、目の前にちらついた。


「俺にはもうこの国は壊せん。壊すには…江戸(ここ)には大切なものができすぎた。 今のお前は抜いた刃を鞘に収める機を失い、ただいたずらに破壊を楽しむ獣にしか見えん」


涙が出そうになった。高杉が、ヅラが、…銀さんが、今何を思うのか。銀さんは、この世界を憎んでいる?


…そんな銀さんを、私は知らない。


銀さんは優しいとか、頼れるとか、銀さんのことを知った気になって、ホントは銀さんのこと、何も分かってないの?


…知りたい。でもそう願う権利は私にはない。


「この国が気にくわぬなら壊せばいい。だが江戸(ここ)に住まう人々ごと破壊しかねん貴様のやり方は黙って見てられぬ。他に方法があるはずだ。犠牲を出さずともこの国を変える方法が。松陽先生もきっとそれを望ん…」
「キヒヒ 桂だァ」


ヅラの言葉を遮ったのは、この場にそぐわない下品な声だった。頭の上を振り返ると、そこには鎧を着た天人が座っている。


「ホントに桂だァ~」
「天人!?」
「ヅラ、きいたぜ。お前さん以前銀時と一緒にあの春雨相手にやらかしたらしいじゃねーか」


船縁に寄り掛かりながら振り返る高杉。その笑みに、私は寒気を覚えた。


…宇宙海賊「春雨」と言えば、前に新八くんや神楽ちゃんがさらわれた話のアイツらだ。そんな危険な連中と高杉が、どうして?


「俺ァねェ、連中と手を結んで後楯を得られねーか苦心してたんだが、おかげでうまくことが運びそうだ。お前達の首を手土産にな」
「高杉ィィ!!」
「俺ァただ壊すだけだ。この腐った世界を」


その言葉とほぼ同時に、天人が私たち目掛けて飛び掛かってくる。私はそれをよけるのに精一杯だったけど、ヅラはその天人をすべて薙ぎ倒し、私の手をひいて走り出した。


去り際に高杉が、ニヤリと笑みを浮かべたのが見えた。


Scene.2


長い通路をヅラに引かれるまま走っていた。襲って来る天人は大分少なくなった気がする。


「…


走りながら、ヅラが言った。


「さっきの話…聞かなかったことにしてくれるか」
「え…?」
「俺からすべてを語ることは出来る。だが、その権利は俺にはない。…アイツがそれを望まないなら、なおさらだ」
「………うん」
になら…アイツはすべてを話すときが来るだろう。だから…それまで待ってやってほしい」
「うん…」
「それと」


そう言葉を切ると、ゆっくりとスピードを落として立ち止まる。その半歩後ろで止まった私を振り返ると、やけに真面目な顔で言った。


「アイツのそばに…いてやってくれ」
「え…それって…」


そんなことを言われるとは思わなくて思わず聞き返そうとしたら、強く腕を引っ張られ引き寄せられる。そして私がいた場所を、鮮やかな剣戟が横断していった。


「っ…わっ…」


後には、天人が2体転がっていた。


「おちおち話もしてられん。急ぐぞ」
「う…うん!」


再び手を引かれて走り出す。その横顔は高杉との話のせいかイライラした様子だったけど、とにかく私を引っ張る手は優しかった。


そばにいてやってくれ。そう言われて思い出した。ヅラは前に、銀さんは私を気に入ってるって言っていたんだ。私と会ったのはあの日がはじめてだったのにわかってしまうってことは、やっぱり何だかんだで銀さんとヅラは仲がいい…ってことなんだろうか。でも、そんな風に思えば思うほど、違うことが頭をよぎる。


…私なんかで、いいんだろうか。


銀さんの痛みも苦しみも、何にも知らない私。銀さんが考えてることなんて、全然わからない私。たとえすべてを知っていたとしても、いつかいなくなってしまうかもしれない私。


長かった通路に終わりが見えはじめると、そこにいる大量の天人と人間に圧倒された。刀と刀がぶつかりあう音、人が倒れる声、吹き出る血飛沫。


映画のような光景なのに、頭がグラリと揺れて、吐き気が込み上げてきた。


、お前はあっちへ!」


そう言われて、エリーのほうへと放り出される。走ってきた勢いのせいで止まれずにいると、そこを受け止めてくれたのは新八くんだった。


「新八くん!!」
さん、やっと合流できましたね」
「う、うん…あの」
「伏せるネ!」


そう言われて新八くんと二人で伏せると、頭のスレスレを足が通り過ぎて行く。


、ケガないアルか?」
「か、…か! 神楽ちゃァァァァァん!!」
「のわっ!!」


よかったァァ!!感動のあまりに抱き付くと、殺す気かァ!と言って殴られた。いだだだだ!頭割れる!でもこの痛みも懐かしく思えるほど、私はそれはもうホッとしていた。だって、ずっと心配してたんだから!


