Episode 29

出来ない約束はするな

Scene.1






頭がぐちゃぐちゃで何も考えられなくなった私を、真選組は優しく出迎えてくれた。それでも夜、一人になるとやっぱり寂しくて、いつも隣りから聞こえる銀さんのいびきや神楽ちゃんの寝言が恋しくなった。


朝一番に起きて、朝食の手伝いをした。居候させてもらっているわけだし、働かないと。


それに何かしていないと、余計なことを考えてしまいそうだったから。近藤さんや十四郎は余計な気を回さなくていいって言ったけど、動いていた方が落ち着けるし、夜もよく眠れるだろうし。


そして日暮れが近付いて来た今、私は荒れた庭の落ち葉をホウキで掻き集めていた。縁側には総悟がいて、私の作業をぼんやりと見つめている。そんな当たり前のように穏やかな時間なのに、私の心はヒドくざわついていた。


出来るだけ考えないように努めるけれど、所詮は無駄だ。身体を動かしてるだけ幾分かマシだけれど。


「よく働きますねィ、姐さんは。お客さんなんだから寛いでりゃいいのに」


アイマスクを指に引っ掛けてくるくる回しながら、さして思ってもいなさそうにそう言った総悟。


「そういう総悟は働かないねェ。さっき十四郎がカンカンになって捜してたよ」
「知ってますよ。だからここにいるんでさァ。姐さんを手伝って来いって言われましてね」
「別にいいよ、いつも似たようなことやってるから。慣れてるよ」
「やっぱ万事屋でもやらされてるんですね」
「やらされてないよ、自分の意思でやってるの」
「そりゃあ大層ご立派で」
「ご立派って別にそんなんじゃないよ。…だって私、居候だもん」
「居候って…家族も同然じゃねーですかィ」
「…そう?」
「そうですぜ。まァ旦那と姐さんだけ見てたら夫婦ですけどねィ」
「えー、そうかなァ…」
「そーそー。もう見てるのも恥ずかしくなるくらいの新婚丸出し夫婦って感じでさァ」
「えっ!そんななの私たちっ!!どうしよう…メッチャ恥ずかしいんですけどッ!」
「恋は盲目ってやつですねィ。周りのことなんてまったく見えちゃいねー。迷惑なカップルでさァ」
「銀さんはともかく、私までそんな感じなの?ちょっ、軽くショックなんですけどッ」
「あー、だったら俺の胸で泣くといいですぜィ。俺ァ土方以外の年上は敬うって決めて…
「オメーは何くっ喋べってんだ!」


いつの間にかやって来た十四郎がそう言ったのと同時に、総悟の頭に振り下ろされる鉄拳。ゴィン、と凄まじい音がすると、総悟が頭を抑えて後ろを振り返った。


「何しやがんだ土方コノヤロー!」
「オメーこそに掃除やらせてなにやってんだゴラァァァァ!しかも何ムカつくこと暴露してんだ!いー加減にしろ!!」
「土方さん、俺が掃除なんかやってキレイになると思いますかィ?姐さんがやった方が100倍キレイになるんだから任せたっていいでしょーが」
「そーゆー問題じゃねーだろ!どこの世界に客に掃除させるヤツがいるんだよ!」
「嫌だなぁ、目の前にいるじゃねーですかィ」
「自慢げに言ってんじゃねー!シバくぞゴラァァ!!」


十四郎がそういう反応するから総悟も面白がる気がするんですけど。ちょうど万事屋で言うと神楽ちゃんと新八くんって感じに。……まァ神楽ちゃんは楽しんでるってよりは八つ当たりしてるって感じもするけど。


そんなことを考えながら、二人を無視して掃除を再開する。


でも、別に気にしなくていいのに。色々お世話になってる上に、生活費分にって渡したへそくり(少ないけど)も、いらないって突き返されちゃったし…せめて掃除くらいはしないと気がすまない。


