Episode 28

思い込むと抜け出せないのが真のM

Scene.1






翌日。私はいつも通りの時間を過ごした。みんな私を心配してくれたけど、それが少し心苦しかった。


新八くんが帰って、神楽ちゃんも眠ってしまってから、私と銀さんはお酒を飲んだ。銀さんはやめたほうがいいといったけど、私が飲みたいといったら付き合ってくれた。


銀さんとお酒を飲むことはあまりない。それは私が普段あまり飲まないのもあるけど、銀さんが飲むときは大抵外食だからだ。…せっかくだから二人で楽しく過ごしたいと思ってこんなことを言ったけれど、銀さんはどちらかというと静かにお酒を飲む方らしい。…私もだけど。普段あんなにうるさいのはやっぱりあれなんだろうか、周りにあわせてるんだろうか。


「もう一本~」
「いやいや…銀さん今日ペース早いよ?」
「そーか?これが銀さんの普通ですよー」
「いや嘘つくなよ。弱いくせに」
「ばっか!俺は弱くねーよ!お前が強いの!」
「いや、銀さんは弱いよ。スグ吐くじゃん」
「あれは仮の姿だからね、うん」
「いや意味わかんねーよ」


そうつっこむと、うるせーな、とかいいながらおつまみを口に放り込んだ。どーもすいませんねー、と答えると、わかりゃーいいんだよー、なんていうもんだから、イラッとして頭にチョップを食らわした。


「イッテェんだよ!何すんだオイ!」
「ムカついたからチョップした」
「何淡々と答えてんだよ、ったく」
「銀さん声大きいよ、定春起きるよ」
「別にいいだろコイツは」


じろりと定春に視線を向ける銀さん。いや良くないよ。定春起きたらおつまみにまとわりついて、仕舞いには全部食べられちゃうんだから。


「なー
「ん?」
「ここ、おいで」


自分のひざをぽんぽん叩く銀さん。飲むと甘えん坊になる銀さんだけど、私が恥ずかしがるのがわかっているからニヤニヤしている。素直に恥ずかしがるのも癪なので、銀さんの言葉に従って銀さんのひざの間に座ると、後ろからギュッと抱きしめられた。


「何でそっち向いて座るのー」
「だってそっち向いたらお酒飲みづらいじゃん」
「俺より酒かよ」
「そういうわけじゃないけど」
「照れてんのか?かーわいー」
「うっせー!かわいくねーよ!」
「……うん、かわいくない」
「悪かったな!」


いいながら、抱きしめる銀さんの腕に絡みつく。すると、私の肩にあごを乗せて、ギュッと腕に強く力を込められる。


「お前さー」
「んー?」
「俺と同じシャンプー使ってるよなー」
「そりゃそうだよ」
「なのに何でこんないー匂いするんだろうなー」
「……気持ち悪いよ」
「だってよォ…なんかやっぱ違うんだよ」
「よくわかんないなァ。…でも、銀さんもいー匂いする」
「え、マジ?」
「うん、いちご牛乳の匂い」
「それかよ!」
「それだよ。だって銀さんの体液はいちご牛乳だし?」
「いや違うし」
「またまたー。いちご牛乳で赤血球とか白血球とか運んでるんでしょ?」
「運んでねーよ。まァいちご牛乳は愛してるけどな」
「……あっそ」
「あれ、ヤキモチ?」
「違うよっ」
「素直じゃねーなァ」
「誰がいちご牛乳にヤキモチ焼くかよ!」
「お前今焼いただろ?」
「やいてねー!」
「素直になれって」


そういいながら、銀さんが首に息を吹きかけてきた。くすぐったくて離れると、くすくす笑いながら耳に唇を寄せる。


「素直にしてやろーか」
「…エロジジイ」
「え、ジジイ?お兄さんでも親父でもなくジジイ?銀さんまだまだ若いんですけど」
「ウソつけ。心はもうじーさんじゃねーか」
「せめて親父くらいにしてほしいんですけどォ」
「じゃーエロオヤジジイ」
「いやソレ結局ジジイ取れてないから。おんなじだからね。寧ろさっきより悪くなった感あるからね」
「ハイハイ」