「オーイオイ、俺のこと忘れてない?」


私たちの感動を遮ったのは、気の抜けた声。…振り返ると、そこに全身ボロボロの銀さんが、いつものように笑いながら立っている。


また、ドクンと心臓が鳴った。


「ぎ…銀さん…」
「なぁにその顔。俺がやられると思った?主人公よ俺。っつーかこっちがヒヤヒヤしたっつーの。勝手に高杉のとこなんて行きやがって…」
「銀さん、後ろ!」


お父さんみたいなお説教をはじめた銀さんの後ろから、一体の天人が忍び寄る。危ない!私がそう思った瞬間、銀さんはそれを伏せて交わし、その一瞬の隙をついてヅラがその天人をぶった斬った。


「銀時、説教は後にしろ!」
「…よォヅラ。どーしたその頭、失恋でもしたか?」
「だまれイメチェンだ。貴様こそどうしたそのナリは。爆撃でもされたか?」
「だまっとけやイメチェンだ」
「どんなイメチェンだ」


まったくだよ。んなボロボロになるイメチェンなんておかーさん許しません!…って、私お母さんんんん!?


「桂さん!ご指示を!!」
「退くぞ」
「えっ!!」
「紅桜は殲滅した。もうこの船に用はない。うしろに船が来ている、急げ」
「させるかァァ!!」
「全員残らず狩りとれ!!」


そういうと、一斉に襲いかかって来る天人。それに応戦する銀さんたち。…私はみんなが作った輪の中心で見ているだけだったけど…。こういうとき、自分の身すら守りきれない自分に嫌気がさす。


「退路は俺達が守る」
「いけ」
「しかし…!」
「銀さん!!」


ヅラと銀さんの言葉に、エリーは新八君アンド神楽ちゃんを両脇に抱えた。そして私もヅラの配下の人に抱え込まれる。私なんて足手まといなのはわかってる。…けど、今ここで逃げたら銀さんは?ヅラは大丈夫?なんて不安にかられたけど、去り際に見せた銀さんの表情が、安心しろと言っていた。


いつもみたいに、ニヒ、と笑って。


なにがニヒ、だよ。怪我人の笑顔じゃねーよ、馬鹿じゃねーの?っつーか馬鹿だろ。…でも、大丈夫だと思える。あの顔を見ると、ああ、いつものちゃらんぽらんな、不真面目な、わがままな銀さんだなァって思える。そのうち、あーいてーなァ、なんていいながら帰ってくるだろうって思える。


そして私たちはヅラの船に乗って、戦線を離脱した。


Scene.3


地上についてまず一番に救急車を呼ぼう、的なことを考えていた私は、それをあっさりエリーに止められた。まァ、ヅラやエリーみたいな非合法な人たちが、こんな争いごと起こして公共の治療を受けられるはずがないだろうな…とは思ったけど、私達は関係ないと思うんですけど?という疑問は当然受け入れられなかった。


みんなはエリーが呼んだ医者に怪我を見てもらった。というか、しゃべれないのにどうやって呼んだんだ?やっぱあれなのかな、しゃべったのかな、中の人が。


私は銀さんのバイクに跨ったまま、二人の帰りを待っていた。


大丈夫だろうとは思っても、やっぱり二人の顔をちゃんと見るまで安心は出来ない。だからって何かすることがあるわけでもないし、私は取りあえずただ座っているしかなかった。


「…さん」


そう後ろから声をかけたのは新八くんだった。


「大丈夫ですか?」
「私は全然平気。みんなが守ってくれたからね。…それより、新八くんは怪我、大丈夫?」
「僕も神楽ちゃんもたいしたことないですよ」


そういって、私の隣に並ぶ新八くん。二人で遠い海を見つめながら、たぶん同じ事を考えていた。


「銀さん、遅いですね」


先に口を開いたのは新八くんだった。


「…そうだね」
「大丈夫、ですよね」
「大丈夫でしょ。銀さんだから…」
「そうですよね」


はは、と乾いた笑みを浮かべる新八くん。大丈夫だといいつつも、内心では心配なんだ。…でも、それはお互い様だ。


「今回は私…色々迷惑かけちゃってゴメンネ」
「そんな…迷惑なんてかけてないですよ。それを言ったら銀さんの方がよっぽど迷惑です」
「あはは…そうかも」
「あーあ、これでまた治療費がかさみますよ。暮らしていけるのかな僕たち…」
「…ねェ」