色々言ったって、十四郎も近藤さんも納得しないだろうけど。


「ったく…オメーもやらなくていいって言ったろーが」
「……だって、お世話になってるし…それに、することないんだもん」
「テレビでも見てろよ」
「今の時間帯はニュースばっかりなの」
「見ればいいだろニュース」
「ヤダ。アニメがいい」
「ガキかオメーは」
「童心を忘れないのが人生楽しく生きるコツだよ?」
「そーかよ。…今のオメーが楽しそうには見えねーけどな」


そう言って、煙を吐き出す十四郎。じろりとにらむような視線をむけてくる。…そんな顔されても、困る。


…わかってるよ。自分で決意して出て来たくせに、いつまでもうだうだ万事屋のことばっかり考えて落ち込んで、ウザイって。


でもこうやって離れてみたら、ちゃんとご飯食べてるかとか、洗濯物たまってないかとか、色々心配なんだよ。そこは私がいなくても新八くんがやってくれるだろうけど、家賃とか定春のご飯の買い出しとかガスの支払いとか、色々やり残して来たことがあるんだから。


「……大丈夫かなァ…そういえばもうお米が…、あ、醤油もきれてるんだっけ。あーあとトイレットペーパー…今日安売りのチラシ入ってたなァ…」
「大家族の母ちゃんかお前ッ!心配しすぎだろ」
「そうですよ姐さん。旦那だって確かに頭は中2かも知れねーが一応大人ですぜ。のたれ死んだりはしねーでしょう」
「…そりゃあ、そうなんだけどさ……」
「まァ強いて言うなら姐さんがいなくて溜まって…
「下品なんだよオメーは!…ったく、万事屋なんざどーでもいーんだよ。それよりお前の方だ」
「…え、なに私が溜まってるって?心配ないよー、一昨日
「んなことどーでもいいわッ!……お前が、今にも逃げ出しそうな顔してるっつー話だ」
「…………ッ」


思わず自分の顔を触る。触ったって表情は分からないんだけど、なんとなく気持ち的に。


…そんな顔、してるつもりなかったのに。


「でもまァ、気持ちはわかりますぜ姐さん。土方なんかと一日中顔つきあわせてたら、逃げ出したくもなりまさァ」
「んだと総悟テメェェェェェ!!」
「俺ァもうストレスでボロボロでさァ。あーあ、死んでくれねーかなー土方」
「よーし、そこになおれ。たたっ斬ってやらァ!!」


そんないつもと変わらないやりとりを見ながら、私は申し訳なさに目を伏せた。…私のためにここまでしてくれたのに、逃げ出したいなんて失礼きわまりない。散々迷惑かけていながら、銀さんたちのことばかり考えて…ホント、最低すぎる。


「オイ、余計なこと考えんじゃねーぞ」


十四郎が、総悟の頭を鷲掴んだまま言った。


「オメーがここにいるのは、万事屋のことを思ってだろーが。あいつのことばっか考えててもおかしかねーだろ」
「…でも」
「この状況で万事屋のこと少しも考えないって方がどうかしてんだろ」
「………うん」
「あー、あと迷惑とかそんなことも考えんなよ。高杉に用があんのは俺たちも同じだ。互いの利害がたまたま一致したっつーだけだかんな」
「かっこつけてんじゃねーよ土方コノヤロー」
「オメーは入ってくんじゃねーこのドSが!」


そのひとことでまたケンカに戻って行く二人。


どうして私の周りの人は、こんなに優しいんだろう。逆の立場だったら、私は同じことを言ってあげられる?…正直、出来る自信はない。それは私が子供で、いろんなものから逃げて生きてきたからだ。


もう逃げたくない。辛いことから、悲しいことから、苦しいことから。


「…ありがとう!」


二人がぴたりと動きを止めてこちらを振り返る。精一杯笑って見せると、二人もにっと笑ってくれた。


「オゥ」
「姐さん、土方なんかに礼言う必要ありやせんぜ。寧ろ死ねコノヤロー」
「んだとコラァァァ!」
「ったく。いい加減やめたら?二人と
『ちょ、ストップゥゥ!!』