そう一言答えて、テーブルにコップを置いた。身体をひねって後ろを振り返って、目が合った銀さんに、自分からキスをする。


「…うわ、積極的ー」
「うん、ちょっと変なスイッチ入った」
「マジか。じゃー頂いていい?」
「言い方が親父くさいからヤダ」
「え、じゃあ俺と一発…」
「キモチワルイ」
「なんだよ、注文多いな」


笑いながら、頭をなでてくれる。その温かさが心地よくて目を閉じると、まぶたにそっと唇が降ってくる。


大好きだよ、銀さん。


優しく重なる温度を感じながら、こころからそんなことを思った。


Scene.2


目を覚ますと、銀さんの腕の中だった。キレイな寝顔が目の前にあって、改めてカッコいいな、と思う。


こんな関係になるなんて思わなかった。こんなに好きになるなんて思わなかった。…こんなに一緒にいられるなんて、思わなかった。


これからも一緒にいたい。欲張りかもしれないけど、…銀さんやみんなと、離れるなんて嫌だよ。


だから、私がいなくなっても怒らないで。…帰ってくるから。笑ってただいまって、言いたいから。…だから、お願い。


嫌いにならないで。


「銀さん…」
「ハーイ」
「っ!」


気がつくと、片目を開けて笑っている銀さん。


「呼んだ?」
「起きてたの?」
「今起きた。…おはよ」
「おはよ」


変なひとりごと言わなくてよかったァ…昨日の努力が無駄になる所だった…。


「起きてるんなら言ってよ、びっくりするじゃん」
「びっくりさせたくて寝たふりしてたの」
「…最低だな」
「うるせー」


そういって、私を引き寄せる銀さん。…その温度が心地よくて、広い胸板にしがみついた。


「あれ、どーしたのちゃん、甘えん坊?」
「…うん」
「昨日からなんか積極的だな~」
「ちょ、朝っぱらから盛らないでね」
「さァ、それはちゃん次第だなァ」


そう言って、髪の毛に顔を埋める銀さん。少しくすぐったくて身をよじると、大きな手がフワリと頭を包んだ。


「…銀さん」
「ん?」
「………大好き」
「え」
「ずっと一緒にいたい」
「え…?」
「私のこと…好き?」
「え…ちょ、ちゃん?」
「何?」
「何って…お前どーしたの?何かあったか?お前がそんなこというなんて…」
「…別に何もないけど。…ね、好き?」
「いや、好きだからこうしてるんだろ?」
「身体目当てかもしれないじゃん」
「バッカ!もしそうならもっといい女…」
「殺されたい?」
「イエ、スイマセン」


銀さんはそういうと、しゅん、と小さくなった。それが面白くてくすくす笑うと、困ったように頭を掻いて、それからキツく胸に抱き締められる。


「まァ…その…なんだ」
「なんだよ」
「ちょっと黙れよッ!…す、好きだよ」
「声ちっちゃくない?」
「うっせーな!好きに決まってんだろ!」
「…ヘヘ」
「ヘヘ、じゃねーよ!」
「だってうれしいんだもん」
「俺は恥ずかしいっつーの」
「………ねェ、銀さん」


少し顔が赤い銀さんが、あァ?と不機嫌そうに答える。


「………嫌いに、ならないでね」
「お前…ホントどうした?」
「どうもしないよ」
「………ったく、とんだ甘えん坊だな。…ならねェよ、嫌いになんて」
「………ありがと」
「バッカ。礼いうことじゃねーだろ」
「いーの、言わせて」
「………やっぱお前、今日変だわ」


そんなことをいいながら、頭をなでてくれる銀さん。…子供をあやすようなこの動作に、安らぎを感じるようになったのはいつだったろうか。バカにされたり、けなされたりするのも楽しい。そんな風に思えるようになったのは、いつだったろうか。


最初に会ったのが銀さんじゃなかったら私はきっとここにはいないし、たとえいたとしてもこんな風にはなれなかったと思う。


心から大好きだよ、銀さん。


だからこそ、言わせて。


「……ゴメンネ」


Scene.3


それからしばらくして新八くんがやってきたので起きることに。銀さんは渋々と言った感じだったけど、もう変なところを見られるのはゴメンだ。っていうか恥ずかしい。戻ってくるとかこないとか以前に恥ずかしくて顔があわせられなくなる。