新八くんの言葉を遮った。…どうしても、言いたいことがあったからだ。それはもうずっと前から思っていたことで、今日また改めて思わされたこと。


「私に…剣術、教えて」
「え?……はあああああ!?」
「いや、そんなに驚かなくても」
「だだだだ、だって!剣術ですよ!?さんが、剣術!?どんくさいさんが!?」
「失礼だなオイ」


どんくさいって失礼な。そりゃ運動は苦手だけれども。よく銀さんに動きが鈍いって言われるけれども。でも普段の動きはキビキビしてるじゃない。大丈夫、私はやらないからできないだけだって!やればできる子だって!


「今日ね、思ったんだ。…私は、誰と一緒にいても守られるだけで、誰かを守ってあげることなんて全然出来ないんだなって。…でも、守ってあげることは出来なくても、守られないことは出来るじゃない?要するに、自分で自分を守ることは出来る。でしょ?」
さん…」
「私、これ以上みんなに傷ついてほしくないんだ。…そりゃあ、またこういうことが起こるときがくるかもしれない。でも、そのときに、せめて私のせいでみんなを傷つけることがないように…」


私だけがいつもみんなに守られて、傷つかずにいるなんてそんなのいやだから。別に傷つきたいわけじゃないけど、みんなだけ苦しんでるのをみるのはいやだから。


「だめかな?」
「いえ…いいですけど…」
「新八くん家道場だし、剣術を教わるなら新八くんが一番かなって思ったんだ」
「え、そ、そうですか…?」


なんかちょっと照れている新八くん。あれ、何で照れてんの。まァいいけど…。


「オーイ新八ィ、も、銀ちゃん帰って来たアルヨー!」


向こうから神楽ちゃんの大きな声が響いて、二人で振り返る。そこにボロボロのヅラと、更にボロボロでヅラに支えられた銀さんが立っている。その表情がまた怪我人とは思えないほど憎たらしくて、二人で駆け寄りながらバカヤロー、と叫んでやった。


「何がバカヤローだコノヤロー。一仕事終えて帰って来た銀さんをもっと労えよ」
「うっせー!また治療費増えるだろーがバカヤロー!」
「銀さんより金の心配ィィィ!ちょっとショックなんですけど!心痛いんですけどォォォ!」
「日頃ちゃんと働いてないからこういう反応されんじゃないの?」
「いや、ちゃんと稼いでるじゃん。働いてるじゃん。お前らも一緒に働いてるじゃん」
「お前のパチンコとかパチンコとかパチンコとかで全部パーだヨ!」
「いで!いででででで!」


神楽ちゃんの鉄拳を食らった銀さんが地面に倒れこんでごろごろ転がるのを、私と新八くんとヅラで見下ろしながら笑った。やっぱり、銀さんはこうでなくっちゃ。シリアスモードは万事屋に似合わないもん。


「ヅラ、銀さん連れてきてくれてありがとう」
「ヅラじゃない桂だ。たいしたことではない。…それより、さっきのこと、頼むぞ」
「あ…うん」


さっきのこととは、多分銀さんには言わないでほしいという、あのことだろう。軽く頷いた。


念押しされなくても、絶対聞けない。銀さんがそれを隠したがっているならなおさらだ。まァ隠したがっているのかすらもわからないんだけど、少なくとも笑いながら話せるようなことではない。それに、銀さんのいないところでフライング的に聞いてしまったことだもん。知らないことにするのが、やっぱり妥当なんだろうと思う。


「…ちょっと、何を頼むって?」


私とヅラの間に割り込んできた銀さん。もう復活したのかよ、というつっこみは、まァなしにする。


「秘密ー」
「うわッ、なんだよ、お前らいつの間にそんな仲良くなったわけ!?」
「男が嫉妬とは、見苦しいぞ銀時」
「そーだそーだー」
「うるせー!こんな目の前でそんな話ししてたら普通気になるだろーが!」
「醜いねー、嫉みって」
「んだとコラァァァァ!」
「銀ちゃん、みっともないアル」
「うるせェェェ!もう秘密でもなんでも好きなだけ作って来いやコラァァァァ!」


なんかそんなわけの分からないことで逆上した銀さんが、うがあああ、とか叫びながらヅラを突き飛ばしバイクの方へ歩いていった。けどバイクの前まで行くと、しばらく一時停止した後私の前に戻ってきて、運転して、だって。


