Episode 31

Scene.1






…見えたのは、不敵な笑みと、歪んだ顔。狂ったかのような高い叫び声が、遠く、遠くで響いていた。


あのあと光が消えると、高杉は忽然と姿を消していた。…船の中、周辺と真選組が捜索しても、その足取りはつかめなかった。…はじめから逃走ルートまで計算されていたんだろう。


消えていたと言えばもう一人。記憶を取り戻してくれたあのおっさんも、光と一緒に消えてしまっていた。…礼はたっぷりもらうとか言っておきながら、結局何ももらわないで帰ってしまったのだ。それは掟を破った罰なのか、あれから一度も現れていないので聞きようもない。


記憶を取り戻して身体が消えることがなくなったといっても、いつもどおり、楽しいだけの生活が戻ってくる、と言うわけにはいかなかった。一度拒否した記憶は、そんなに簡単に受け入れられるものではなかった。…それだけ、重たいものだった。それでも万事屋にいるだけで心は安らぐし、落ち込んだときには、みんなが慰めてくれた。


そしてあれから3日たった今日は、改めて神楽ちゃんにリクエストされたアップルパイを作ることにした。今日は仕事もないし、買出しからつくるまで、男二人も手伝ってくれるらしい。


大江戸マートまでの道のりを、4人揃って歩く。みんな揃っての、久々の平和な時間。


昨日までは、毎日数時間置きにいろんな人が尋ねてきて、それはもう大変だった。万事屋についてすぐにヅラとエリーがやってきて、前に約束していたいちごを大漁に置いていったり、天井裏に隠れていたさっちゃんが銀さんに愛の攻撃を仕掛けたり、妙ちゃんがお祝いの玉子焼きを持ってきたり、真選組のみんなが高杉のことについてわざわざ報告に来てくれて、銀さんと十四郎、神楽ちゃんと総悟がケンカになったり、長谷川さんが仕事が決まったって報告に来てくれたり、お登勢さんとキャサリンが鍋に誘ってくれたり…。


でもみんな何だかんだいって、私の様子を見に来てくれたようだ。…おかげで落ち込んでる暇も殆んどなかったし、何よりみんなの心遣いがうれしかった。


ちなみにずっと私に冷たかった定春は、依然とは打って変わって随分じゃれてくるようになった。…定春にじゃれられるなんて命がけなんだけど、じゃれてくるってことは好かれてるってことなので、よしとする。


多分記憶を取り戻したことで、幽霊ではなくなったってことなんだろう。アレ、そうなのかな、わかんないんだけど、とりあえずそう考えるしかない。


ー」
「ん?何、神楽ちゃん」
「夜ご飯は決まってるアルか?」
「決まってないけど…なんかリクエストあるの?」
「五目御飯が食べたいアル!」
「ちょォォォっとまて!お前アップルパイリクエストしておいて夜ご飯まで頼むのかよ!」
「うるさいアル、は優しいから作ってくれるネ」
「お前が頼むんだったら俺だってリクエストあんだよ!」
「え、銀さんもリクエスト?なんですか?」
「宇治銀時…「却下」冗談だっつーの。俺ァスパゲッティがいい!カルボナーラな!」
「んー…新八くんは?」
「僕は何でもいいですよ」
「五目御飯!」
「カルボナーラ!」
「五目御飯ッ!」
「カルボナーラッ!」
「五目御飯んんん!!」
「カルボナーラァァァ!!」
「うるっさいわ!」


そういうと、しーんと黙り込んだ二人。まったくどうしようもない奴らだよ。


「じゃあ、神楽ちゃんはアップルパイリクエストしてるから、夜ご飯は銀さんのリクエストね」
「やった!」
「クソォォォ!」
「でも、明日のご飯は神楽ちゃんのリクエストで。…でいいでしょ?」
「ヒャッホゥゥゥゥ!!やったねー!五目御飯フゥゥゥ!!」
「…なんか、なんだろこの敗北感」
「大人気ないこと言わないの。大体夕飯のメニューくらい譲ってあげたら?」
「無理ッ」
「そんな自信満々に言われても…」


新八くんと二人でしらー、と視線を返すと、銀さんはそんな目で見るなよ、とかいいながら一歩退いた。しかもお前のせいだぞ、とかいって神楽ちゃんの頭を叩くから、そこからまた二人の乱闘が始まる。


まったく、ホントに銀さんはガキなんだから。新八くんがそういって私を振りかえる。だよね、と頷いて視線を戻して、二人揃ってため息をつく。そんなくだらないやり取りをしながら歩いていたら、あっという間に大江戸マートだ。