私の言葉をさえぎったのは、ザキの声だった。どうやら塀の向こうで何かあったらしい。私達は顔を見合わせると、三人で塀の方に耳を傾けた。


『ちょ、待ってください旦那!今みんな出払ってて、その…!』
「旦那?」


まさか。
その場の全員が動きを止めた。


『だったら好都合だ!あんな奴らの顔なんざ見たかねーからな!』
『ちょ、やめてください旦那!不法侵入ですよ!』
『うるせェ!行方不明者がでたっつーのに取り合わねーのが悪ィんだろーが!』
『隠し立てするとぶっ殺すアル!』
『山崎さん、お願いです、いるんならあわせてください!』
『いやだからいないんですってば…』
『だったらちょっと入るくらいいいだろうが…!』
『だからダメだってば、ちょ…!いかせるかァァァ!』
『いで、いででで!ひっぱんじゃねー!』
『やめるネジミー!ジミーはジミーらしく隅っこで小さくなってればいいアル!』
『なんだとコラァァァ!ぜってー行かせねーぞォォォ!』


「…なんで」


なんで?


なんでわかったの?なんで来たの?どうして。


「オイ万事屋ァ!!」


十四郎が、塀の向こうに向かって叫んだ。


『その声、マヨ方か!』
「土方だコラァ!テメー警察に不法侵入とはいい度胸してんじゃねーか!」
『テメーらこそうちのちゃん誘拐するとはいい度胸じゃねーの!』
「違ッ」


思わず違うと言いかけたところを、総悟に口をふさがれた。十四郎が一瞬、こちらにじろりと視線を向ける。


なんざいねーよ!大方オメーに嫌気がさして出て行ったんじゃねーのか!」
『あァ?んだとコラァ!』
「この間も家出が何だと言ってたしなァ?」
『ありゃもう解決したんだよッ!いーからだせコノヤロー!』
「だからいねーって言ってんだろ!」
『マヨネーズオタクのくせに粋がってんじゃねーぞコラァァァ』
「んだとこの怪力チャイナァァ!テメェにマヨネーズの何がわかんだッ!!!」
『そんなことどうでもいいですから、さんにあわせてください!』
「そんなこととはどーいうこった!マヨネーズがどうでもいいってかコラァァァァ!」
『オイ!!』


銀さんの、ひときわ大きな声が響いた。


『そこにいるんなら戻って来い!』
「万事屋ァ!テメェ…!」
!お前俺から逃げられると思ってんのか!』
ーーー!戻ってくるアルーーー!』
さん!このバカ、さんがいないとダメなんですよ!僕だって二人の子守大変なんですよ!』
『お前余計なことばっか考えてんじゃねーぞ!俺はお前の彼氏だろうが!お前の苦しみだって全部俺に言えっていったろ!!大体、俺の一番近くにいたいって、自分でいったじゃねーか!!その約束自分から破ってんじゃねーぞ!』
「っ…」
「オイテメーら!いい加減にしねーとたたっきるぞ!山崎ィ!早くこいつらどっかやれ!!」
『無理です!抑えるだけで…ふぎぎぎっ!』
「ウオォォォォ!!」


十四郎は塀をよじ登って屋根に上がると、銀さんたちに向けて刀を突きつける。 ……私はそれが見ていられなくて、その場を走り去った。

違う。
見てられなかったんじゃない、聞いてられなかったんだ、銀さんたちが私を呼ぶ声を。


決意が折れてしまいそうで。


途中ですれ違った近藤さんも他の人も全部無視して与えられた部屋に直行した。力いっぱい戸をあけて、それを閉めるのも忘れて隅に寄せてあった布団に屈み込む。


ダメ。


私は自分で決めたんだから。ここで折れちゃいけないんだ。今みんなのところに帰ってしまったら、ここに来た意味が泣くなってしまう。


それに、もう逃げたくない。


「……姐さん」


背後から聞こえたのは、総悟の声だった。


「泣いてるんですかィ?」
「泣いてないよ…ごめんね、大丈夫だから」
「無理するんじゃねェや」
「えっ、 !」


いきなり肩をつかまれたと思ったら、総悟の腕の中に包まれていた。突然のことでわけがわからなくて、言葉すらも出てこない。


「泣けよ」
「…そ、総悟?」
「さっき言ったでしょう、泣きてーなら俺の胸で泣きなせェ。……俺ァそれくれーしか出来ねーからね」
「…でも」
「旦那には内緒にしてあげますぜ」
「そ、そういう問題じゃ…」
「姐さん。苦しみを人に見せずに我慢するってのは、大層立派だ。だがね、それがいつでも、必ず正しいとは限らねーと思いやすぜ」
「どういうこと…?」
「泣くのが正解なときもあるってことでさァ」


