Episode 14

見た目が恐いものはやっぱり恐い

Scene.1






それは真選組とのどたばた事件があってから数週間が過ぎたある日のこと。


銀さんの話によると、かぶき町では毎年お祭りが行われていて、そのお祭りの中で肝試しの催しがあるんだとか。で、今年はその肝試しに、私たちが役員というか、そういうめんどくさい役に当たっているらしい。…でも私、かぶき町の人間じゃないからいいよねー。そんな軽い気持ちでお祭りでスイカを大量に買って、せっかくだから銀さんたちにもわけてあげようと思って階段を登ってきたら…なんかもうほんと、口うるさいを絵に描いたようなおっさんがそこに立っていた。


「全く頼むよホントに。こんな時間じゃもうリハやる時間もないよ」
「いやホントすいませんでした」
「いやすいませんでしたって、君達さっきからすいませんの態度じゃないよね」
「スイマセンしたっー!!」
「私も長年生きてきたけどね、こんな攻撃的なスイマセンでしたは初めてだよ」


全く話を聞かずにもくもくとスイカを食べ続けるみんな。神楽ちゃんにいたっては落さんにスイカの皮を投げつけている。ほんっと、なにやってもグダグダなんだから。新八くんまで我関せずでスイカに集中している。っていうか、私の分は…?


「どーするんだ、このままぶっつけ本番で肝試しを始めてもしケガ人でも出たら。私の役目はね、毎年この行事を無事、何事もなくとり行うことなんだ。楽しい肝試し大会で事故なんて絶対あってはならないことだからね」
「頭に矢が付き刺さってる奴に言われてもしっくりこないアル」
「コレは事故じゃない、戦だから。戦で負けて…っていう設定だから」
「戦でケガはアリアルか?」
「戦でケガはアリだよ」
「でも戦も時の為政者がてめーの都合で勝手におっ始めた喧嘩であって、巻き込まれる俺たち庶民からすれば戦も事故と大差ないと俺は思うね」
「んだよもォォォ!!この矢をとればいいのか!この矢が気にくわないのか!」
「ねー銀さん、私の分のスイカはー?」
「オメーは話を聞けよォォォォ!」
「銀さーん、こっちもスイカー」
「オメーも聞けェェェェ!」


あァ、落さんがんばるなァ。万事屋にツッコミなんて、するだけ無駄なのになァ。銀さんが隠していたスイカを奪い取りながらそう思っていると、新八くんも私のスイカをとろうとするので蹴っ飛ばして死守した。


「とにかくね、肝試しにくるようなお客さんってのはもうはしゃいじゃってボルテージぐーん上がっちゃってるから何するかわかんないの。だから気をつけないとホント思わぬ事故とか起こるからね」
「心配いらないっスよ。俺たちはボルテージ下がりっぱなしだから。子供達のはしゃいでた気持ちもいつしか沈んでいきますよ」
「そんな肝試し嫌だから!盛り上がんないから!」
「だいじょうぶですって。リハなんかしなくてもワーキャー言ってりゃお客さんもつられてワーキャー言いますよ」
「まっ、僕らに任せといてください」


そういって、万事屋3バカトリオはそれぞれ衣装に着替えに行った。任せてうまくいったためしはないんだけどねー。…そんなことを思いながら待っていたら、やっぱり!


「よし、じゃ行くか」
「おいィィィィィ!!ワーキャーって何ィィ!?悲鳴じゃなくて断末魔のさけび!?何しにきたの君達!!それ肝試しじゃないよね!?肝殺りにいってるよね!?」
「これ位やんねーと今のすれたガキはびびんないスよ」
「ダメだって!人の話聞いてる?ケガとか事故とか出したくないんだって!!」


大体みんなそれ、オバケじゃないからね。妖怪とかでもないからね。なんかホント命取りに行ってるよね。なんたって包丁(神楽ちゃん)!チェーンソー(銀さん)!ライフル(新八くん)!だからね。


「で、何その格好?オバケの衣装もってこいって言ったよね?お前ら全員ただの殺人鬼じゃねーか!!」
「本当に怖いもの、それはね……人間の心です」
「オメーの価値観なんてしりたくもねーよ!!」
「私はちゃんとオバケアルヨ。カグリーナは殺人鬼の魂が人形に乗り移ったっていう設定なんだヨ」
「しらねーよそんな設定!!包丁持った家なき子にしか見えねーよ!」


