Episode 5

我慢がカッコいいとかおもってんじゃねーよ!

Scene.1






「オイ、もうちょっと早く走れねェか?」


廊下の一番端まで来たとき、長谷川さんがそういった。でも私は自分で立っているのがやっとで、とても走るなんて出来そうもなかった。


「…ごめ、ごめんなさい、でも私…」
「しっかりしてくれよ。ジジイ見失っちまう」


新八くんも神楽ちゃんもお母さんも、私の方を振り返る。…焦っているんだ。早く勘七郎くんを取り戻さないと。


「―――…先に行ってください」
「え!?」


新八くんが驚いた声を上げた。


「私が一緒にいても足手まといになるだけだから…行ってください」
「でも、危険なんじゃ…」
「大丈夫…銀さんが迎えに来てくれるから」


大丈夫、おいてかれたりしない。だから大丈夫。私は何度も自分に言い聞かせた。自分を落ち着かせるために。


「…わかった」


そう静かに言ったのは長谷川さんだった。


「でも、長谷川さん、こんな所に女の子一人で…!」
「確かに危険だが、瀬に腹は変えられねェ。それに、これからあちこち連れまわしてフォローしきれるかはわからねェ。ここにいたほうが安全だってこともあるだろ」
「…でも」
「大丈夫だから…ホントに…」


その言葉は、自分に言い聞かせるために言った。みんなの優しい言葉に心揺らいでしまいそうだったから。動揺して立てなくなってる私なんかが、わがまま言っちゃダメ。それに銀さんが絶対来るんだから。


「…回復したらすぐに追いかけてきてください」
「わかった」


新八くんの言葉に、なんとか笑顔で頷く。それで少しは安心してくれたのか、みんなは私に背を向けてジジイの後を追いかけていった。


壁にもたれて座り込む。自分のあまりの情けなさに涙が出そうになった。


私ってこんなに泣き虫だったかな。こんなに怖がりだったっけ。わからないけど、今こんなに恐怖を感じている。一人でここにいるのが怖くて仕方ない。知らない場所だから?それもある。だけど、もっとちがう…


廊下の向こう側に目を凝らした。遠い上に近視だからはっきりとは見えないけど、ちょうど似蔵と銀さんが斬り合ったところだ。


見ているのがイヤで、自分のひざに顔を押し付けた。大丈夫、絶対銀さんは負けないもん!そう何度も唱える。そう!主人公は負けないんだもん、死なないんだもん!だから銀さんはゼッッッタイ勝って、私を見つけてくれる。一人じゃない、大丈夫、一人じゃ…


…あれ?どうして私、こんなに一人が怖いんだっけ?ふっとそう思った。どうして置いてかれるのが怖いの?


そんな考えを遮るように爆音がなった。反射的に目を走らせるけど、丁度影になっていて見えないし声も遠すぎて聞こえない。…なに、何の音…?銀さんが似蔵を倒した音…?考えていると、視界がグラリと揺れた。


頭、いたい。また偏頭痛?こんなときに。てかせっかく銀魂の世界に来てるのに頭痛にならなくてもいいじゃん私よォ!ホント私はいつも肝心なときに役にたたないんだから…


「…バカだ、私」


どうしよう、ホントに泣きそう。泣いたって仕方ないのに。泣いたって誰も助けてくれないのに。


「―――…オーイ、何やってんだお前」
「!?」


銀さん!反射的に顔を上げると、そこには肩を押さえている銀さんがいた。ボロボロなのは違いないけど、ちゃんと元気にそこに立っている。


「ぎ、銀さ…」
「なに、お前また泣いてんの?みんなに置いてかれたんでちゅかー」
「…違うもん、自分で残ったんだもん」
「は?なんで?」
「…………………………腰が抜けて」
「……」


………


「ブァッハッハッハーッ!!お前バカ?バカじゃないの!バカだよね!?っつーかバカだろ!あれぐれェで腰抜けるとかどこのお嬢様ですかってーの!」
「う、うるさいなぁ!仕方ないでしょ!今まで刀とか血とか人斬りとか、そういうものとは無縁の世界にいたんだから!」
「でも腰抜かすってのはねェよなァ?」


ニヤニヤしながら正面にしゃがみ込む。ムカつく!と言ってやろうとして口を開いたけど、瞬間その目がスッと光って、言葉が喉の奥に消えてしまう。…急に真剣な顔になった銀さんは静かに、こぼすように言った。




「幸せもんだな、オメー」




あまりにもサラリと紡がれた言葉は、ムー〇ィのように右から左に流れてはくれなかった。銀さんの感情が私の中に、うっとうしいくらいにこびりつく。それが悲しみなのか後悔なのかそれ以外なのかはわからないけど、その言葉がさらに私を我慢出来なくさせて、ポロポロ涙がこぼれていく。


「うわっ、なんで泣くんだオイ?俺いけないこと言ったァ?」
「…言ったよ。言った」
「えェ?なに言った?バカだよねってやつか?腰抜かしたのバカにしたやつか?」
「…全部」
「マジか!」
「うそ。…なんでもないよ、止まんなくなっちゃっただけ」


んだよー、とむくれてみせた銀さんは、もういつもと同じ死んだ魚の目をしていた。まるで別人のように情けないその顔を見ていたら、なんだか泣いているのがばからしくなってくる。涙を拭って顔をあげたらまた、子供をあやすような優しい手がふって来た。


「…銀さんって泣いてると優しいね」
「バーカ。銀さんは泣いてなくても優しいだろーが。ホレんなよ?」
「ホレねーよ」
「…今小声ですごい辛辣な言葉が聞こえた気がするんだけど?」
「気のせいでーす」
「そーかー銀さんの聞き違いかー…ってんなわけあるかボケェェェ!」


むんずと立ち上がって思い切り、いっそ気持ちいいほど思い切り(いや、Mじゃなくてね)頭をぶっ叩かれた。ハリセンで叩いたみたいなスパーン!と言う音をたてて。


「いったァァァ!何さらすんじゃボケェェェ!」
「ボケはオメーだよ!ったく。…ま、そんだけ元気ならもうなんともねーだろ。ホレ、行くぞ」


そう言って差し出された右手。…不思議なことにもう涙は止まったし身体も震えてない。頭もしっかりしてる。


「うん!」


手を握る。強く引いて起こしてくれる。その手の温かさに、力の強さに、なぜたか笑みがこぼれた。


(その後事件は無事解決したのでした、ちゃんちゃん!/ええええええええええええ!)


2008.04.24 thursday From aki mikami.