Episode 10

普段の癖ってなかなか抜けない

Scene.1






万事屋に帰る前に、みんなで夕飯のお買い物をすることにした。いつものように大江戸マートのドアをくぐってカートを押していると、さっきの十四郎の顔が頭をよぎった。…大丈夫って言うんだから、大丈夫だと思うんだけど。


大量の酢昆布と安売りのあんぱんと夜ご飯用の豚挽き肉(今夜のおかずはハンバーグ…のみ)をかごに詰め込んだところで、そういえば牛乳が安いことを思い出して神楽ちゃんにカートを預けた。買い物してて安いものを思い出すなんて、一人暮らしの貧乏生活が染み付いてるんだなぁ。貧乏生活は今も変わってないんだけど。


牛乳二本を手に取ると、そのうち一本を後ろから取り上げられた。振り返ると銀さんがさも当然のようにそれを元に戻し、かわりにいちご牛乳を取ってよこす。


「いちご牛乳飲むの銀さんだけだからね」
「そーだよー。俺の分だからー」
「私は牛乳が飲みたいの」
「一本かってあるんだからいーだろ」
「ダメだよ。どうせお風呂上りに神楽ちゃんがまるまる飲んじゃうんだから」
「名前書いとけば?って」
「今までそれ何回も試したけど結局ダメだったよね」
「そりゃオメー、名前の書き方がわるいんだよ。『コレはちゃんのですぜってー飲むなよ飲んだら殺すぞコノヤロー』くらい書いときゃいーじゃん」
「神楽ちゃん相手なら逆に殺されかねないからね」


銀さんが戻した牛乳をまた手にとって、渡されたいちご牛乳も仕方なく持ったまま、カートを押している神楽ちゃんの方へ歩き出す。半歩後ろを付いて歩く銀さんが、結局買うのかよー、と小さくぼやいたのが聞こえたけど気にしなーい(いちご牛乳買ってあげるんだからいーでしょ!)。


「…もっと落ち込んでるかと思った」
「へ?」
「さっきの。…オマエホントはあいつらについていきたかっただろ」
「……そりゃあ、気になるし」
「いとしの土方さんがー、か?」
「!」
「あいつら悪運だけは強いからなー。何があっても死ぬこたねーだろ」
「…別に、心配なわけじゃないよ、信じてるもん」
「ほー、そりゃーどーも、失礼しましたー」
「な、何かムカつくっ!」
「キレやすいお年頃だなー」
「うるっさいなァ!」


振り返って思い切りたい当たりしてやったら、私の体重プラス三本の牛乳パックの重みで後ろに少しだけよろめいた銀さん。しかも棚に思いきり頭をぶつけてその場に座り込んだ。いー気味だ!


「おっめーはっ!ほんっとに凶暴だな!」
「凶暴で結構ですー!銀さんのバーカ!」


ムカつく!銀さんに恋する乙女の気持ちなんてわかるわけないもーん!私は銀さんをほっぽってカートまで歩いて、牛乳パックをかごに放り込んだ(ちょっとあんぱん潰れたけど、全部銀さんの胃袋行き!笑)。


お会計を済ませて(しめて2433円、主にあんぱんと酢昆布)お店を出て、万事屋に向かって歩き出した。陽はもうだいぶ傾いていて、空が橙に染まっている。


あと数時間後には、取引が始まるのかな。で、真選組のみんながそれを捕まえて、万事解決…とまでは行かなくても、何か手がかりをつかんで…。
そうなればいいと思うんだけど、どうしてか胸の奥がざわざわする。心配?不安?…そうかもしれない。でも十四郎が大丈夫って言ってたし…


さん、危ないですよ」
「えっ、わ!」


新八くんの声に顔を上げると、ちょうど目の前すれすれを自転車が通り過ぎていった。うっわ、私そんなにぼんやりしてたんだ…そう思っていると、新八くんが私の隣に並んで左右を確認して、行きましょう、と振り返った。その声にあわせてゆっくりと歩き出す。