オーバーオールに二つ縛り…確かにそう見えるかも。ナイスツッコミ落さん。


「お前にいたってはもう何がやりてーのかわかんねーよ!!」
「アレっスよ。ヤクザのオバケっス」
「バカの考え方だよ!恐いものと恐いものを足したらものスゴク恐いものになると思ってるバカの考え方だよ!」


っていうか、ヤクザはライフル使わないからね。どんだけ専門的な技術持ったヤクザよ。銀さんはもうタダのジェイソンだしね。どっから持ってきたのその仮面とチェーンソー。


「衣装チェンジだ衣装チェンジ!去年使った奴まだ残ってるからとりあえず着替えて!!」
「落さんすいません。じゃあこれヤクザってのはナシでガードマンのオバケにします、それならいいでしょ?」
「いいわけねーだろ何それ!?何問題解決したみたいな顔してんの!?もういいから早く着替えてきてホラ、あんたも!」
「え、私も!?」


ってことで、なんかしらないけど私まで着替えさせられることに…。で、着替えた結果がまたなんかもうグダッグダで、銀さん→ドラキュラ、新八くん→たぶん狼男…、神楽ちゃん→番町皿屋敷、私→雪女……。


「んー、まァ前よりはマシになったヨ」
「寺に吸血鬼ってどーよ?どーゆーセンス?」
「みんなバラバラアル。世界観一つに統一しろよなダメダメアル」
「お前らのさっきの格好は何が統一されてたんですかァ!?どこにセンスがあったんですか!!」


あったじゃん、殺人鬼って言う統一感。こりゃー私も鉄パイプとか持って参戦しときゃーよかったーね。それにしても本当に世界観全く無視…。私、今夏なのに雪女…。しいて言うなら神楽ちゃんが一番無難?でも屋敷じゃない。ほんっとダメダメアル。


「いい加減にしてよホントもう!どこの世界に落ち武者とジェイソンが共演してる肝試しがあんだよ!」
「落さんジェイソンじゃないジャクソンです。俺のオリジナルだから」
「どーでもいいから!!お前のゴミクズみたいなプライドどーでもいいから!」


うん、まぁ確かに。ってかあれジャクソンじゃないから、ふつーにジェイソンだったから。


「落さんヤバイッス!お客さん来ました!!」
「い゛!!もう!?まだ夕方だよ?もういいや!ぶっつけ本番だ!!取りあえず君達は寺の庭に!そこが肝試しの会場だから!」


落さんの言葉に銀さんと神楽ちゃんはいそいそと武装する。いや、必要ないから。


「それはいらねェェ!どれだけ殺る気満々なんだよ!」


そう落さんにつっこまれて、結局神楽ちゃんのお皿だけ持ってお寺の庭に向かうのでした。


Scene.2


「父ちゃん僕恐いよ~」


どうやら最初のお客さんが来たらしい。かわいらしい男の子の声が聞こえた。けど、そんなことには全く気が付かずにマイペースに話を続ける3バカトリオ。


「お前さっきから皿ガチャガチャうるせーよ。だからおいてこいって言っただろーが」
「だってコレこんなに一杯あるネ。なにコレ何に使うアル?」
「それアレだよ神楽ちゃん、番町皿屋敷。一枚二枚って数えていって九枚目で「一枚たりないうらめしやー」って襲いかかるんだよ」
「一枚二枚 アレ?ホントに一枚足りないヨ」
「ん?アレ、オイあそこに落ちてんの…」
「あっ!!」


ちょうど通り道の真ん中に、なぜかお皿が一枚だけぽつんと落ちている。っていうか、陶器のお皿をよくまぁあんなところに器用に落とせるもんだ…。っていうかそこに子供、お父さんと一緒にいるのに…。


「私とりに行ってくるアル!!」
「おちつけっつーの。隠れてるのバレるだろ」
「だって元々一枚たりないのにまた一枚たりなかったら二枚もたりないヨ」
「神楽ちゃんもういいじゃない「二枚たりないうらめしやー」でいいじゃない」