ということで、神楽ちゃんを起こしてみんなで朝食をとっていると、神楽ちゃんがすすす、と横にすり寄って来て、少し顔を赤くしながら言った。


ー、私チーズケーキが食べたいネ、作ってヨ」
「チーズケーキ?」
「うん!昨日読んだ雑誌の特集が手作りチーズケーキだったアル!メッチャうまそうだったネ!」
「じゃああとで一緒に買い物行こっか?」
「ウン!」
「オイ、オメー身体が」
「大丈夫だよ。銀さん心配しすぎ」
「でも心配ですよね…せっかくよくなって来てるのに」
「オイ神楽。チーズケーキなら俺が作ってやっから」
「イヤアル、マズいアル」
「オイ!銀さんが料理うまいの知ってんだろ!マズいってなんだマズいって!」
「銀ちゃんは材料費ケチって変なもの入れるネ。びんぼっちい味になるアル」
「ならねーよ!」
「ま、まぁまぁ…銀さんの料理の腕前はともかく…私、大丈夫だよ。むしろずっと寝っぱなしで身体痛いよ。少しは動きたいな」


……それに、今日をすぎたら久しくは、万事屋でご飯は食べられないんだから。


「なら、俺もついてくぞ」
「ダメですよ銀さん。今日仕事入ってるでしょ」
「ちょっとくらい抜けたっていいだろ。買い物なんてたかが1時間程度なんだしよォ」
「何言ってるんですか。その一時間分で、僕ら何日暮らせると思ってるんですか?それじゃなくても最近は物価も上がって生活が…」
「オメーはどこの主婦だよ。…ったく、わーったよ!ちょっとでも調子おかしかったらすぐ帰って来いよ!」
「ハーイ」


そう答えて、神楽ちゃんと笑いあう。…どうせなら別れる前に、飛び切りおいしいものを食べさせてあげたいと思う。…うまくいくかはわからないんだけど。


夕飯は何にしようかな。そんなことを考えながら、神楽ちゃん作さらさらしらす茶漬けを口に運んだ(なんでしらすなんだろう…)。


Scene.4


しらす茶漬けを平らげて少しすると、銀さんと新八くんは仕事に出掛けていった。なんでも今回の依頼は、雨戸の修理と屋根の雪降ろしなんだとか。体力仕事で大変だな、とは思うけど、報酬が結構弾むらしいので精一杯頑張ってもらおう。


一方私と神楽ちゃんは、しばらくゆっくりとテレビを見て、11時くらいに家を出た。で、スーパーについてすぐに神楽ちゃんが言っていた雑誌(オ○ンジページ)をとって、材料を確認しながらカゴに放り込む。ついでに昼ご飯の材料も買うことにする(夜はあの二人が帰って来てから行こう)。


ふらふらと店内を見回っていると、神楽ちゃんが途中で足を止めた。オマケにあ、なんて言うもんだから、振り返ってどうしたのと声を掛ける。


「…アレ」


と神楽ちゃんが指差した先には、なんと総悟とザキがいた。…だから嫌そうだったのか、神楽ちゃん…。


「アレ、姐さんじゃねーですかィ。どうしたんですかィ?」
「それはこっちの台詞だよ。昼間っから警官二人がスーパーで何してるの」
「例の情報収集してたんですが、沖田隊長が急にみかんが食べたいなんて言い出しまして…」
「俺ァ定期的にみかんを取らないと死ぬんでィ」
「じゃあ死ねヨ」
「あァ?なんか言ったかチャイナ」
「だから死ねって言ってんだよクソが。その役にたたねー耳ちぎりとってやろうかあァ?」
「上等だァ、やれるもんならやって見やがれ」
「ちょ…ちょっと二人ともやめてよ」
、止めるなァァ!コイツとはここで決着をつけなきゃいけないネ!」
「そうでィ姐さん!男同士の喧嘩止めるなんざ野暮ですぜィ」
「誰が男だコラァァァ!!」
「オメーだよクソチャイナァァァ!!」
「「ストーーーップ!!!」」