「…バカ」
「うるせー」
「……のせねーぞ」
「ウソです。乗せてください」
「はァ…。わかりましたよ。じゃ、新八くん、神楽ちゃん。私銀さんと先にバイクで帰るから。二人はヅラにでも送ってもらって」
「分かりましたー」
「待て待て!俺か!?俺が送るのか!?」
「巻き込んだんだから当然でしょ?」
「つーことだヅラ。頼んだぜー」
「頼んだぜーヅラァ」


銀ちゃんと神楽ちゃんが片手を上げて似たようなことをいうと、苦渋に満ちた顔をしたヅラが仕方ない、とつぶやいた。まァ、みんないっぱいいっぱいだからね、めんどくさいよね。でも、自分でまいた種だから。


「じゃ、後でね」


バイクに跨って、鍵をさした。メットを銀さんに渡すと、俺頭固いからいらねー、とか言ってつき返されたので、仕方なくメットを被る。…だってこのメット、銀って書いてあってちょっと恥ずかしいんだもん。


「気をつけて」
ィ、襲われたらそいつ殺していいアルヨ」
「こんなボロボロで襲う元気ねェから。そんな盛りじゃねーから」
「つかまる振りして胸揉むかもしれないネ」
「そんな乗せたくなくなるようなこといわないでよ…」
「つーかお前ら、おれのことなんだと思ってんの」
「「「エロリスト」」」
「は?」
「前に銀さんが自分でいったんじゃん」
「つーかそれをこいつらに話したわけ?お前銀さんのこと追い出したいわけ?」
「あー、追い出したらちょっとは家計楽になるかもね」
「パチンコでお金が減ることもなくなりますもんね」
「食費も一人分浮くアル」
「いや、神楽ちゃんでだいぶ稼いでるから。一人分浮いてもたいした変わんないから」
「くそー、お前ら俺が元気になったら覚えてろよ!アレだから、あの、アレ、ドカーンだから、ドカーンってするから!」
「なんだよそれ。爆弾でも使うのかよ」
「頭悪いアル…」
「オメーにはいわれたくねェ!」
「というかお前らは早く行け!」


まさかのヅラにつっこまれて会話を終えた私達は、万事屋に向けて出発することにした。ヅラとエリーに別れを告げて、新八くんと神楽ちゃんには後でねと声をかけて、バイクを発進させる。


銀さんの腕が回される。その手は包帯が巻かれて、その包帯もボロボロになっていて、大変だったなァ、と改めて思う。


「お前、バイク乗れんのな」


後ろからそういわれたので、ウン、と返した。


「速攻で免許取ったからねー」
「運動神経悪くても免許とれんだなー」
「うっせーよ振り落とすぞ」
「ごめんなさい」
「つーか、免許に運動神経関係ないでしょ」
「ま、そりゃそーだな」


そういうと、背中に銀さんがよしかかる。さっきより少し重くなった背中が、なんだか妙に温かい。


「…銀さん、重い」
「いーだろちょっとくらい」
「ちょっとじゃねーよ」
「んだよケチー」
「かわいこぶんな」
「ぶってねーよ。ホントに可愛いんだよ」
「うっわ。ちょっとコイツ殴りたいんですけど」
「もっと優しくしてくれる?銀さん怪我人なんだけど」
「自分で怪我しに行った人なんて知りません」
「止めなかったくせによォ」
「止めたって無駄でしょ」
「…まァな」


そういうと、何度も額を擦り付けてくる銀さん。それがくすぐったくて少し身体をよじると、腰に回された腕に力がこもった。…信号がちょうど赤になったので、負担をかけないように出来るだけゆっくりと止まる。


「…怪我、してねーだろーな」
「え?」
「高杉になんもされてねーか?」
「されてないけど…」
「そーか。そりゃーよかった」


声だけ聞くと、本当にそう思ってんのかっていいたくなる言い方だったけど、伝わってくる腕の強さが、本気でいってるんだと思わせる。…また心配かけたんだなと思ったら、胸が痛くなった。


「…ゴメンネ」
「あ?」
「心配かけて」
「心配なら俺のほうがかけたんじゃねーか」
「そりゃそうだけどさ。勝手に高杉の方にいっちゃって…ヅラがいなかったら、やばかったかも」
「何ッ!!」


身体を離した銀さんが大きな声でそういったので、道行く人がみんなこちらを振り返った。いや、声デケェよ…。


「こりゃー帰ったらお仕置きだな」
「はッ!?」
「主人に従わねェ犬はちゃんとしつけしねーと」
「私犬じゃねーし。銀さん主人じゃねーし。つーか何で表現がいちいち卑猥なんだよ」
「うるせー!早く帰るぞコラ!あれ、いで、いでででで、ちゃん腕痛い、痛いよそこ傷だから、ちょっとォォォォ!!」
「しらない」
「いででででで!」