何でもいいってば。っていうかもうバレバレだっつーの。って男の子のお父さんもきっと持ってるはず。うん。


「いやアル、設定がグダグダネ!」
「ダメだって神楽ちゃん!!」


ズガン ガチャァァン


「お…お…お皿が…」


…………。


Scene.3


「ムフッ 飴玉もらっちゃったさー」
「飴玉もらっちゃったさーじゃねーよ!!何哀れみうけてんのさー!ちょっとォホント頼むよ!!すごいグダグダっぷりだったよ!僕が友人の結婚式でやった出しものよりグダグダだったよ!」
「だってコレ皿がガチャガチャ身動きとりづらいネ。フリスビーか何かに変更してヨ」
「フリスビーが一枚二枚っていったいどんな恨みをもった幽霊?」


たぶんフリスビー枚数確認係なんだよ。オォ、番町フリスビー屋敷。


「オォ、じゃねーよォォ!…仕方ない。どんなカンジでやるか次僕が手本見せるからよく見ててよ」
「わかりました。じゃあ俺たちその間喫茶店ででも時間潰してます」
「人の話聞いてた!?」


聞いてないよね。この人たちは絶対聞いてないよね。人の話を聞かないのがこの人たちだからね。


「僕も伊達に毎年この行事に参加してるわけじゃないからね。去年なんて何人の女の子を泣かしたことか。まァ技盗むつもりでしっかり見ててよ」


そう落さんがいったとき、鳥居の向こうから階段を上がってくる女の子二人組みが見えた。来たようだね、とすごんでいるが、女の子二人の顔を見てその場の全員に冷や汗がたれる。


「あ、落さんヤバイ」


Scene.4


「もー、私こういうの苦手だって言ってるのに」
「まァまァ、たまにはこーいうのもいいじゃない」


そういってにこやかに笑うおりょうちゃんの後ろには、ものすごい顔をしたお妙ちゃん。


「ちょっと、そんなにくっつかないでよお妙、歩きにくいでしょ」
「ホントに私ダメなの。おりょう 置いてかないでね」
「アッハッハッハッ またまた アンタに恐いものなんてあるわけ…」
「ホンットにダメなの!マジだから!マジでマジだから!恐いの!恐すぎるの!」
「………… アンタの方が恐いんだけど」


そんな会話を繰り広げる二人をみて、落さんは怪しげな紐をぐいっと引っ張った。すると二人の頭上に作り物の骸骨が落ちてきて、お妙ちゃんのかわいい悲鳴が響く。


「きゃああああ!!やめてっ ホントにやめてっ!!私ホントに…!」
「ククク、ちょろいモンだぜ」


落さんは不適に笑みを浮かべるが、次の瞬間お妙ちゃんは作り物骸骨の頭を思いっきりつかんで、そして…


「恐ェェっつってんだろーがァァァ!!」


鬼神のごとき形相で地面にたたきつけ、殴るけるの暴行を加え始めた。作り物骸骨はそれはもう、見るも無残な姿に…


「イヤっ もうイヤ!帰ろう、ねっ帰ろう!」
「ちょっ!ちょっと待って落ち着いてよお妙!」


骸骨に一通り暴行を加え黙らせた後(元々しゃべらないけど)おりょうちゃんにしがみつく。でもその姿はもはやかわいくなくて、いや可愛いんだけど、なんていうかもう、こえーよマジ。


一方落さんはというと、よせばいいのにそんなお妙ちゃんにさらに余計なことを仕掛けた。どっかからたれてる変な紐を引っ張ると、ドロドロという音楽とともに青い火の玉が現れる。まァもちろんニセモノだよね、ロープ見えてるし…。


「火ん玉だァァァァァァァ!!火ん玉だわァァァ!!キャアアアアアア!」
「うごォ!!ちょっ 苦しっ!!」


火の玉を見た恐怖でお妙ちゃんは力任せにおりょうちゃんを締め付ける(多分本人はしがみついてるつもり)。その力に耐え切れず、口からブフゥと血を吐いてぐったりするおりょうちゃん。見るに見かねた落さんが、思わず二人のほうに飛び出していく。


「!! おいィィィちょっと!死んじゃう!!死んじゃうって!何やってんの君ちょっと…はしゃぐにしても限度が!!」
「きゃあああああ!! 気持ち悪い!!」
「ぶぶォ!!」


まァ当然、落ち武者の格好をした今の落さんじゃ火に油を注ぐようなもんで。おそらくおりょうちゃんの受けた締め付けの倍以上の力で蹴り飛ばされた落さんは激しく場外へ飛んでいった。そしてそんな落さんをシカトし、お妙ちゃんとよろよろのおりょうちゃんはその場を後にしたのだった…。