慌ててザキと二人で止めに入る。…ザキは見事に吹っ飛ばされてたけど。


「神楽ちゃん!チーズケーキ作ってあげないよ!」
「うッ!!」
「総悟!近藤さんに言いつけるよ!」
「ぐッ!!」
「わかったら謝る!ホラ!」


「「……………………どーも、すぃまっせーん」」


「…よしッ!」


まったく心がこもってないけど、このふたりにこれ以上を求めても無駄だ。ってかダメだ。せっかく丸く収まったのに、耐えられないとかいって暴れ出しそうだもん。


…それにしても、さっきザキが言ったひとことは、結構すれすれだったんじゃないだろうか。


例の情報収集してたんですが…


私と真選組の間で、例ので通じる話なんて、高杉のことに決まってる。それを神楽ちゃんがなんのことかと突っ込んだら、うまく誤魔化せていたかわからない。…幸いなのは、突っ込む間もなく総悟が話を別へ持ってってくれたことだ。


………もしかして、総悟…


「…あ、ねェ、総悟」


倒れるザキを踏み付けている総悟に声を掛ける。


「なんですかィ?」
「あの…もしかしてさっきの…誤魔化して」
「あー、山崎なら俺があとでぶん殴っとくんで。…じゃ、また」


そう言って、ザキを引きずりながら横をすり抜ける総悟。そのときそっと小さな声で、また今夜、と呟いた。…なんか、聞きようによっちゃいけないお約束のようにも聞こえる。ま、ありえないけど…


それにしても総悟は良くわからない。結局あれは故意だったのか偶然だったのか答えてくれなかったし。…でも、たぶんワザと誤魔化してくれたんだと思う。


「やっといなくなったネ。ったく、になれなれしくしやがって」
「神楽ちゃん、怖いこわい」
ー、もうあんなヤツ相手にしちゃダメアル!バカになるネ!」
「んー、…わかったよ」


って言っとかないとこわいもんねー。


「ヨシッ!」


神楽ちゃんが楽しそうに笑った。…総悟と神楽ちゃんって、どうしてこんなに仲が悪いんだろうか。似たもの同士なんだから仲良くすればいいのに…。


いやよいやよもなんとやらって言葉があるけど、そういうわけにはいかないんだろうか。…いいコンビだと思うんだけど。だってあの二人がタッグでかかってきたら、勝てる気がしないもん。あれ、そういう話だっけ?


そのあとは普通に会計を済ませて、普通に店を出た。歩きながら一応レシピを確認したけど、案外簡単に作れそうだ。…こんなに真剣に料理の本を見たのは何年ぶりだろうか。って、私記憶ないんだったよ。


「チィーズケェーキー♪」


神楽ちゃんがよくわからない鼻歌を歌っている。よっぽどうれしいんだろう。…かわいくていいんだけど、ちょっと恥ずかしい。振り返ってるからね、道行くみなさんが。


それにしても、高杉は今どこにいて、何をしているんだろうか。あの事件の後は、結局春雨と共に姿を消したって聞いたけど。…それは、高杉が春雨に入ったってことなんだろうか?それとも、ただ協力するというだけなんだろうか。…どちらにしても、高杉に接触するのが危険なことに変わりはない。


ー」


神楽ちゃんがぐいぐい引っ張ってきたので、何?といいながら振り返る。


「明日はアップルパイが食べたいネ!」


上機嫌でそういって笑う。


「…うん」


そう口で答えながら、心の中で謝った。


明日の分は、作ってあげられないんだ。だって…明日はもう、万事屋にいないから。


「ヒャッホゥゥゥ!毎日おやつ、幸せネ!」


そういって飛び跳ねる神楽ちゃんに、思わず立ち止まる。…そんなに喜ばないで。ゴメン。でも期待しないで。


「…神楽ちゃん、それより今はチーズケーキでしょ?」
「ウン!」


元気よく返事をしながら隣に戻ってくる神楽ちゃん。…その笑顔を見ていたら、胸が痛くなった。


Scene.5


チーズケーキは、ホールの半分は神楽ちゃんの胃に収まった。残りの半分は私と銀さんと新八くんで頂いて、定春だけ何もないのはかわいそうなので、いつもより多めにご飯をあげた。夜ご飯はお好み焼きにして、みんなでわいわいいいながら食べた。相変わらず銀さんと神楽ちゃんは取り合いをしていたけど、特に止めることはしなかった。…二人のやり取りも、明日は見られないから。


