Episode 13

泣きたいときは思い切り泣け

Scene.1






次の日。病院には神楽ちゃんが迎えに来てくれて、二人でおやつを買ってから帰った。神楽ちゃんがやけにいっぱい進めるもんだから、おやつだけで買い物袋が二つになってしまった。…十四郎のことは、考えなかった。忘れてしまったんじゃないかと思えるほど。


万事屋につくと同時に、けたたましい叫び声が聞こえた。続いてドタバタと走り回る音。…あァ、またかァ。そう思った瞬間、ドアをぶち破って銀さんがこちらへおっこちて来た。


「………またですか」
「おー、帰ったか…」
「帰りましたよ。…ったく、今回は何か月分?」
「4か月分だよ!ったく…」
「あ、お登勢さん!ただいまァー」
「あァ、おかえり。アンタ大丈夫かィ?」
「大丈夫です!ここでのびてる人がかばってくれたみたいなんで」
「ほぉー、家賃も払えないダメな大人でも盾くらいにはなるようだねェェ?」


ギリギリ、と銀さんの背中を踏み付けるお登勢さん。完全にノックアウトされてしまった銀さんを神楽ちゃんは木の枝でつんつんつっついた。いや、アラ〇ちゃんじゃないんだから…。


「あのー、お登勢さん。ホントに申し訳ないんですけど…今日は見逃してくれませんか?」
「あァ?じゃあアンタが変わりに払ってくれんのかィ?」
「4か月分ポーンとは出ませんけど…でも、銀さんも一応怪我人なんで、勘弁してください…私、今日からまたお店でバイトしますんで…」
「今日からって…病み上がりの人間を働かせるわけにはいかないだろ。…ったく、しょうがないね」
「待ってくれるんですね!」
「今回だけだよ!…それにしても…居候に頭下げさせるとは、大した家主だねェ」
「うっせーよババア」
「なんだとコノヤロー!」
「あァァァ、もううるさいから!抑えて抑えて!」


銀さんが入って来ると話がややこしくなるんだから!


ぐったりと地面に寝そべっている銀さんを神楽ちゃんと二人でズルズル引きずって二階に上がった。途中階段で痛い痛いわめいてたけど気にしなーい。


「銀ちゃん情けないネ。ダメな大人の見本アル!」
「ホンット、4か月も家賃滞納してる人はじめてみたよ」
「金がねェんだから仕方ねーだろーが。大体なァ!神楽と定春の食費だけで俺らの3倍だぞ!」
「それは今さらいいっこなしよ~ん」
「何キャラだよ!」
「あ、そういえば銀さん、新八くんは?」
「あァ?新八なら買い物だよ買い物!」
「あれ、今日私当番なのに…」
「病み上がりがうだうだゆーな!黙ってパシっときゃいんだよ」
「…かわいそ」
「ただいまー」


噂をすればなんとやら。絶妙のタイミングで帰って来た新八くん。銀さんと神楽ちゃんは取っ組み合いのケンカをはじめている。あァ…今日くらい静かにして…。


「なにやってんの二人とも!銀さん!またお登勢さんに怒られますよ!」
「うるせェ!今日という今日は勘弁ならねェ!今からコイツの胃袋半分にカッ裁いてやる!」
「こっちこそ!いい加減ご飯に砂糖かけて食べる生活なんてもういやアル!激辛センベイいっぱい食べさせてその甘党直してやるアル!」
「…なに、このくだらない争い」
「めんどくさいからほっとこ新八くん」
「そうですね。………あ、ところで今日の夕飯なんですけどね!」


そう言いながら買い物カゴをあさる新八くん。じゃじゃーん!と取り出したのは、なんと!