Scene.5


ボロッボロになった落さんを目の前に、私たちは取りあえず立っていた。なんかもう、哀れで仕方ないよ落さん。


「よかったっスね。より落ち武者っぽくなりましたよ」
「落ち過ぎじゃねーのか、地面にめり込んでるよもう」
「バンジーネ。裸族のバンジージャンプ並みに危険な落ち方ネ」
「いやいやそういうこといわないであげようよ、追い討ちかけるのやめようよ」
「もういやだァァァ!!今年もう最悪!!もういや!!スタッフから客までメチャクチャな奴ばっかりじゃねーかよォ もう!!」
「オイオイ、お盆にそんなセリフを吐くもんじゃないよ。今年はまだまだ残ってるだろーが。そーいうセリフはやることやって大晦日に吐きましょうや」
「そんな事いったってさ、もうこんなグダグダ感は人々の耳に伝わってるよ!もう客なんて来ないよコレ!!」


なんかもうホントに絶望している落さん。やっぱ名前、落だからね。


「ああダメだ!これで町内会の役員も降ろされる!せっかくデカイ顔してふんぞり返れる地位まで上りつめたってのに!僕の居場所は町内会しかないってのに!」


そんな大げさな…そんな風に思っている私を知るわけもなく、落さんは勝手に身の上話を始めた。別に聞きたくないけどね。


「…僕はね、家庭にも職場にも居場所なんてないんだ。万年平社員 机は窓ぎわ ついたアダ名は「落ち武者」。家庭では母妻娘 女三人がタッグを組み僕はまるで召し使い。それもこれも僕が情けないのが原因なんだ。でもそんな僕でも…こんな情けない僕でも輝ける場所を見つけることができた、それがここだ。 僕を見て恐れおののき逃げる人々… まるで自分が偉くなった気分だった。みんなを驚かそうと一年中いろんな仕掛けを考えて…」


いや、そこまで入れ込むことじゃない気がするんですけど…。まァ、かわいそうといえばそうかもしれないけど…。地にべったりと手をついていた落さんは、突然起き上がって、そしてなぜか走り出した。



「こんな所でおわらせてたまるかァァ!!僕一人でも盛り上げてみせるぅ!!」
「落さーん!!」
「ダメだありゃ、どこまでも落ちていくわ」
「落だからネ 名前が落だからネ」


え、神楽ちゃんそれだけ?いくらなんでもかわいそうじゃね?っていうか普通にかわいそうじゃね?ってか哀れじゃね?そんなことを考えていると、向こうの入り口のほうから声が聞こえてきて、みんなで一斉に振り返る。


「すいません一人なんですけどいいですか?」


へへへへへへへへ、屁怒絽さんんんん!!


「あ、ハ…ハイ」
「いやードキドキするなー。 僕恐がりのくせについこういうところ来ちゃうんですよ。バカでしょ」
「いえいえいえいえめっそうもございません」
「アレ?なんで泣いてるんですか」


うわ、受付の人泣いちゃってるよ。ってか私も泣きそうだよ。原作読んでいい人だってわかっててもこえーよ、あの顔はこえーよ。

「…ヤバイ、落さんヤバイ」
「落だからネ 名前が落だからネ」


心から落さんを哀れに思いながら(私だけ?)、私たちは裏の庭へと向かうのだった。


Scene.6


私たちが落さんを見つけたとき、ちょうど落さんも屁怒絽さんを見つけたらしく、それはもう真っ青な顔をしていた。うん、恐いよね。そりゃーこわいよ。ってか私もこわい…。落さんは、そろりそろりと逃げ出そうとしていた。


「おーっと、また逃げるのかィ?」


そんな落さんを銀さんが呼び止める。


「アンタいっつも逃げてばかりだな。ここらで本物の肝試しをしてみちゃどーだい?」


落さんは邪魔をする銀さんを少しだけにらみつけた。肝を試すってアンタ、簡単に言うけどね…。……でも、やるっきゃないんだよなァ。


「わからねーのか 今度はあんたが肝を試す番なんだよ。 …落さん、男は毎日肝試して生きてるようなもんなんだ」
「しかし君ね」
「お皿が一枚…」


落さんの声をさえぎって、神楽ちゃんの声が聞こえた。ひゅーどろろ、という音楽まで聞こえてくる。どこからなってるのこの音楽。


「二枚 三枚 以下省略。 …アレ、一枚足りない。   う~らめ~し~や」


以下省略ってなんだよ!でも一生懸命さは伝わるからよしとしよう。さて、私もなんていうか考えないと…えぇっとねェ…雪女だから…なんだろ
……雪だるま?