そういって、総悟は私の背中をぽんぽんと叩いた。…まるで、親が子供をあやすように。…総悟のほうが年下のはずなのになァ。情けなさとか悲しさとか寂しさとか、色々なものがグチャグチャに混ざり合って、…涙が出た。


「…ごめんね、総悟」
「そういうくらいなら早く泣き止んでくだせェ。暑苦しくて仕方ねーや」
「なんだとコノヤロー!」


憎まれ口を叩きながらも、私を離す気配はない。包んでくれる腕も、とても優しい。


今日だけ。…今だけ。そんな言葉を唱えながら、涙はどんどんと零れ落ちていった。


Scene.2


それから3日間、3人は毎日頓所にやってきた。けど、私はもう泣かなかった。だって、泣いてばかりいたってどうしようもないから。自分でこうすると決めた以上、それはやり通さないといけない。


楽なほうに逃げるなんて、もうしたくない。


十四郎の話によると、高杉の居所がつかめたらしい。準備を整えて、明日にでも出発するって話だけど…そんなに急いでいいんだろうか。急いでくれてるのはもちろん私のためなんだろうけど、もっとしっかり探ってからのほうがいいような気がする。…高杉は、何をするかわからないから。


することもなくふらふらと頓所内をうろついていると、近藤さんの叫び声が聞こえてきた。叫び声って言うよりは、コンサートに行ったときによく聞く、きゃーって感じの声だ。俗に言う、黄色い声。一体何があったのだろうと声のしたほうにいってみると、男ばかりのムサい(失礼)空間に場違いな、一輪の花のような可憐な後姿が一つ。


「…た、妙ちゃん!」
ちゃん!」


くるっと振り返った妙ちゃんは、パァッと満面の笑みを浮かべてこちらに走り寄ってくる。…って、今気づいたけど何で薙刀持ってんの、怖いんですけど!笑いながら薙刀持って走りよってくるんですけど!あれ、もしかして殺される?これ100%殺されるよね!?


「ぎゃあああああ!!!」


私は一目散に逃げ出した。けどその後ろをものすごい速さでついてくる妙ちゃん。


「逃がさないわよォォォォ!」
「いやァァァ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいーーーーー!謝るから、謝りますから、お願いですから、助けてェェェェェェェェ!!」
「待たんかいワレボケェェェェ!!!」
「ギャアァァァァァァァ!!!」


Scene.3


「あ…はは…」


数分後、私と妙ちゃんは仲良く客間に通されて、二人向かい合ってお茶を飲んでいた。


どうやらさっきのは誤解だったらしい。追いかけてきたのは逃げたからで、薙刀は対近藤さん用だったんだとか。いやーでも、あんなにっこりスマイルで薙刀持って走ってきたら誰でも怖いだろ…。


ちゃんったら、早とちりなんだから」
「あははは…はは…」
「姐さん、笑いが引きつってますぜ」
「そそそそ!そんなことないよ総悟!何言うの!」
「俺ァ事実を述べたまででさァ」
「オイ総悟、あんまいじめんな、泣くぞ」
「泣かないよ!私、泣かないよ!だって怖くないもん!怖くないもん!怖くっ…ないもん!」
「……貴方達、新しい歴史を刻みたいのかしら?」
「「「いえ、結構です」」」


にっこりスマイルで切っ先を向けてくる妙ちゃん。私と十四郎と総悟は、3人で硬直。…貴方が言うとシャレにならないからね、妙ちゃん。


「はっはっはー!お前らだらしないぞ!俺なんてもう毎日だからこんなのぜーんぜん怖く…」
「おめーは入ってくんじゃねェ、このゴリラがァァァァ!」
「グボォッ!」


…今、鈍い音がしたんですけど。


っつーか近藤さんそれ自慢にならないからね。と三人とも思ったに違いないが、当然誰一人口に出来ず。近藤さんがぼこぼこにされていくのを見ながら、ただこちらに来ませんようにと祈るだけだ。