騒がしい二人は放置して新八君と店内へ入った。そのとき二人が同時に「いちご牛乳買ってこい!」「酢昆布よろしくアル!」といったので、二人で声を合わせてハイハイと答えておいた。


Scene.2


!」


買い物を終え、大江戸マートから一歩踏み出したとき、銀さんがいきなり大声で私を呼び止めた。


「はい?」
「寄り道しよーぜ寄り道!」
「…………は?」


突然言いのわからないことを言い始める銀さん。…いや、意味はわかる。けど何で寄り道。


「なんで?」
「なんでって、俺がしたいからに決まってんだろーが」
「いやそうじゃなくて、何でしたいのかって聞いてんの」
「恋人同士がラブラブデートして何がわるいんだよ」
「ラブラブとか言うなよ気持ち悪い。…まァ、私はいいけど…」
「えー、アップルパイィィィ!!」
「うるせー!帰ったら作ってやっから少しくらい我慢しやがれ!」
「アップルパイィィィ!」
「まァまァ神楽ちゃん」


いがみ合う銀さんと神楽ちゃんの間に割り込んだ新八くん。いつもそんな役回りさせて申し訳ない。


「最近忙しくて落ち着けなかったし…ちょっとくらい二人にさせてあげたら?色々話もあるだろうし」
「私は別にないけど」
、お前毒舌に磨きがかかったんじゃねェ?」
「そうかな。……でも、ちょっとくらい恋人らしい時間があってもいいかもね」


そういうと、銀さんは一瞬驚いたみたいだけど、すぐにニヤッと笑って神楽ちゃんを振り返り、ホラ見ろー、とか自慢げに言う。


神楽ちゃんは渋々だが了承し、私から荷物を奪ってズンズン万事屋のほうへ歩いていってしまった。銀さんの荷物を新八くんが預かり、それを追いかけていく。…去り際に、どうぞごゆっくり、何て余計なことを言い残して。新八くんも言うようになったじゃないの。


「さーて、どこいきますかね」


新八くんの背中を見ながら、銀さんが言う。…私は少し迷ってから、それに答える。


「…公園、かな」


私の言葉に、りょーかい、と答えた銀さん。…自然と手をつないで、同じ歩調で歩き出す。


最近普通の恋人らしいことを全然してなかったせいか…少し緊張する。そんな風に私が思ってるなんて、多分銀さんは全然わからないだろうけど。


陽射しの元で銀さんの髪がキラキラ輝くのを見ながら、ゆっくりした足取りで公園へと向かった。


Scene.3


「………で?」


公園について、二人でベンチに落ち着いてすぐ、銀さんがそう尋ねて来た。


「なにが、で?」
「なんか言いたいことあんじゃねーの?」
「…どうしてそう思うの?」
「以心伝心だから」


銀さんはそう言うと、私の手を強く握る。…なんで銀さんは私の考えが読めるんだろうか。私は全然読めないのに、ちょっと卑怯だと思う。…でも、握ってくれてる手から伝わる温もりが、大丈夫だと言ってくれてる気がして、心が温かくなった。


「…うん…実はあるんだよね」


ずっと話したかったこと。誰よりも先に、銀さんに聞いて欲しかったこと。


「…高杉が言ってたこと…覚えてる?」
「ん?」
「私の記憶」
「あァ…覚えてるよ」
「……アレね、ただ聞いたときは…全部ホントのことだと思った。ほんの少し残ってた記憶が、これは本当だって言ってる気がしたんだ」