「あぶない!!お嬢さんあぶないって!食べられちゃうよ! あれ!?化け物が…なんかアレびびってない?」
「フリスビーが一枚 二枚 以下省略。 …アレ、一枚足りない。   うらめしワン!!」
「雪だるまが一個 雪だるまが二個 以下略 …アレ、一個足りない。 うらめし…ユキ!!」
「にんにくが一個 にんにくが二個 以下省略。   うらめしドラ!!」


うわっ、語呂悪ィィィ!なんだよユキとかドラとか!もはや全然関係ないよ!でも意外と屁怒絽さんには効いてるみたい。あああああ、後で復讐とか来ないよね!?こないよねェ!?


「落ち武者!ハイッスーナック」
「「「スーナック」」」


銀さんの声に合わせて、みんなが一斉にスナックコール。何でスナック?って思った方!それはさっき私が買ってきたおやつのあまり…食べたかったのに。ま、仕方ないけどね。屁怒絽さんが頭を抱えていると、やっと落さんが出てきた。


「スナックがいーっこ スナックがにーこ 以下省略。   うらめしやでござるぅぅぅぅ!!」
「い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!」


ぎゃああああああ!
せっかく出てきた落さんは、屁怒絽さんの攻撃で彼方へ吹っ飛ばされてしまった。ええええ、どうしてそうなるのォォォォ!?


「いやー 面白いデモンストレーションでした。新しいタイプの肝試しでしたね。 …でも …殺生はいけない。あやうく虫を踏むところでした」
「…………」
「落だからネ 名前が落だからネ」


いや、それじゃー片付かないでしょ。やっべ、他人の不幸で泣けてきたんですけど。なんかもう、みんな茫然。ちなみに屁怒絽さんはそのまんま虫を指に乗せてその場を後にした。


…今年はね、お客さんが悪かったんだよ。そう思おうよ。私は遥か遠くで伸びている落さんに、心の中でそう呼びかけた。哀れ、落さん。


Scene.7


くたくたになって帰った後は、ご飯を早々に済ませ、すぐに寝ることにした。ちなみに神楽ちゃんはいち早く熟睡。新八くんはじゃんけんに負けてソファに寝ることになり、銀さんはリビングに布団を敷いて寝る…らしい。別にソファで寝ればいいのになァ。でも二人とも何だかんだ言って、布団は私に譲ってくれるんだよね(万事屋には布団が二組しかない)。


ということで、男連中の目を逃れお風呂で着替えを済ませた私は、和室に戻ってあげてあった布団をきれいに敷きなおした。ホントに今日はもう、疲れた。精神的に疲れた。向こうの部屋は電気を消したらしい。まぶしいかと思って私も豆電球に切り替える。明日の用意があるからまだ寝れないんだけどね。


取り合えず暑いので窓を開けることにした。窓開けて寝るとおなか壊すって言うけどね。でも寝る直前なら大丈夫でしょ。


入り込んでくる風はちっとも涼しくなく、むしろ暑いくらいだった。それでもまったくの無風よりはマシだけど。取りあえず明日の服を枕元に用意して、目覚ましをセットする。…それと、実は内緒でつけている日記を静かに引き出しから取り出した。日記つけてるなんてバレたら恥ずかしいから言わないけど、せっかく銀魂の世界にこれたんだから、その思い出が鮮明なうちに書き残しておきたいと思って、お登勢さんにいらないノートをもらってつけてるものだ。たぶん誰にもばれてない…はず(いくら銀さんでも人の引き出しを勝手にのぞくなんて無粋なまねはしないはず…多分)。


ちなみに十四郎のことは、もうだいぶ立ち直っていた。昔から私って立ち直り早いのよね。完全に忘れたわけじゃないけど、あってすぐに泣いてしまいそうな気持ちは、もうだいぶ薄らいでいた。