そして今。新八くんが帰って、神楽ちゃんが寝てしまって、銀さんもソファに座ってうとうとしている。私は洗い物を済ませて、銀さんの隣に座っている。


いざこのときになると、寂しくて仕方がない。…銀さんの寝顔も、神楽ちゃんの寝言も、新八くんのおはようございますも、…明日には全部聞けない。


…でも、一生じゃない。記憶さえ取り戻せば、元の生活に戻れるんだから。


いつかそれがわかるときが来たら、お前は必ず俺の元にやってくる


高杉の言葉が頭の中に甦る。…不敵な笑み。突き刺すような視線。


そのときは…


頭の中の高杉が、ゆっくりと笑みをたたえた。…リアルに思い出してしまう、煙管を取り出す動作、火をつけ、吸って、ゆっくりと吐き出す姿。


そのときは、お前は俺の所有物になる


高杉の姿と一緒に、恐怖心までも思い起こされたようだった。背中にぞくりと冷たいものが走る。


「…んー…」
「っ!」


銀さんの声にはっと我に返る。振り返ると、目を擦りながら私の方をぼんやり見ていた。


「あー、何お前、まだ寝てないの」
「これから寝るよ。…銀さんももう寝なよ」
「んー…寝るけど」


銀さんの腕が伸びてきて、私の腰に回る。ぐっと引き寄せられて、額に軽いキスが降ってくる。…さっき飲んでたいちご牛乳の甘い匂いがした。


「銀さん、今布団持ってくるから」
「んー」
「んー、じゃないから。ちゃんと寝ないとダメだよ。明日起きれないよ」
「明日休業日だからいいのー」
「いーから。眠いんでしょ」
「…ぶー」
「ぶー、じゃないから」


そういって銀さんから離れる。…和室にある私の布団から毛布をとってリビングに戻ると、既に身体を横に倒しておねんねモードだ。…まったく。


「…はい、毛布」


丸まった身体にそっとかけてあげると、毛布を顔まで被ってうん、と答えた。


「…いー匂い」
「……いーから早く寝ろ」
「おー」


そう答える声は眠そうにくぐもっている。リビングの電気を消して、テレビも消してしまってから和室に入って扉を閉めると、電気をつけ、押入れからカバンを引っ張りだした。…プチ家出の時も使ったカバンだ。


着替えやなんかは詰めてある。歯ブラシや財布は、なくなっていたら怪しまれると思って今までそのままにしておいた。…後はそれをつめるだけで、家出セットの出来上がりだ。


棚の中から財布を取り出した。…と一緒に、ここに来てからずっとつけている日記も。


…銀さんたちとの思い出がたくさん詰まったノート。


財布とノートをカバンに詰め込んで、電気を消した。…リビングにつづくふすまを開けるともう寝息を立てている銀さんの隣にそっとしゃがんだ。


…ゴメンネ、銀さん。


「おやすみ。     ……………いってきます」


帰ってくるからね。寂しいけど、これは今生の別れじゃないから。…だから大丈夫。


「…


暗闇の中に、小さな呟きが聞こえた。思わず振り返るけど、銀さんが起きた様子はない。


ただの寝言だ。なのに、気づかれたんじゃないかと心臓が飛び跳ねる。銀さんは無駄に鋭いんだから、このままだと気づかれるかもしれない。


必要なものを適当につっこんで、そそくさと靴を履いて、静かに扉をすり抜けた。…大丈夫、これくらいの音なら気づかれない。


そう思いながら、どこかで気づいてほしい、なんて。


くだらない自分の考えを振り切るように走り出す。真選組の約束の時間まであと30分もあるのに。


耳に揺れるピアスが、やけに重たい。その重さが、…銀さんが私を引き止めているような気がする。…でも、私は止まるわけにはいかなかった。


ひんやりとした夜の空気が、私の横をすり抜けて行った。


2008.07.15 tuesday From aki mikami.