「しゃ…しゃぶしゃぶ!?」
さんの退院祝いです!」
「「ぃよっしゃあァァァァァ!」」


さっきまでぎゃあぎゃあ言い合っていた二人が急に目の色を変えて肉に飛び付いた。そりゃあめったに食べられないもんね、しゃぶしゃぶなんて。


「退院祝いって…私一日しか入院してないんだけど…ってか家賃も払えない状態でよくそんな肉を…」
「これがね、安かったんですよ!タイムサービスで半額だったんです!」
「ぎゃ!だったら相当おばさんにもみくちゃにされたんじゃ…」
「もう苦労しましたよ!開始1時間前から並びましたからね!」
「な、なんか…そこまでしたものを私なんかのために…」
「いいんですよ!退院祝いは建て前ですから」
「…あ、そうですよねー」


そうはっきり言われると、なんか寂しいんだけど…。


でも、せっかくしゃぶしゃぶが食べられるんだからいいや!私は買い物カゴを持って台所に向う新八くんについて、下拵えを手伝うことにした(ちなみにぐーたら二人組はじゃまくさいので蹴っ飛ばしといた)。


Scene.2


その後夕食は…やっぱりというか、ものすごく騒がしく(主に2名)終わった。てか私、肉あんま食べてないんだけど。といったら食えるだけで幸せだろーがとお腹を膨らませた銀さんに言われて、腹がたったのでぶん殴っておいた。神楽ちゃんもたらふく食べていたけど、やり返されたら痛いのでやめておいた。


それから洗いものをして、少しだけテレビを見て、寝る準備を始める。新八くんは軽く片付けを済ませてお家に帰っていった。神楽ちゃんは先にさっさと寝てしまったし、銀さんも頭が痛いだのなんだのうだうだ言ってソファで寝てしまった。結局最後まで起きてるのって私なんだよね、いつものことだけど。


通販をみながらぼんやりしていたけど、面白くないから寝ることにした。ふと時計を見たら、深夜2時を少しまわったところだ。


歯もさっき磨いたし、顔も洗ったし、着替えたし。私は先に電気を消してあとからテレビを消そうとした…けど、途中で思い立って銀さんに布団をかけてあげた。そのとき少し唸ったから起きたかと思ったけど、どうやらただの寝言みたいなので、起こさないようにテレビを消して和室に移動した。


電気は一番小さい豆電球で、明日着る服を用意する。あとはめざましを(元々万事屋にあったやつ。タンスの肥やしになってた)セットして、布団に潜り込んだ。


…静寂に包まれると、なんだか頭の中が空っぽになった気がした。万事屋にいるとホントに騒がしくて、でも楽しくて、それだけで頭がいっぱいになる。でもみんなが寝て、片付けを終えて一人になると、すっからかんになって、そこに余計なものが入り込んで来る。


…十四郎の、困った顔。


今度会うとき、私はどんな顔をすればいいんだろう。というか、どんな顔が出来るんだろう?いきなり泣き出してしまわないだろうか。


いたたまれなくなって、布団から起き上がった。パジャマのまま和室を抜け出して、銀さんの寝ているリビングを通り抜けて、意味もなく外へ出た。扉のガラガラという音が、少しうるさく聞こえた。


玄関の前で手摺によりかかる。さすがの歌舞伎町も、この時間のこの通りには人は見当たらない。スナックお登勢ももうしまっている。


何の気なしに空を見上げると、白い星がいくつも光っている。向こうよりキレイな空だなぁ。そう思ったら、急に向こうの世界が憎くて仕方なくなった。あんなところに、私は帰らなきゃいけないんだ。向こうには、十四郎はいない。…いたってどうにもならないけど。