近藤さんの顔が原型もわからないくらいパンパンに膨れ上がった頃、妙ちゃんが着物をパンパンとはたくと、くるりとこちらに振り返った。そのときの笑顔にドキッとしたけど、私達が殴られるというわけではなさそうだ。


「さて、これで静かにお話が出来るわね」


にっこりと笑みを浮かべる。…どうしてこの人の笑顔はこんなに怖いんだろうか。


「…ちゃん、家出したんですって?」
「……」


予想通りの話題だ。妙ちゃんがわざわざここにやってくる理由なんてほかにないだろう。


「…連れ戻してくれって頼まれたの?」
「そうなのよ。銀さんはともかく、新ちゃんと神楽ちゃんに言われたら行くしかないでしょう?それに家出した先が真選組だなんて、狼の群れに自分から飛び込むようなものだわ」
「オイ、そりゃーどういう意味…」
「あァ?なんか文句あんのかゴラァ」
「いえ、なんでもありません」
「あ、あの、妙ちゃん…私、何を言われても戻るつもりは…」


十四郎があまりにかわいそうでフォローしようと思ったら、やけに真剣な顔で振り返る妙ちゃん。…思わず口をつぐむと、にっこりと、今度は柔らかく笑った。


「知ってるわ。ついでに、ちゃんの決意がものすごく固いってこともね」
「え…でも」
「今日はね、ひとこと言いに来たの」
「…ひとこと?」
「……待ってるから」


真剣な目が、じっと私を捉えた。


ちゃんがここまでするってことは、それ相応の覚悟があるってことでしょう。…私は、それをとめたりはしない。でもね、…それはちゃんが、いつか戻ってくるってわかってるから」
「…妙ちゃん」
ちゃんが元気で戻ってきてくれるってわかってるから…私はそれを待ってるわ」
「…でも、銀さんは」
「銀さんには私から言っておくわ。なんなら軽く殴って3日くらい動けなくしといてあげる」
「あ、いや!そこまではいいけど!」


妙ちゃんがやると、3日どころか永遠に再起不能になりそうだし。でも、それはともかく。


「…ありがとう」


待っててくれる人がいる。それはとても幸せなことだと思う。待っててくれるってことは、私を信じてくれてるってことでもある。それに、一人じゃないんだって、思える。


その気持ちだけでも、私はまっすぐ立っていられる。


「じゃ、私はそろそろ行くわね」


そういって妙ちゃんは立ち上がった。その声に倒れていた近藤さんが立ち上がったけど、思い切り蹴っ飛ばして、私を振り返る。


「…気をつけてね」
「うん、…本当に、ありがとう」


何も言わないで笑顔を返す妙ちゃん。こういうところが、いつも素敵だなと思う。私にはとてもまねできないことだ。


「妙ちゃん」
「なぁに?」
「帰ってきたら、一緒にお団子でも食べに行こうね」
「いいわね!じゃあ早く帰ってくるのよ?」
「うん!」


頷くと、小指を差し出す妙ちゃん。…私はそれに、自分の小指を絡める。


「約束、ね」
「うん、約束」


約束。それを果たすためにも、頑張らないと。


手を振って、バイバイで別れる。…今生の別れじゃないんだから。今だけなんだから。…また、みんなの元に戻れるんだから。普通のバイバイと変わらない。明日になったら普通におはようって言えるような、普通のバイバイなんだから。


だけど、その瞬間にふと思い出す。


お前はお前にとって都合の悪い記憶を、自分の中から追い出したんだ


取り戻してもお前がそれを受け入れなけりゃ意味はねーがな


私は、受け入れられるんだろうか。今さらになって怖くなる。大体受け入れたとして、私は私のままでいられる?


狂ってしまったりしない?