お父さん、お母さん、伯父さん伯母さん。みんなを不幸にしてしまったこと。


「…でもね、一か所だけ違う所があったの」


たった一つの違い。でも私には、とても大きな違い。


「私……誰も、殺してなかった」


Scene.4


突然部屋に入って来たのは、見知らぬ男だった。


私はその男に腹を刺され、床に横たわっている。


どうやら私は死ぬらしい。


別にそれでもいい。…どうせこの先も一人で生きて行くんなら、何も楽しみがない毎日を淡々と生きるだけなら、死んだ方がよっぽどマシだ。


あァでも、マンガの続きだけは気になるなァ………


でもいいや、幽霊になっても立ち読みに行くし。そんなことを思いながら、意識を手放そうとしたとき。


「…ッ!!」


誰かが私の身体を持ち上げ、激しく揺さぶった。その痛みに顔を歪め閉じかけていた目を開けると、そこには私を憎み続けた、お父さんの顔。


「…ッ!」


お父さんの手には、包丁が握られていた。うちのものじゃない、もう何年も使い込んで柄が黄ばんでしまった、お母さん愛用の包丁。


…私のこと、殺しにきたんだ。


すぐにそう悟り、瞬間頭を真っ白な感情が支配する。


見ず知らずの男に殺されるくらいなら……


「………、て」



かすれる声を絞り出す。


「……こ…ろし、て」


最後は、大好きな人の手にかかって。


どうせならとことん恨み通して、憎んで蔑んで、飛び切り残虐な方法で殺して。これは私の罰だから。…お父さんとお母さんの期待に添えなかった、私の。


だから。


「……殺し、て」


どうしてこんな情けない声しか出ないの。もっとハッキリ言わないと怒られる。もっとちゃんとしないと、もっとしっかりしないと、もっと、もっと、もっと………!!


「キャアアアア!!」


叫び声は、お母さんのものだった。


ものすごく遠くから聞こえる。…多分、別の部屋から。状況が飲み込めない。まさかお母さんに何かあった?…そんな、お母さん、お母さん!


「…クソッ、すぐに救急車を…!」


ポケットから携帯を取り出したお父さん。…どうして救急車なんか呼ぶの?もしかしてそれは…私のためなの?淡い期待が頭を過ぎる。


、待ってろ、今ッ…


お父さんの言葉は、そこで途切れた。…メガネの奥の目が見開かれる。白いワイシャツのポケットから、ギラリと光る銀色が飛び出す。


「……ご


それが、お父さんの最期の言葉だった。


私の隣に倒れたお父さんの後ろには、さっきの男が立っていた。手にはナイフを持ち、虚ろな表情で私たちを見下ろしている。


ナイフが振り上げられ、男の顔が歪んだように笑う。直後、背中に鋭い痛みが走った。


そのまま、私は急速に意識を喪失していった。


Scene.5


私の話を聞き終わった銀さんは、黙って空を見上げたまま動かなかった。


「…あのとき」


刺されたとき。


「お父さんが何を言おうとしてたのか…わからないけど」


ごめん、だったらいいって思う。


「……高杉がね…私は親を恨んでいたって言われたとき…そうじゃないって言えたのは、きっと…あのとき言いかけた言葉の続きが、わかったから」
「…うん」
「私を殺したあの人がなんだったのかはわからないけど…私が死ぬとか傷つくとか、そういうことにすごく敏感だったのは…これが原因だったんだね。…って、思ったの」
「………あのさ」


銀さんが、空を見上げたまま呟いた。


「…キスしていい?」
「は?」


私を振り向いたと思ったら、いきなり頬を掴んでそんなことを言う。それも大真面目な顔で。


「…何、急に…」
「俺…」


触れそうなほど近い距離で、銀さんが静かに口を開く。


「高杉の話を聞いたときはお前の親を恨んだ。…けど、今の話聞いて恨むのやめた」
「…はァ」
「お前を生み出してくれてありがとうって…感謝することにした」
「う、うん…」
「これからは…お前の過去も含めて全部、幸せにするから」
「…銀さん」
「過去を幸せにするって変か?…でもなんかそう思った」


優しく頬を撫でる手。囁くように柔らかく紡がれる言葉に、心がすっと温かくなる。…私の過去が、幸せになるなんて思わないけど…いつか振り返ったとき、少しでもマシだと思える気がする。


そして、過去も全て塗り替えるくらいの幸せをくれるって、思えるから。


「ありがとう」


今までも、これからも。


「で、そんな気持ちが溢れて仕方ないからキスしていい?」
「……なんか台無しなんだけど」
「そういうお前の発言も結構台無しだからね」
「うるせーな、謝れよ」
「はいはいスイマセンでしたー。…で、キスしていい?」


もうする気満々なくせに。額をくっつけて、意地悪な笑みを浮かべる。…答える代わりに自分から口付けると、答えるように柔らかく啄ばむ銀さんの唇。


この季節にしては温かな風が、心地よく肌を掠めて流れていった。


Scene.6


その後万事屋に帰った私たちは、アップルパイをみんなで作って、みんなで食卓を囲んでいた。…私以外の三人に、ぴりぴりした空気が流れる。また始まったよコレ。


「…いやー、おいしそうですね、さすがさん!ははははは!」
のつくったおやつは最高ネ!ははははは!」
「そーだなァ。ははははは!」


「……でりゃあァァァァァ!!!!」


……。


アップルパイの上を、三つの拳が飛び交った。…なにやってんだよこいつら。ちなみに私は自分でつくったものを取り合う気にはなれず、あとみんなが持ってきてくれた差し入れをちょいちょい食べてたのであまりお腹がすいてないってこともあり、取り合いには不参加。