「…もう、やだなぁ」
「なーにが」
「わっ! …ぎ、ぎんさん…」


振り替えると、ぼりぼりとお腹をかいている銀さん。眠そうにあくびをひとつすると、黙って私の隣りに並んだ。


「…起こした?」
「だってオマエ、ドア開けっ放しなんだもん」
「えっ!ごめんなさいっ」
「んー、じゃあ罰としてこれでも着てなさい」


そう言って銀さんは私に羽織りを寄越した。銀さんが冬に着てるって言ってた柄のキレイなやつだ。


「…これは流石に暑いんじゃ…?」
「だーから罰だっていったろ。黙って着ろ」
「…はーい」


多分、気使ってくれたんだろうなぁ。羽織りを受けとりながらそう思った。ホント銀さんは天の邪鬼なんだから。


「ところで…オメーはなにやってんだ?」
「えっと…考え事」
「そんなの頭まで布団被ってやれよ」
「…外の空気が吸いたくて」
「窓開けりゃいいだろうが」
「………」
「…………出て行ったかと思ったぞ」
「え…?」
「オマエ、今日一日今にもぶっ倒れそうな顔してただろ」
「………」


心臓が飛び跳ねる。振り返ったけど目は合わなかった。


「…そんなこと」
「ないか?そーかィそーかィ。銀さんの心配なんていらないかィ」
「そんな…!」
「前にもいったろ、オメーはわかりやすいって」


ふあぁ、と小さくあくびをして、だるそうに手摺によりかかる。相変わらず目は合わなかった。


「……忘れてたんだよ、さっきまで」
「あァ?」
「寝ようと思って布団に入って…そうしたら、なんか急に思い出して……」
「…そりゃオマエ、ただの強がりだろ」
「強がりじゃないよ」
「人間ってのはなァ、ホントに忘れたいことはなかなか忘れねェもんだ。オメーのはただ現実見てねェだけだよ」
「………」
「でもま、たまにはそんなんもいいんじゃねェ?」
「え…?」


ふっと小さな笑みを見せて、ようやく目が合った銀さんは、いつもの死んだ魚の目じゃなかった。…銀さんは時々こういう顔をする。その顔を見てると、どうしてだか動悸が激しくなる。多分見慣れてないからだと思う。いざってときにきらめくってのは、こういうことなんだなァ。


「バカ正直に前だけ見てたら疲れんだろ。時々は逃げたっていいんじゃねーの?」
「……そう、かな」
「そうだよ。…俺らはよォ、当然オメーのこと心配するし、どうしたのかって気になりもする。けどオメーが嫌がるんなら、それを追求するようなことはしねーよ。…だからよ、迷惑かけるからとか変なこと気にしてねーで、思いっきり、もうかけすぎるぐらい迷惑かけたっていーんじゃねーか?」
「銀さん…」
「オメーだって、逆の立場だったら別に嫌がったりしねーだろ」
「……うん」


私が笑うと、銀さんはまた少しだけ笑った。それからふぁ、と二回目のあくびをして、その後にはもう死んだ魚の目に戻っていた。


「さーてと、もう一回寝なおすかー」
「銀さん」
「あん?」


中に戻ろうとする銀さんの服をつかんだ。銀さんは声はいやそうなのに、顔は普通の顔をしていた。


「…聞いて、くれる?」


私の言葉に、銀さんはまた手摺によりかかった。それ以上は何も言わなかったけど、聞いてやるといわれた気がした。


「…忘れてたつもりだったの…でもそれは嘘でね、ホントは多分…、なんにも考えないようにしてただけなの。さっき布団に入ったとき…頭の中が空っぽになったような気がしたけど、それは最初っからからぽにしてただけ」


よくわからない話をしているのに、銀さんはうん、とただ頷いてくれた。それ以上は何も言わないでくれる。


「昨日振られたんだ、十四郎に」
「…」
「気持ちだけ受け取っとくって言われちゃったの。…前からね、いつか帰ることになるから早いうちに告白しちゃおうって思ってたんだけど…やっぱ早すぎだよね、あって二日だし」


二日って言ったって、実質一日みたいなものだもん。いきなり告白なんてされて、びっくりするだろうし、断るのも当然だ。


「…でもね、十四郎にとっては一日でも…私にとってはもうずっと好きだったの。ずっと、みんなのこと見てたから」
「…は?」
「私ね、実は読者だったんだよね」
「読者って…その…」
「お察しの通り。なんかそういうことをはっきり言うのって変かなって思って黙ってたんだ。みんなには内緒ね。でも、…嬉しかったなァ、ココに来れたってわかったときは。…十四郎に、会えたときも」