今のお前には、仲間がいるだろ


でも、今銀さんはそばにいない。


…私は大丈夫なの?


そんな自問を、私は首を振って打ち消した。そんなこと、どうだっていい。受け入れられなかったら何度だって挑戦してやる。もし受け入れて狂ってしまっても、立ち直ってやる。…それくらいの気構えがなきゃ、ダメなんだ。


そう何度も言い聞かせながら、妙ちゃんの後姿を見送った。


Scene.4


夜、みんなが寝静まった時間に、私は一人頓所内をうろついていた。何かしようとかって言うんじゃなく、ただ単に眠れなかったのだ。


一人になって周りが静まり返ると、つい余計なことばかり考えてしまう。そんな気分を紛らわすために散歩でもしようかと思いついたが、外に出て万が一誰かに会ってしまったら大変だと思って、頓所内を散歩させてもらうことにした。


明かりの消えた頓所を、月明かりが淡く照らしだしている。万事屋にいるときも思っていたけれど、この時代は向こうより街灯が少ないから、月や星が綺麗に見える。

…向こうは星が見えないとか、そんなどうでもいいことは覚えているんだな。


そんな自分が、少しおかしく思えた。


その時、ふと視界の端に明かりが映った。なんとなく振り返ると、縁側から出て少し歩いたところにある道場から、ぼんやりと光が漏れている。


こんな時間に、誰だろう。


私は石伝いに道場へと移動し、障子の間からそっと中をのぞきこんだ。


そこにいたのは、近藤さんだった。


普段あまり見せない真剣な表情で竹刀を振る。近藤さんの周りの空気だけが、ピンと緊張しているのがわかる。


思わずそれに見入っていると、前を向いていたはずの近藤さんの目が私を捉えて、心臓が飛び跳ねた。


「誰だ!」
「あ、あわわわわ!私です!です!」


言いながら障子をあけると、一瞬にして表情が柔らかくなる近藤さん。…まるで別人のようだ…。


ちゃんか!どうした、眠れないのか?」
「あ、はい…で、ちょっと散歩を。すいません練習の邪魔して」
「いやァ気にしないでくれ!俺も眠れなかっただけなんでね」
「へェ…近藤さんにも眠れないときってあるんですね」
「失礼な!俺にだって眠れないときとか、悩むときとか、枕をぬらすときだってある!」
「や、後の二つは聞いてないですけど」
「それよりどうだ、身体のほうは」
「あ…大丈夫です。今のところ元気みたい…」
「そーか、それはよかった」


はははと豪快に笑いながら、竹刀を道具室へ戻しに行った近藤さん。…気を使わせてしまったようだ。


「あの、私のことは気にしなくても…」
「あー、いいんだ。それに、ちゃんと話をしたいと思ってたしね」
「え?」
「まァ、大したことじゃないがね」


そういって、明かりを消す近藤さん。そのまま促されるように道場を出て、二人で縁側まで戻ってきた。


「あの…近藤さん、話って…」
「ああ、そんなに堅苦しい話じゃないから。まァ座って」


と言いながら縁側に腰を下ろす近藤さんに習って、私も隣に座った。…何か、無駄に緊張しちゃうんだけど…。


「…実はね」


そんな風に話し始める近藤さん。どんな話が来るのかと思わず身構える。


「実は…」
「はい」
「……実は、お妙さんのことなんだがね」
「…………はい?」
「プレゼントをあげようと思っているんだが…料理の本と俺の手料理とどっちがいいかな?ほら、お妙さんって料理好きだろ?」
「………ハァ?」


どっちもケンカを売ってるとしか思えないんですけど…。っていうか話って、それ?