「大丈夫ですか、さん」
「あぁ、大丈夫大丈夫、ぎりぎりセーフだよ。…ホントギリギリだったけど」
「あ、いや…そうじゃなくて」
「ん?」
「真選組の頓所を出てから、ずっと元気ないみたいだから」
「…別に、元気が無いわけじゃないんだけど…」
「…心配ですか?」
「うん…多分…」


なんていうのかな、こういうの。心配とも不安とも違うような気がするんだけど、でもそうじゃないとも言い切れない。


「真選組なら大丈夫ですよ。なんだかんだいって強いですから」
「…うん、それは知ってる」
さん心配しすぎですよ。ほら、土方さんも言ってたでしょ、後で知らせに来てくれるって」
「…そうだよね」


そうだよ、あとで十四郎がちゃんと知らせに来てくれるんだから。私はそれを普通に待っていればいい。何もしないで、ただハンバーグを食べてぬくぬく待っていればいい。私が出来ることなんて何もないんだし…。


「ごめんね、心配かけちゃって」
「それは僕より銀さんに言ってあげてください」
「…え?」
「さっき銀さんがね、さんが元気ないから励ましてやってくれって」
「…銀さんが…」
「銀さんってあまのじゃくだから、そういうこと素直にいえないんですよねー。でもなんだかんだいって、そういうこと一番気にかけてるんだから」


神楽ちゃんとじゃれあって歩く後姿。影になって顔は全然見えないけど、多分いつもと変わらない、飄々とした表情に違いない。全然そんな風に見えないのに、私のことを心配してくれてた?


「あ、銀さんにはこのこと言わないで下さいね。ばらしたら殺すぞって言われてるんで」
「…黙っててあげるけど、新八くんも結構アレだね、軽口ね?」
「普段散々困らされてますから。復讐ですよ復讐」


ふふふ、と笑う新八くんの横顔に若干の恐怖を感じながらも、私は先を歩く銀さんたちの背中をめがけて歩いた。歩きながら、不思議な気分になっていた。


銀さんはなんだかんだ言って、いつも私を助けてくれる。それはもちろん誰に対してもそうなんだけど、どうして銀さんはそうあれるんだろう。私なんていつも自分のことしか考えてなくて、今だってこうやって心配かけてるのに。


「どうしてだろうね」
「え、何がですか?」
「なーんでも「グァッ!」


私の声をさえぎって、男の人の呻き声が聞こえた。後ろを振り返ると、狭い路地の間から、血濡れの刀が転がってくる。その刀を追いかけるように、男の人の体がドッと地面に倒れこんだ。


気づいたら、私の口からは悲鳴が漏れていた。新八くんが男の人に駆け寄っていって、そのとき路地のほうから誰かがあわてて逃げる足音が聞こえた。


私の悲鳴を聞いて、銀さんと神楽ちゃんが走ってきた。だけど私は混乱していて、状況を飲み込めなくて、銀さんに必死にしがみついた。銀さんと神楽ちゃんが私の肩をさすりながらなだめてくれて、そんな私たちを見て野次馬がたくさん集まってきた。


「銀さん、この人…!」


新八くんの声に薄目を開けて振り返る。血まみれのその人は、真選組の制服を着ていた。


「はや、く、…副長に…」
「しゃべらないで!すぐに救急車を…!」
「よろず、や…頼む、副長に…」
「おい、しゃべんなっていってんだろーが!」
「やつらに…ばれてる… やつらは、局長と、副長の命を…」
「!」
「銀さん、ばれてるってもしかして、さっきの取引の…!」
「とにかくこいつを運ぶのが先だ!おい誰か!救急車呼べ!」
「銀ちゃん!あそこにタクシーいるネ!あっちで運んだほうが近いアル!」
「私、呼んでくる…!」


銀さんから離れて、神楽ちゃんの指差すタクシーに駆け出した。しっかりしなきゃ、冷静にならなきゃ。タクシーの窓を叩いて、運転手さんに必死で事情を説明すると、Uターンして車を横につけてくれた。


局長と、副長の命を…
その言葉が頭をよぎった瞬間、ものすごいめまいがした。ふらふらする頭を必死に動かして、みんなについてタクシーに乗りこんだ。


2008.05.16 friday From aki mikami.