嬉しすぎて舞い上がって一人でテンション上がって、変な嘘までついて。


「告白したとき…十四郎、困ってた。困らせたくないなって思ってたのに…やっぱ困るよね」
「…」
「本当に会えただけでも奇跡なのに…さらに好かれようなんて、虫がいい話だよね…。だから、泣かないようにって…そう思ってたのにさ…」


銀さんが優しくするから、涙出てきちゃったよ。泣き顔を見られたくなくて後ろを向いたら、優しくて大きな手がゆっくりと頭をなでてくれた。


「ごめん…ごめん銀さん」
「あー、聞こえねーなァ」


とぼけた声でそういいながらも、ずっとなでていてくれる。とめようとするのにどんどん涙が溢れてくるから、もう諦めてしまうことにした。振り返って、銀さんの肩に少しだけ寄りかかる。


私は銀さんの優しさに甘えて、気が済むまで泣いた。銀さんはそのまま、私が泣き止むまでずっとなでていてくれた。


Scene.3


翌日。私は昨日買い物当番を代わってくれた新八くんの変わりに夕飯の買出しに来ていた。


実は昨日のしゃぶしゃぶは、前の日あったときに私の元気がないのに気がついた新八くんが気を利かせてくれたってことらしい。神楽ちゃんも、あの日やたらおやつをすすめていたのはおやつを食べれば元気が出るだろうと思ったからだと銀さんから聞かされた。本当に、私はみんなに気を使わせすぎだなァ。でも申し訳ない反面、ちょっと嬉しくもある。


今日はみんなの好きなものを作ろうと思ってかごにいろいろ入れていたら、量がものすごいことになってしまった(それでも値段的にはたかがしれている…何せ貧乏生活なもんで)。二つの買い物袋をぶら下げて大江戸マートの自動ドアをくぐる。


「あ…」
「お…」


扉の向こうには、真選組の一段がいた。真ん中には総悟と十四郎が並んでいる。


「姐さん。買い物ですかィ?」
「うん…そっちはパトロール?」
「そーですぜ。それにしてもすげー荷物の量ですね。ってことで送ってやれよ土方コノヤロー」
「え!」
「なんっでそうなんだ!」


ホント、何でそうなるんですかっ!それじゃなくても気まずいのに、送ってもらうなんて、いいよそんなの!


「そんなのいらないよ、うん!一人で大丈夫!」
「姐さん、遠慮しなくていいんですぜィ。土方なら顎で使ってもいいくらいでさァ」
「んだとコラ」
「あーもう、やめてよ。ってかホントにいいから!パトロール中でしょ!…じゃ、私いくから!ばいばい総悟」


十四郎とは出来るだけ目をあわせないようにして横をすり抜けた。途中総悟がばいばーいと無感情な声で言ったのが聞こえた。十四郎は、何も言わなかった。というか、向こうも私を見ないようにしている。…でも、本当にコレでいいの?こんな気まずいまま終わっちゃっていいの?


私は思い切って振り返る。その瞬間、戸惑っている十四郎と目が合った。


のどが渇く。体が震える。目の奥が熱くなる。それでも私は、のどの奥から声を絞り出した。


「ばいばい、十四郎!」


今出来る最上の笑顔で笑う。十四郎は驚いた顔をしたけど、少しして、笑顔を作ってくれた。


「おぅ、じゃーな」
「うん!ばいばーい!」


逃げるように早足で歩き出す。これ以上は泣いてしまいそうだったから。…でも、次にあったときはもっと上手に笑えるといいと思う。


空を見上げた。きれいな飛行機雲がまっすぐに走っていて、見ていると自然と笑みがこぼれた。


2008.05.24 saturday From aki mikami.