そんなやり取りをしながら、私達は万事屋への道を辿った。


Scene.4


万事屋に帰ってくると、一番に電話が鳴った。相手は新八くんで、新八くんの家のほうが広いし病院にも近いので、怪我が治るまではそちらにいようと妙ちゃんに掛け合ってくれたらしい。私達は必要な荷物だけもって、またバイクで志村家に向かうことになった。


「銀さん、荷物持った?忘れ物ない?」
「おー。っつーか怪我人に荷物持たせるってひどくね?」
「私箸より重いものもてないから」
「ウソ付け!お前なら2tトラックももてるだろーが!」
「もてねーよ!神楽ちゃんならもてるかもだけど…私人間だから!もてないから!持ったら死ぬから!」
「うるせー怪力!」
「んだと天然パーマ!」


そんなやり取りをしながら再びバイクに跨る。後ろに乗ってるからには多少の荷物は負担していただかないと。


「ったく。最近お前ら生意気になってきたよな。まァお前は最初っから生意気だけど」
「何言ってんの、今も昔も変わらず可愛いでしょ」
「可愛くねーよ」
「落すぞ」
「かわいーやつはんなこと言わねーよ」


そういうと、銀さんは私の頭にヘルメットをかぶせた。…まァ、実際かわいくないからなァ。とは勿論口に出さない。だってくやしいじゃん。


「あ」
「え、何」
「わりィ、忘れもんした」
「はァ?さっき忘れ物ないって聞いたじゃん!」
「今思い出したんだからしょーがねーだろ。よっ…ちょっと取りにいってくっから待ってろ」
「なに忘れたの?」
「いちご牛乳」
「は…バカ…」


後で買えばいいのに、この甘党が…。なんてことを思いながら階段をのぼる銀さんの背中を見やる。…ホント、普段はこんなガキみたいなのになァ。


…あの人の心にもやっぱり、闇が隠れているんだろうか。ヅラや高杉がいっていたような心の闇。何かを憎む気持ち。そんなものが、存在しているんだろうか。…この世界を、壊してしまいたいなんて思うこともあるんだろうか。でも、とてもそんな風に思えない、あの顔を見ていると。


そこまで思うと、思い出す。…あのときの、銀さんの顔。似蔵との死闘の中で一瞬見せた、白夜叉の顔。


攘夷戦争時代の銀さんは、どんなだったんだろうか。ずっとあんな顔して戦っていたんだろうか。…何かを、憎みながら。


だとしたら、それは私が思っている坂田銀時とは違う。そしてその違う銀さんも受け止めたいと思うけど、何も知らない、何も共有する出来事がない私に全てを受け止めるなんてこと、出来るんだろうか。大体銀さんはそれを望まないんじゃないだろうか。


「―――オーイ」
「っ!」
「何ボーっとしてんの。早く行くぞ。銀さん疲れたから。早く寝たいから」
「あ…うん」
「よっ、と」


後ろに乗って、手にはいちご牛乳の入ったレジ袋をぶら下げている銀さん。


…ねェ、銀さんは今、何を思って生きてる?


「…銀さん」
「あァ?」
「……なんでもない」
「なんだよ。わけわかんねーな」
「私にはわかってるからいーの。さ、行くよ」
「めちゃくちゃだなオメーは!」
「うるさいなァ」


余計なことは聞かない。それはヅラとの約束でもあるし、私だって、それを聞いて銀さんが離れていってしまうのはいやだ。それに銀さんがどんなことを考えていたって、銀さんは銀さんなんだから。


…でも。


私は恐いと思ってしまったんだ。銀さんを…「白夜叉」を。戦いの中で呼び戻され、研ぎ澄まされた過去の銀さんを。


「ククッ…怖ェか」


高杉の言葉と銀さんの顔が、交互に頭の中を駆け巡った。いつまでも発進しない私を不審に思ったのか、銀さんが何度も頭を叩いてくる。


「いてーよ!やめろや天然パーマ!」
「ゴフゥッ!!」


後ろ手に肘を食らわすと、そんな情けない声が聞こえてきた。…大丈夫、大丈夫。今ここにいる銀さんは、白夜叉じゃない。いつもの情けない、「万事屋銀ちゃん」だから。


考えないようにしよう。そう思って、私はバイクを発進させた。


2008.06.24 tuesday From aki mikami.