さて、何を書こうかなァ。スタンドライトをつけて、机に頬杖をつく。何をって、やっぱり落さんのことなんだけど、どうやって書こうかなァ。今日は最初から最後までグダグダだったから、そのグダグダ感がわかるように書こうかな。ペンを握って、ノートを開こうとした、そのとき。


「おーい」
「!!!!」


突然ふすまを開けて銀さんが入ってきたから、思わず勢いよくノートを閉じてしまった。これじゃあ隠してるのバレバレじゃん…。


「…なに、そのノート、日記?」
「ち、ちちち、ちが!」
「じゃーポエム?」
「違う!」
「はいはいポエムねー。でさー、明日なんだけどよォ」


そういって銀さんは部屋に入り、わざわざふすまを閉めた。新八くんが寝ているから気を使ったんだと思う。


「明日新台入れ替えだから8時に起こしてくんねェ?」
「…ポエムとかいう人は起こしてあげません。おやすみー」
「あーわかった、訂正するから!日記ね日記!」
「それもいや」
「じゃーなんだよそれ」
「えーっと…献立ノート?」
「じゃ、見せてみ」
「え、や、ヤダ」
「献立なら見せれんじゃねーの?それともやっぱ見せられない内容なわけ?」
「べ、別に…でも、なんか銀さんだし、見せたくない…」
「見せたくないといわれると、見たくなるのが人間の性ってやつでねー」
「それ違うでしょ!人間じゃなくてドSの性でしょ!」
「ほーら見せてみな」
「やだっ」


銀さんに取られないように背中にノートを隠したけど、…やっぱ銀さんのほうが腕長いみたい。平気で背中まで腕をまわされた。でも私だっておいそれと渡してやるほど素直じゃない。体を傾けてノートを遠ざける。ついでに左のひざで銀さんのすね当たりをキック!弁慶の泣き所だぞー!痛いんだぞー!銀さんはいっ、と声にならない声を上げながらその場にがっくりとひざを折った。やーいざまーみろー!


「こんの凶暴女がぁっ、この時間じゃなかったら千回踏みつけの刑だぞコノヤロー」
「ふーんだ。銀さんが乙女の秘密を見ようとするから悪いんでしょー」
「やっぱポエムじゃねーか」
「ポエムじゃないってば。ってか乙女の秘密=ポエムってなんでそういう図式?」
「俺、隠し事されるの嫌いなんですけど」


むすぅ、口を尖らせる銀さん。私はその表情を見て、あっけにとられた。え、それだけ?バカにしたいとかじゃないの?


「…アンタガキ?」
「うわっ、銀さん悲しいなー、傷つくなー。結構真剣に言ってるんですけど」
「なんかその言い方ムカつくんだけど」
「なんで」
「なんでも。…別に…私いつ向こうに帰っちゃうかわからないから、少しでもこっちの思い出を形に残せたらなって思って…」


結局ただの日記じゃねーか!そうつっこまれると思ったのに、銀さんはいつまでたってもつっこんでこなかった。それどころか言葉の一つも発しない。おかしいと思って顔を上げると、そこにはどうしてか、あの真剣な目をした銀さんがいた。


「…そーか、大事にしろよ」


そういって、ふわふわと私の頭をなでてくれる。私は、動悸が激しくなるのを感じてうつむいた。


…私、銀さんにドキドキしてる?いや、この顔を見たらいつでもドキドキするんだよね…十四郎を好きだったときからそうだった。別人みたいだからだよ、そうに決まってる。


そのとき、頭をなでていた手がするりと頬に触れた。いきなりのことに、さっきよりずっと激しく心臓が飛び跳ねる。反射的に顔を上げて目が合った銀さんは、貼り付けたような無表情をしていた。…でもそんななかで、どうしてか目だけが、悲しそうな色を帯びていた。そしてその目はまっすぐに、私だけを捉えていた。


どうしてそんな顔するの?私、銀さんを悲しませるようなこと、何かした?そう聞きたいのに、のどが干からびて声が出ない。


やがて銀さんの手は、すべるように離れていった。私の動悸は、まだ治まらない。


「…わりぃ、忘れてくれ」
「え…?」
「じゃ、おやすみ」


そういって、銀さんはさっさと立ち上がり、さっさと部屋を出て行ってしまった。


…なんなの、今の…。


私はよくわからないまま、一人茫然とその場に座り込んでいた。


2008.05.25 sunday From aki mikami.