「ちょっとォォォ!やっぱりアンタら独り占めする気でしょう!!」
「当然ネ!コレは私がリクエストしたアル。食べる権利は当然私にあるアル!」
「いーや、ここはちゃんの恋人である俺が食べるべきだね!」
「何言ってんだクソボケがァァ!ここは一番の苦労人である僕が頂くべきでしょう!」
「…みんなうるさい」


いがみ合うみんなの頭をグーで殴って黙らせる。


「何すんだオメー!」
さん痛いですよッ!」
がぶったァァ!」
「っつーか…私要らないから。平等に、三等分してよ」
「え、食べないの?」
「あんたらのやり取り見てたら食べる気なくすわ。…ちなみに私が切ってあげますから。文句言ったら殺すから。黙って座ってなさい」
「「「…はい(怖ェェェ!)」」」


まる聞こえな心の声にもう一発パンチをお見舞いしてから、包丁でアップルパイを三つに切り分ける。っつーか一切れどんだけでかいんだよ。絶対取り皿に乗っかりきらないって。


それにしても。


騒々しいけど楽しいこんな時間を、当然だと思える…それはとても幸せなことなんだと、改めて思う。戻ってきた記憶の中では、私はいつも一人だった。…友達がまったくいなかったわけではないけど、一緒にいてもどこか溝を感じていて…でもそれは、私が勝手に作った溝だったんだと、改めて思う。


記憶が流れ込んできたとき…まるで音なしの動画を見ているようだと思った。それくらい私の記憶には、笑い声がなかった。この世界に来る前の私は、ずっと作り笑顔で、心から笑ったことなんてなかった。


だから、うるさいくらい騒がしい今が、幸せ。


「ちょ、取るなァァァ!」


幸せ…


「何すんだコラァァァ!」


……幸せ…


「オメーこそ何すんじゃコラァァ!!」


し…


「テメェェェ、ケンカ打ってんのかコラァァ!」


「……いーかげんにしろやテメーらァァァ!」


幸せだけど、もうちょっと静かなほうがいいかも。


なんて感じで、今日も騒がしい一日が過ぎていくのでした。










アトガキ。


…終了です。完結です。何だこのオチ。前回で終わらせなかったのは、本当の過去をちゃんと明らかにしたかったからです。なんか、高杉が言ってたような過去じゃまるで救いようがないですもん。


ヒロインの過去は、最初から決まっていました。寧ろこの設定を一番最初に考え付きました。他の細かい性格とかは全然、後から適当に考えた、というか物語が流れていく中で決まっていったことだったわけです。


それにしてもこのオチはなんだよ、って感じですね。…でも銀魂って、オチてんのかオチてないのかよくわからない感じで終わることが多いので、こんな感じでいいかな、と思います。…言い訳です。はい。


この話は番外編みたいな感じなので、読まなくても全然平気なんですが、一応。…ちなみにヒロインを殺した知らない男ってのは、通り魔的な快楽殺人犯を想像していますが、もしかしたら今後変わるかもしれません。そしてもしかして続きを書いたときに、ストーリーに絡んでくるかもしれません。予定は未定です。


一番言わせたかったのは、「お前の過去も含めて全部、幸せにするから」って銀さんの言葉。と、それに対するヒロインの「幸せになるなんて思わないけど…いつか振り返ったとき、少しでもマシだと思える気がする」という言葉です。嫌なことはいつまでたってもいやなんです。嫌なんですけど…苦しみを乗り越えて、それを振り返ったとき…苦しかったことに、少しでも感謝出来るかなと思うんです。それは私がすごく感じていることで…苦しかったときがあったから、今自分は少し成長できてるんだなと思うんです。そんなことを、あまり直接的でなく表現できればいいなと思ってこんなことを言わせました。


ちなみにタイトル「sky blue AND white」なんですが…実は後から後悔してます(笑)でも最終話のサブタイトルは最初から決まっててですね…それと絡めたタイトルにしたかったんで、空つながりのタイトルになりました。それ以上の意味も最初はありましたが、今となってはもう意味不明なんで、ないってことにしておきます。


…長いアトガキになってしまいました。ここまで付き合ってくださった皆様、ほんとうにありがとうございます。この後も頑張って書いていくんで、銀さん中編、ヅラ連載ともどもどうぞよろしくお願いします。


2008.08.24 sunday From aki mikami.