「あの、どうしても料理に絡めたいんだったら、食事に連れてってあげればいいんじゃないですかね?それが一番喜ぶと思いますけど」


いってくれるかどうかは知らないけどね。


「なるほど、やっぱり女の子の意見は参考になるなァ!」
「あ、ははははは…、そ、そうですか?」
「ああ、いい意見を聞かせてもらった!ありがとうちゃん!」
「………あの、話ってそれだけですか?」
「え?そうだけど?」
「…………」


アホらし。


なんだよ、緊張して損したよ。もっとシリアスなお話だと思ったのに。


「じゃ、私寝ます」
「えー、もう寝ちゃうのー?俺もっと話したいー!」
「…おやすみなさい」


付き合ってられないから。っていうかちょっとキモイから。部屋に向かって歩き出したとき、後ろからちゃん、と呼び止められた。…その声がやけに真剣で、思わず振り返る。…近藤さんは、穏やかに笑っていた。


「…俺は難しいことはよくわからんがね……俺もお妙さんと同じで、ちゃんを信じてるよ」
「え…」
「それは俺だけじゃない。トシに総悟、万事屋の連中もみんなだ。…だから、何も怖がることはないさ」
「……近藤さん」
「よーし、俺も寝るかァー!」


そういって近藤さんは立ち上がる。…もうこの話は終わりだと、言わんばかりに。


…なんかよくわかんないけど、これは気遣ってくれてるんだよね?励ましてくれてるんだよね?


「……ありがとう、ございます」


歩き出していた近藤さんの背中に、そう声をかける。すると一瞬足が止まって、おやすみ、とだけいって、再び歩き出す。


 何も怖がることはない


それは、とても温かい言葉に感じた。


みんなが私を信じてくれるなら、私はきっと、全てを受け入れられる。…そう思える。


再び部屋に向かって歩き出す。…心は、さっきより幾分か晴れやかだった。


私、頑張るからね、銀さん。


Scene.5


翌日の朝。銀さん達がまだやってこない時間帯に、私たちは頓所を出発した。みんなは当然武装していて丸腰の私は明らかに場違いだったけれど、途中十四郎がこれでも持ってろと刀を一本渡してくれた。…他にもバズーカとか爆弾とか色々あったんだけど、どれも素人が持ったら逆に危ないから、使い慣れた刀が一番いいだろうと言われた。


正直、真剣を持つのははじめてなんだけど。新八くんや妙ちゃんに稽古をつけてもらうときは、いつも竹刀だったから。


…ずっしりと重い。これが人を傷つける重さだ。


正直うまく扱えるかはわからない。竹刀でさえまともに扱えてるか自信がないのに。上達が早いって新八くんは言ってくれたけど、それは素人にしてはって話だろうし…。


それに、相手はあの高杉だ。


「…怖いか」


十四郎がたずねる。私はそれに小さく頷いて、手の中の刀を見据える。


「…お前がそれを使うことはねェ。俺が護ってやる」
「そうだぞ、ちゃん。市民を護るのが真選組の仕事だからな」
「……でも、相手は高杉だよ、何があるかわからない…」
「姐さん、大丈夫でさァ。命にかえても護りやすぜ、土方が」
「オイ、なんっで俺なんだ」
「自分で言ったんじゃねーですかィ、護ってやるって」
「それに俺の命はお妙さんにささげるためにとっておかないといけないしな!」
「オメーらホントに最低だな。…つーか、命まで捧げんでも…」
「あーあ、嘘っぱちかィ、口からでまかせかィ。全くどうしようもないクソ野郎でさァ」
「ホント最低なクソ野郎だな」
「クソ野郎はオメーらだろ!」
「…………ふっ」


あまりにいつもどおりの三人に、思わず噴き出してしまう。そのまま笑いは大笑いになって、ひとりで笑い続ける私に三人はきょとんとした顔をした。


緊張してたのがバカみたいじゃん。全くもう。


少しして、近藤さんも一緒に笑い始める。十四郎が少しだけ笑いながら笑うんじゃねーよ、と私たちの頭を叩くと、それを見て総悟がオメーもな、とつっこんで、いつもどおりのやり取りが始まる。


こんな大事なときにこんなに笑うなんて、不謹慎かもしれないけど。


護ってやると言ってくれた十四郎
緊張をほぐすためにボケてくれた総悟
それを察して流れを作ってくれた近藤さん


そんなみんなの優しさが、わかるから。


逃げるために笑うんじゃなくて、立ち向かうために笑おう。私のことを思ってくれる、みんなのために。


2008.08.05 tuesday From aki mikami.